0.4.1.1 ポトフちゃんとこの世界の秘密 1
「ほら、あそこ。」
川原を歩きはじめてすぐ、うさちゃんが川の方を指差して示す。んー?なんだか黒いモヤが漂ってるな?
「あれなんですか?」
「ここからだとモヤしか見えないが、川底にある亀裂から出ているんだ。そしてそのモヤからはモンスターが生まれる。」
「モンスター、見えませんね。」
「水棲モンスターが産まれたんだろうな。ポトフ、武器を構えろ。」
そう言ってうさちゃんは足元に落ちている小石をひろって、モヤに向かって投げ込んだ。おっ、早速バトルですか?たんぽぽステッキを構えておきます。
石を投げ込まれた水面がボコボコと泡立ち、モンスターが飛び出してきた!
「うわっ、カエル?」
「説明は後でしてやる。ほら、来るぞ!」
真っ黒いカエルのようだ、と思ったのはほんの一瞬だった。おかしい。先端が丸く水かきのついた手足。折り畳まれた長い脚。顔を真っ直ぐ横断する口。それらは確かにカエルのものだ。
だが、腰が浮いた二足歩行スタイル、ボコボコとしたコブのある頭、その膨らみの一つ一つに付いた目。ごぼごぼとした溺れるような音はもしかして鳴き声?これホラゲーじゃなかったよね?
と、とりあえずバトルです!
カエルに向き直ると、ビョンッと勢いをつけて飛びかかってきた!
貰った装備のおかげで素早さが上がっているから遅く見える。これなら私にも避けられる!
躱して〈火矢〉!あっ、スキルレベル上がった。
カエルに攻撃が当たると、レベルと名前、そして赤い体力バーが表示された。レベル9のケロン(水)だって。
体力は……減ってる?もっかい当てよう。〈火矢〉!あっ、ミリ減ってる!〈火矢〉!〈火矢〉! うう〜ん、怯ませることは出来てもちょっとづつしか減らない......
ぽこぽこ打ってたら魔力が尽きてしまった。時間経過で回復するとはいえ最大値が低いから全然回復しない……
「硬!」
「ポトフ!包丁使え!」
思わず声を上げるとうさちゃんから声が飛ぶ。
......そうだよね、このままじゃどんだけ時間かかるかわかんないし、伝家の宝刀……抜きますか。
たんぽぽステッキをしまい、黒曜石の包丁を取り出し正面に構える。再び飛びかかってきたケロンを躱しながらかっこよく一閃!嘘、へっぴり腰で刃先にちょっとかすっただけです。なのに倒せちゃったし、レベルアップのファンファーレがパッパラパンパカ鳴っている。
「うさちゃん!倒せました!」
「良くやった!こっちも頼む!」
え?うさちゃんの方を振り向くと、モンスターに群がられてる……!ケロンじゃないのもいる!もしかして私が戦っている間に川から出てきたの?ひょいひょい躱してるけど、うさちゃんそれをずっと引きつけてくれてたの?うわ〜、気づかなくてごめんなさい!ありがたくいただきます!
