際の軟派
どこからか吹きよせられた薄紅のはなびらが弧を描きながら砂浜を転がっていく。
時おり曇天から水面にうすく陽が差しこむ。南風が波を荒げ、灰色の砂と花びらを巻き上げる。
四月も十日を過ぎ、桜の見ごろもその日までだった。
女は水平線に足の裏を向け、砂の上に横たわっていた。
両目はぎゅっと閉じられ、わずかに眉間にしわが寄っている。潮風が長い黒髪と白いスカートの裾を巻きあげ、ばたばたとはためくのに女はまるで頓着する気色もなかった。ささくれた薄い唇には血が滲み、腹の上で固く組んだ両手の甲には爪が食いこみ、赤紫色に変色していた。
向こうから長身の男が一人、砂浜をやってくる。すがり、まとわりつく砂に足をとられ、上体を左右に大きく揺らしている。伊達なロングコートの裾が不自然に大きく振れているのは、なにも砂と強風のせいばかりではないようだった。
男はよろけながら女の傍らにたどり着いた。それから女の顔を見下ろした。
「Где находится гостиница Цугару?(旅館つがるはどこですか)」
女はびくり、と肩を震わせ目を開けた。真上に男の顔を認めると、たちまち女は青白い顔をこわばらせた。とっさに男にしがみつきたい衝動に駆られたが、身体は他人のもののように反応しなかった。
男はくたびれたように女の傍らに腰をおろした。ポケットからしわくちゃの煙草の箱を取り出したが、からだった。潮風がつやのない亜麻色の髪を散りぢりにする。男の身体からアルコールの匂いが漂ってくる。女は瞬きもせず男を凝視し続けた。
しばらくして女はぎくしゃくと上体を起こした。男は膝を抱え呆けたように水平線を眺めていた。女は立ち上がり男の視界に回り込んだ。ぶるぶる震える両手でスカートを握りしめ、やっとのことで絞り出した声はかすれていた。
「あの、」
涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえ、続けた。
「わたしと一緒に来ませんか」
男は困惑した表情を浮かべ、薄い榛色の瞳で女を見上げた。女は骨ばった手を男に差し出した。男はのろのろと立ち上がった。
女は男の手をとり、波打ち際に向かって行った。
引き潮が薄紅の花びらを巻きこみ、しばらく女の黒髪が波間に見え隠れしていたが、やがて何も見えなくなった。




