マンホール鬼
「そういえば、マンホール鬼って知ってる?」
小学校からの帰り道、今日は近くで不審者の目撃情報があったらしくて集団下校だった。そんな中、一緒に帰っていた友達が話題に出したのは「マンホール鬼」とかいうよく分からないものだった。
「なにそれ?高鬼みたいなの?」
「鬼ごっこじゃないよ。化け物だよ、化け物」
氷鬼とかバナナ鬼みたいなやつかと思ったけど、どうやら違ったらしい。しかし化け物とは、ますますよく分からない。首をかしげていると友達が説明を始めた。
「急にマンホールから出てくるんだって」
「それがなんなの?」
「それでね、マンホール鬼は水みたいな体をしてるんだけど、近くにいた人も水みたいにして瓶詰にしてさらっちゃうんだって」
それはまさしく化け物だな。思ったより怖い話だった。友達も別に怖い話が平気なわけではなかったはずだが、なんでいきなり話し始めたのか謎だ。
「なんでいきなり怖い話を始めたの?別に怖い話好きじゃなかったでしょ」
「それがね、今日の集団下校の原因は誘拐事件なんだって」
「はぁ?不審者がいるからだって先生は言ってたでしょ」
「それは怖がらせないためで、本当は誘拐事件が起きたんだって職員室の前通ったら言ってたよ」
友達は、先生たちが職員室で誘拐事件について話していたのを盗み聞いたそうだ。そして、その誘拐事件の犯人がマンホール鬼なんじゃないかと思っているらしい。本当に誘拐事件が起きたのだろうかと思って、引率してくれている先生に聞いてみることにした。
「先生、誘拐事件のせいで集団下校になったって本当?」
先生は下級生の対応をしていて僕たちの話は聞こえていなかったらしく、急に聞かれて驚いていた。
「どこで聞いたの、そんな話?」
「友達が、先生たちが職員室で話していたのを聞いたんだって」
はじめは何の話か分からないという風だった先生だが、僕の答えを聞いて心当たりがあったらしくいろいろ教えてくれた。
「確かに、職員室で誘拐事件について話していたけど、隣の県の話よ。集団下校になったのは不審者のせいで、誘拐事件は直接の原因ではないわ」
「ねぇ、せんせーはマンホール鬼って知ってる?人を瓶詰にしてさらうんだって」
僕が先生と話していたら、友達が急に話に割り込んできた。
「さぁ、知らないわね。だけど、人が攫われるって話は誘拐事件とかが起きたりすると噂になることがあるから、マンホール鬼も似たようなものじゃないかしら」
いろいろと話しているうちに家のすぐ近くまで来たので、別れることになった。
「バイバーイ。マンホールには気を付けてね」
「まだ言ってるの。またね」
まだマンホール鬼のことを気にしていたらしい友達と挨拶をして家に帰った。
集団下校より珍しいことに、今日は宿題が出なかったので家にいてもやらなければいけないことがなかった。両親は共働きで家にいない。僕はテレビをつけて居間で過ごしていたが、残念なことに面白い番組はやっておらず手持無沙汰になってしまった。そこで僕は近くのコンビニに行くことにした。不審者のことは忘れてはいなかったが、正直、先生に誘拐事件と関係ないと聞いていてなめていたし、何よりあまりにも暇すぎた。
コンビニまでの道中は、友達の話を思い出してマンホールが怖かったので、道の端っこを歩いて行った。コンビニについたものの、わざわざ自分のお小遣いを出してまで買いたいものはなかったので、僕はそのまま散歩することにした。
さっきまでと同じように道の端を歩いていたが、目的もなく歩いていたからか、僕は集団下校の原因となった不審者のことを考え始めてしまった。よく考えてみたら先生は、集団下校の原因に誘拐事件が関係ないと言っていただけで、不審者については言っていなかった気がした。今になって、不審者が怖くなったので家に帰ろうとした、その時だった。
「やぁ、こんにちは、何をしているんだい?」
声をかけられて振り向くと、そこには笑みを浮かべたおじさんが立っていた。
