無実の罪人
一人の罪人が火刑に処されるために引き連れられてきた。
彼は猿轡をされていたが、それでも喉の奥からひりだしたうめき声が聞こえるほどに必死に何事かを訴えていた。
しかし、それを気にする様子もなく二人の処刑人が残酷なほどに淡々と彼を立てられた木の棒に鎖で括り付ける。
罪人は足元に積まれていく藁とその上にかけられていく油を見て目を見開き、さらに大暴れをするがきつく縛られた鎖により最早何をしても抜け出すことは出来なかった。
やがて一人の処刑人が罪人の猿轡を外した。
「何か言い残すことは?」
その問が終わる前に罪人は枯れた喉で叫ぶ。
「俺は無実だ! 何もしていない!」
しかし、処刑人は冷やかに罪人を見返すだけだった。
「本当だ! 本当なんだ!」
事実、罪人には自らが罪を犯した記憶などなかった。
彼はごく一般的な家庭に生まれ、ごく一般的な生活をしていたはずだ。
大罪どころか邪な考えが脳をよぎったことさえもない。
だからこそ、判決が下ってからこの瞬間に至るまで必死に無実を訴え続けていた。
だが。
「安心しろ。貴様が本当に無実であったなら死後、天の国へ行くことになるだろう」
嫌味とも取れる言葉を処刑人が言うと同時に藁に火がつけられた。
「ふざけるな! やめてくれ!! 俺は無実だ!!!」
そう叫ぶのも空しく、火が罪人の体を舐めるように纏わりつき、やがて全身を覆いつくす。
罪人は悲鳴を上げ続けていたが、処刑人たちは無言のまま見つめるばかりだった。
処刑は終わった。
炭と化した罪人の体を担架に乗せて運ぶ処刑人たちの下に一人の年若い女魔法使いが現れた。
「苦しんだ? その人」
快活な声で問う彼女に二人の処刑人は顔を見合わせた後に頷いた。
「ええ。とても苦しんでいました」
「そうだよね。何せ無実なんだもん」
そう言って魔法使いはけらけら笑うと人の形をした炭へ言葉をぶつける。
「苦しかったよねぇ? 悔しかったよねぇ? だけど、安心して。本当に無実なら君は天国にいけるから」
そう言って魔法使いを満足げに笑いながら歩き去っていった。
「悪趣味な奴」
「ほんとにな」
彼女の背を見送りながら処刑人たちは言った。
「どんな頭をしてりゃ、こんなこと考え付くんだよ」
「ほんとほんと。罪人の記憶を消して処刑するなんてな」
そう。
本日、処刑された罪人は情状酌量の余地すらない大罪人だった。
何せ、裁判の時でさえも自らが犯した罪を『夢のような時間だった』と言い、遺族たちを馬鹿にする態度を取っていたほどだ。
彼は処刑されこの世を消えるということさえもある種の勲章とさえ感じ、喜びさえも抱くほどの異常者だった。
だからこそ、あの魔法使いは彼が最も苦しむ処刑方法を思いついた。
つまり、罪人の記憶を完全に消し去ったのだ。
それ故に、罪人は自らが心の底から無実だと信じ苦しみと悔しさと耐えがたい痛みの中でこの世を去った。
自業自得とは言えあまりにも惨い末路を遂げた罪人を一瞥し、まだ少し見える魔法使いの背中に向けて処刑人の一人がぼそっと言った。
「絶対、あいつ地獄行だよな」
「俺もそう思う」
その会話の下で罪人の体からは未だ微かに煙が上っていた。