「お、終わった?モヤ消えちゃいましたけど?」
「ああいうモヤの出る小さな亀裂はランダムで至る所に出現して、出てきた敵を一定数倒すと閉じて消えるんだ。」
ある程度敵を倒すと、黒いモヤは消えてしまった。討伐終了です……。
おかげさまで9レベルまで上がりました。オマケに〈短剣〉スキルが取れた。ポイントは全部器用さに振ったよ。基本的には敵のレベルと同じだけ経験値が貰えるんだけど、自分よりレベルの高い敵を倒すと貰える経験値に倍率が掛かるんだって。
ついでに言うと、パーティーを組むと、レベルが一番高い人を基準にした経験値が近くにいるメンバーに分配される……ことになる予定。つまりは未実装。だからうさちゃんはわざわざ逃げ回ってくれてたんですね。
そういえばドロップ品も拾ったよ。透明な水晶みたいな石。名前は黒晶石で、この世界の通貨で、魔力を込めると魔晶石に変換されて、魔道具とかの素材に出来るみたい。
「なんだかみんなホラーちっくな見た目してましたね......なんかそういう設定があるんですか?」
うさちゃんを追っかけ回してたモンスター達はなかなか不気味だった。ギョギョという魚型のモンスターは足と腕が生えた魚人スタイルだったし、クラブンとかいうカニっぽいやつは這って移動してたけど足が人間っぽい感じだった。
そしてそのどちらもギョロリとした目が複数ついていた。
「あー......これは裏設定というか、ゲーム内でプレイヤーが知ることは無い情報なんだが......ネタバレとか大丈夫か?」
「全然平気ですよ。むしろ気になります。でも私に話しちゃっていいんですか?」
「そのあたりは大丈夫だ。お前への情報共有は特に制限されてないからな。」
そして語られた、このユービキアスのおおよその成り立ち。
むかーし昔、この惑星の外から一人の神様がやってきました。その神様は、何にもないこの星を自分のものにしようと思い立ち、大地に一つの種を植えました。
種は芽吹き、ぐんぐん育ち、大きな大きな木になった頃、突如として地面に亀裂が!そこからは大量の水が溢れ出し、あっという間にこの星を飲み込んでしまいます。
驚いた神様は慌てて亀裂を塞ぎに向かいます。しかし神様は見てしまいました。亀裂の隙間の奥深くから、煌煌と輝く一つの眼がこちらを見つめていることに。神様は気づいてしまいました。この惑星は星なんかではないもっと別の……そう、何かの卵だったのではないかと。
恐ろしくなってしまった神様はこの惑星から去ってしまいました。
神様が去ったあと、どれほど経ったでしょうか。大きな大きな木にはいつの間にか自我が芽生えていました。はじめは、水面に浮かんでいる“殻”の欠片をぼんやりと見ているだけでしたが、ある日、足元にある黒いモヤで覆われた亀裂に目を留めました。その亀裂から覗く輝きには、枝についた葉がすべて落ちてしまいそうなほどの恐ろしさを覚えましたが、日を追うにつれ、その光が思いの外優しいものであると気づきます。
見つめ合い続けてどれほど立ったでしょうか。大きな木はふと気づきます。じわじわと漏れ出すモヤが増え、亀裂が大きくなっていることに。
大きな木は自身に宿っている神様の力を使って少しづつ、少しづつ亀裂を塞いでいたのです。拡がりすぎないように、かといって、すべて塞ぎきらないように。それなのに亀裂が拡がっている。大きな木は、力を使い果たしてしまったのです。
大きな木は泣きました。遠い未来、いつか来る別れに怯え、大きな枝葉を揺らして泣きました。泣いて、泣いて、泣きつかれて、愛しい輝きをぼうっと見つめるだけの日々に戻りました。
大きな木が泣き、枝葉を揺らしたとき、本人も知らぬ間に小さな枝がぽきりと折れてしまいました。その枝はぷかぷかと水中を舞い、大きな木の上に浮かんでいた、初めて亀裂ができたときに外れた、“殻”の欠片にたどり着きました。
奇跡的なことに、小さな枝にはほんの少しだけ神様の力が残っていたので、その力で殻に根をはりました。悲しいことにそれだけで力を使い切ってしまいましたが、枝はぐんぐんと成長します。
波間を漂う殻の欠片が周りの殻とくっつき大きな大陸になり、やがて生命が誕生すると、いつしか巨大な木へと成長を遂げていた枝は、こう呼ばれるようになりました。『ユービキアスを支えているのはこの“世界樹”である』と。
「はー、そうやってこの大陸ができたんですね。じゃあさっきみたいな亀裂はなぜこんなところに?」
「あれは殻の中のヤツがこっちを見に来てるんだよ。モンスターにも眼がついてたろ?」
「なんで見に来るんです?」
「そりゃ自分の子供のことが気になって見に来てるんだよ。」
「は?」
「殻の中のヤツは、世界樹が自分に根をはってる木との間にできた子供だと思ってるんだよ。」
ええ……




