プロローグ
「やっぱり全てに疲れた時はここだね」
微かな塩の香り。
そして岩に波が打つ音が聞こえる。多少ジメジメするものの、ほんのり冷たい風が少し気持ちいい。
そして片手にある、スマホに映る文字を眺める。
“さようなら、今まで楽しかった。
ありがとうね”
って映されてる文字に胸が痛くなって
頬に温かいものが伝わる感触がする。
「貴方だけはずっと一緒にいると思ったのなぁ」
そう呟きながら、“ありがとう、さよなら”と返信。
そして訪れた孤独感に少し身震いした。
何度も出会いと別れを繰り返してきたけど
今回は堪えたなぁ。
あの人とはいくつもの年月を共に過ごしてきたから。
くだらないことで笑ったり
時には衝突したり。
私にとっては、誰よりも心許していたかもしれない。
かといって泣いてすがれるほど、素直な性格でもないし、そうした所で人との絆は元に戻るのかさえ微妙な所だよねぇ。
そしてきっと誰かに迷惑をかけてしまうことはわかっているけど、はりつめた糸がぷつん。と切れたように私はこのまま飛んでしまった。
「あ……」
衝動的な行動に自分でもびっくりした。
この高さに夜の海。間違いなくこれは助からない。
ここに来ても、いつもは思いとどまって
ただ目の前に広がる海を眺めていたんだけどね。そうして全てに疲れていた心を奮い立たせていたんだけど、やからしちゃったみたい。
_____________
__________
_______
それにしてもよく「神は乗り越えられる試練しか与えない」って言うけど
人に与える試練ハードすぎやしないかい?
今までSNSで色々な人の苦労したエピソードをよく見ていたけど
なんでわざわざ苦しい試練なんて与えるんかなぁ。
そして私にも。
だなんて思っていたら体に何かが突き刺さるような激痛が走る。
それと同時に穴という穴に水が入ってきて、口を動かす度、問答無用で塩水が入ってきて息が出来ない。それに伴い、手足が反射的にバタバタするけれど、服の重みなのか、体が重い。
初めて襲いかかる痛みや苦しみに、衝動的に飛んでしまった自分を激しく後悔したけど、飛んでしまった時点で、すでに手遅れ。
___痛みと共に意識が遠ざかっていった。
-⋯思えばこの世界はそうやって自ら命を捨てる者が多いそう。
かくいう私、坂ノ下 美香もその1人。
そう、私も35年間生きてきた人生に幕を下ろしてしまったのだから。
でも衝動的とはいえ、生きにくさを感じていたのはここだけの話だけどね。
この障害、難聴だからってのもあって。
ただ完全に聞こえないわけではなくて
補聴器という機械を通して音が入ってきて、会話は成り立つんだけど、それでも聞こえない時は聞こえなくて。
だから、人との付き合いは上手くコミュニケーションを取れない時が多い。
毎回「なんて言ってるかわからない」だなんて言ったら、先に相手が疲れちゃうか、キレられるかのどちらか。
それか「なんでもない」ってはぐらされたりもする。
私の親さえ、理解を示してはもらえないし
聞こえなかった時に聞き直すと怒られていたから、自然にそうなっちゃったのかも?
それに、いくつものパターンがある難聴の中の1つ、“感音性難聴”っていうものだから
声量をあげて話してくれる人もいたけど
声量を上げてくれても聞こえない時もあるから、その時は色々と大変。
手話を覚えようともしたけれど、これが中々上手くいかなかったりした。
使う人が周りにいないから中々覚えられないし、中途半端に耳が聞こえるから、普通の学校に通っていて、ろう学校も行ったことないのよね。
だから、よく見るドラマでも漫画でもアニメでも、難聴=手話で
そして周りは理解してくれる友達、恋人、親がいるだなんていうのが一般的だけど
あんな綺麗な世界なんて私からしたら夢物語。
そんなことで幕を下ろすなんて
それは甘えだという人もいるかもしれない。
自分より障害が重い人はたくさんいるとか
生きたくても生きれない人だっているとか
たくさん色々なことを自分に言い聞かせてきたけど、もうダメだった。
だけどそう言ったところで私の人生は終わったから無意味なことだね。