深夜のタクシー
拓哉は、車を急いでいた。事情があった。一刻を争う事情だ。早くしなくては。どこかから、タクシーでも来ないか?
そこは、商店街の外れだ。時間も、午後の11時過ぎとあって、あたりは真っ暗だ。人気もあまりなく、通る者もない。タクシー来るはずもないか?どうしよう?
その時、滑るように、1台の黒いタクシーが、拓哉の振る手に合わせてやって来ると、ピタリと止まった。扉が開く。急いで乗り込む。前に、初老らしいタクシー運転手が、ちんまりと座っている。
「都立T病院まで急いで頼みます」
そう告げて、とりあえず一服するようにバックシートに身を沈めて、一休みする。そして、窓の外を流れる都会のイルミネーションを眺めて、感慨に耽る。
そして、ふと気づいたように、拓哉は、運転手に声を掛ける。
「運転手さん、子供さん、いますか?」
「え?ええ」
「今夜、僕の妻が出産するんです。急がないと、出産に間に合わなくて」
すると、運転手は、少し言葉を濁して、
「それは、急がないと。突っ走りますよ!」
車が加速する。深夜の街中を駆け抜けるように、タクシーは走り出す。
「僕の妻、初恵っていうんです。今度が初産です。もし、難産なら、帝王切開するって医者が言ってました」
「そうですか」
嫌に無口な運転手だな、まあ、タクシーはそんなものか?
窓の外を白いものが混じり始めた。雪だ。粉雪か?白い雪が街に降り注ぐ。
「生まれてくる子、名前も決めてあるんです。男の子なら、拓夢で、女の子なら、葉犂です。どうです?可愛いでしょ?」
車を飛ばしすぎたせいか、正面から来た対向車と衝突しかけたが、うまく運転手がハンドルを切って切り抜けた。
ふう、危ない、危ない。
「どうも」
と、運転手は素っ気ない。こんな時だから仕方ないか?
それで、しばらく拓哉は、黙って窓の外の光景を傍観していた。白雪は振る激しさを増したようだ。一面の銀世界が広がっていく。
やがてタクシーは、拓哉の見慣れた都立病院の玄関まで辿り着いた。
「ありがとう。いくら?」
「いいですよ、出産ですから。私からの祝い金です................」
どこか、苦しげな口調だ。ふと、拓哉は、その初老の運転手の白いワイシャツの脇腹に目が行った。
赤い血が、べっとりと滲んでいる。拓哉は驚愕した。
「どうしたんです、運転手さん!」
すると、彼は、苦しげに、
「さっき.............、タクシー強盗に遭いまして...............、それで............、金取られて、腹刺されて.............、それで傷抱えて、病院行こうとしたら............、あなたが車を停めて、出産だっていうから、こりゃ................、自分の命どころじゃないって思って」
「運転手さん、僕につかまって下さい、運びますから」
「ありがとう、お兄さん」
ふたりは肩を組んで、病院の玄関まで歩いていく。彼の傷も癒されるだろう。
粉雪は、燦々と降り注ぐ。もう年も暮れだ。寒さも厳しい。それでも、人の心は、まだ暖かいのかもしれない....................。




