0.2.1 ポトフちゃんは分かち合いたい
「お主のその『共感覚』を見込んで、一つ提案があるんじゃが。」
「なんですか?」
「AIに感覚学習をさせてみんか?」
「感覚学習?」
感覚学習とは。現実の肉体とゲーム内アバターの、五感の同期プログラムの部分に、学習用AIをインストールし、感覚の動きを学習させること……らしい。この会社の特許の1つらしい……すごい。
これで何かできるかというと、例えばゲーム内に『氷』を生成する。
このゲーム内の五感で感じる感覚は、プレイヤー個人個人の経験が元になっているため、現実で『氷』を知っていて、触れたことのあるプレイヤーがこのオブジェクトに触れると、「冷たい。」と感じる。
逆に、『氷』を見たことも聞いたこともない、というプレイヤーは、触れても冷たさを感じることは無い。恐らく、「半透明な石。硬い。」となるだろう。
この『氷』を知るプレイヤーの感覚学習をさせると、ゲーム内の『氷』が本物同様冷たくなり、『氷』を知らないプレイヤーにも「冷たい」を感じさせることができるようになるのだ。
この仕組みを使って、『氷』は勿論『風』や『火』が既に実装されている。
「えっと、私がリンゴを食べたときの“美味しい!”って感じが反映されるんじゃなくて、私の味覚を通して、リンゴそのものに味がついて、もしリンゴ嫌いな人が食べちゃったら“不味い!”って感じる……ってことであってますか?」
「そういうことじゃ。」
ハイテクだ〜。いいですよ、やりましょう!
ということで感覚学習を利用するためにインストール中です。
「そういえば、今のバージョン、0.4.2って書いてありましたけど、どのくらい出来てるんですか?」
「そうじゃのう……0.1と0.2でおおまかにこの大陸の地形と街並みを創って、0.3から今の所は、細かいオブジェクトを作り込んだり、NPCやモンスターを創ったりしておるな。まだ先の話じゃが、そのうちメインストーリーやクエストも追加されるぞ。」
大樹の根本に腰掛け、ぽつぽつと話しているとインストール完了。再起動するらしいので、ちょっとだけ落ちます!お昼休憩だ〜!なお、食事はサプリである……
……
…………
…………………
【ようこそユービキアス(仮)ver.0.4.3へ】
さて、帰ってきました。バージョン上がってる!なんかアプデ入った?
ローディングが終わり、再びユービキアス(仮)の大地に立つ。目の前には、既にゴインキョさんがいる。
「ゴインキョさん!0.4.3!」
「っ………………」
「……ゴインキョさん?」
私が声をかけるとゴインキョさんは一拍の後に黙り込んでしまった。さっきまでニコニコしてたのに、今はどこか呆然としている。どうしたどうした?
もう一度声をかけると今度はキョロキョロし始めた。ほんとにどうした?
……いや、これはわかっちゃったな。
「ゴインキョさん、空気が美味しいですね?」
「……!!!ああ!ああ!これが“美味しい”か!は、ははっ!あっはっはっは!!!」
ゴインキョさんこわれちゃった……。落ち着くまで待とう。
……食べられそうなものでも探してこようかな。と考えたところで、ここへ来る道中にリンゴが実っていたことを思い出す。
よし!あれを取ってこよう!ってことで、大樹に向かって、さながら生贄を捧げる狂信者のような動きで深呼吸を繰り返すゴインキョさんを尻目に、てくてくと森の中へ。
…………
………
……
「お、おお、戻ったか」
「落ち着きました?」
リンゴ片手にゴインキョさんのところへ戻ると、今度はちゃんと返事がきた。
「ああ、うむ、いや、見苦しいところを見せてしもうたな。すまなんだ。」
「いやぁ気持ちは分かりますよ。ほら、リンゴとってきたんで、これ食べて休憩しましょ。」
「……休憩になると思えんのじゃが」
いそいそと、ふわふわの苔が生えた大樹の根に腰を下ろし、ゴインキョさんにも座るよう促す。
あれやりたいんだよね。素手でパカッとやるやつ。ヘタの所に親指を添えてリンゴを包むように持つ。そして親指をグッと押し込み……捻るように左右に割り開く!
パキョッと音を立てて見事真っ二つ!ヨシ!断面をよく見ると、全体的にうっすら黄味がかった白だ。蜜が入っていないし、ちょっと酸っぱいかもしれない。
「うわ〜、リンゴだ〜」
「…………」
ちら、とゴインキョさんに目を向けると、黙々と苔を撫で回している。もしかして私がリンゴと格闘してる間、ずっとそれやってたの?
「どんな感触します?」
「……ふわふわ……しっとり……」
語彙力まで溶けちゃった?埒が明かないので、つんつんとつっついてみる。
「ゴインキョさぁん。」
「はっ!……はあぁぁぁ……いやすまんの。嗅覚と触覚でここまで変わるとは……」
「後は味覚でフルコンプですね。」
「それはそうじゃが……そうなんじゃが……」
今度は頭を抱え始めちゃったぞ。
とりあえず、私はリンゴの感想が聞きたいので、片割れを差し出す。
「ほらリンゴ。半分こしたんでどうぞ。」
「……あぁ」
「匂いはどうですか?」
「……不思議な香りじゃな。森の匂いよりももっとこう……スーッとした香りじゃ。」
「じゃあ味は?早く食べてみてください!」
「お主が食べぬと味がわからんのじゃが。」
おっとそうだった。うっかりうっかり。
「そうでした、先にいただきますね。」
シャクッと音を立てて齧りつく。んん〜甘酸っぱ〜い。正直最初に食べたリンゴに比べるとちょっと物足りない。スキル使って品種改良できないかな。
そんなことを考えつつゴインキョさんを見ると、こちらを凝視している。
「……どうじゃ?」
「甘酸っぱくて美味しいです!」
「『甘い』と『酸っぱい』は共存するんじゃな……」
ゴインキョさんはそう呟いて手に持ったリンゴをじっと見つめる。
チラッと私に視線を寄越すので、それに頷きで答えると、また、リンゴに視線を戻す。
そして、意を決したのか、ゴクリと喉を震わせ、大きくかぶりついた!
口内でリンゴを咀嚼するくぐもった音が、この静謐な森ではいっそう際立って聞こえる。
目を瞑り、五感を研ぎ澄まし、隅々まで味わい尽くす様に噛み締めている。咀嚼を終え、飲み下すと、ぼうっとを見つめながらぽつぽつとうわ言のように呟く。
「……これが、“リンゴ”か……」
「はい。」
「これが、“甘酸っぱい”か。」
「……っ!、はい!」
そしてゴインキョさんは破顔し、私を見て言った。
「これが、“美味しい”じゃな!」
「はい!!!」