「ぎゃあー!」
不審者だと思った。今までに出したことのないような大声が出た。慌てて防犯ブザーを鳴らそうとしたが、ランドセルを背負っていないので持っていなかった。そして僕は逃げ出した。
「ちょっと、待ちなさい」
不審者が追いかけてきた。しばらく全力で逃げていたが、行き止まりの道に入り込んでしまった。そうして途方に暮れてると、いきなり目の前に人影が現れた。
「助けてください」
思わず助けを求めて話しかけた。しかし、よく考えたらおかしかった。新たな人影が近くに来るまで僕は気づかなかった。不審者に追いかけられていて警戒しているのに関わらずだ。行き止まりの道で、一方からしか来れないのに人に気づかないということがあるだろうか。周りに何もなく、あるものと言ったら、道を囲う塀とマンホールくらいであった。
いや、マンホールがあった。その可能性に気づいた時にはもう遅かった。新たな人影は僕に、持っていた瓶の口を向けてきた。その瞬間、僕の体は動かなくなった。金縛りのような全身ががちがちに固まるような感覚ではなく、むしろその逆で力が入らずまるで体が液体になった様だった。そしてそのまま僕は瓶に吸い込まれ、意識を失った。
目を覚ました時、そこは薄暗い場所だった。周りを見渡そうとしたが、体の自由が利かなかった。やはりあれは友達の言っていたマンホール鬼らしかった。僕は瓶詰にされて、そのままどこかに連れていかれたようだった。明らかに体が入らない大きさの瓶だったが、いまだに僕は生きていた。闇に目を凝らすと、他の瓶詰が木の棚に並べられているのが見えた。あの中に他の被害者もいるのだろうか。そしてここが下水道、つまりマンホールのしたらしいということも分かった。
何もできないまま、時間だけが過ぎていった。この後はどうなるのか、マンホール鬼に何かをされるのか、あるいはずっとこのままなのか、そればかり考えていた。そんな時だった。視線の先の下水に動きがあった。何かがいるような波紋が出たかと思うと、そのまま流体が陸に上がってきた。下水から上がってきたからか濁り、大量のゴミが混ざっていたその流体は人型をとった。マンホール鬼だった。マンホール鬼は何かを持ちながらこちらに近づいてきたかと思うと、それを僕の隣に置いた。新しい犠牲者なのだろう。そしてそのままマンホール鬼は、下水へと戻っていった。前に捕まえた者への関心はない様だった。
マンホール鬼が去ったあと、いつの間にか僕は気を失っていたらしい。次に目が覚めた時、僕は病院のベットの上で寝ていた。泣いて心配していた両親が隣にはいた。
両親の話によると僕は警察に助けられたそうだ。ぼくを追いかけていたおじさんが、通報したそうだった。おじさんは不審者ではなく、不審者が近隣に出たと知って見回りをしていただけだったそうだ。見回っていた時に、外に1人でいる挙動不審な子供がいたから声をかけてきたらしい。僕がマンホールを避けようと動いていたのが、おかしく見えたようだ。子供がいきなり逃げたので追いかけたら、行き止まりにも関わらずどこかに行ってしまったため、周りを見たらマンホールのふたが少し開いていたので、もしかしたら落ちてしまったのではないかと思って警察に通報して、下水道を探索したら僕らが見つかったのだそうだ。見つかったのは僕だけではなかった。隣県の誘拐事件の被害者や、行方不明者、さらには迷子になったと思われていたペットまで同時に見つかったのだそうだ。
その後の話だ。僕を見つけてくれた警察の方にお礼を言いに行ったときに、詳しく話を聞くことができた。下水道で見つかった僕らは、みんな同じところで意識を失っていたが、周りには木の板やガラスの破片が散乱していたのだそうだ。僕らが置かれていた棚と、瓶の残骸だ。マンホール鬼のことも話してみたが、相手にされなかったが犯人は捕まっておらず、気を付けるようにと言われた。僕は今でもマンホールには近づけない。