少年の覚醒
遠くから、村の男が叫んだ。
「リトー! そっち行ったぞー!」
「任せろ!」
大トカゲが地響きを上げ、俺に向かってくる。
ケァァ! と威嚇する声が響き、周囲のヤシの木が揺れる。大人三人を一度に飲み込めそうな大きな赤い口、鋭い牙。
敵の進路に俺は立ちふさがる。両足を踏ん張り、指先に魔力を集中させる。
「黄金の嚆矢!」
雷の魔法が放たれ、大トカゲの口から尾まで抜ける。一瞬遅れて電撃が全身を包み、巨体は叫び声をあげ、白目をむいて倒れた。
「やったな!リト!」
村の男たちが駆けてくる。
漂着して1週間後。クロエの献身的な看護と治癒魔法のおかげで、体はかなり回復した。上級魔法が使えることで魔物討伐に重宝され、俺は村に溶け込み始めていた。
その場で大トカゲを解体し、男達と村に運ぶ。
「最近大トカゲがよく出るな」
「リトのおかげで、被害がなくなって助かるよ」
「魔王の影響で魔物がどこも増えているらしい。魔王を倒すためにセレイス国の勇者が旅立ったそうだが」
「こんな村まで来ないだろう」
「東の町はもっとひどいそうだ。自衛団も魔物に押され気味らしい」
それなら、村を出てそこに行くのもいいかな、と俺は考えた。行くあてもないし、人助けして回るのも悪くない。
「肉の一番おいしいところをリトにあげよう。
あの子と食べるといい」
「ああ、ありがとう」
村の集落が見えてきた。
皆と過ごす時間は楽しいほどあっという間だ。
日はとうに落ちて、隣でクロエがすやすや寝息をたてている。
彼女は集落の女性たちと、街の市場に行ってきたらしい。疲れているようだ。献身的に看病してくれた彼女に、俺は心から感謝していた。同時に、彼女の顔を見るたび、胸の中からあたたかい気持ちが湧いてくるのを感じるようになっていた。
俺は寝床から起き上がり、小屋の外に出た。見上げれば満天の星空だ。こんなに広い夜空は見たことがない。澄み切った空気に包まれている今、俺は何よりも自由を感じていた。
あの頃とはまるで違う生活だ。
イリセ・アキラが城で騎士団長と親善試合をした日を思い出す。類稀なる力、素早い判断。戦いぶりも見事だったが、それより俺の隣に座っていたソフィアが、初めて見せた表情に衝撃を受けた。
イリセを見る熱っぽい視線は、彼女が恋に落ちたことを物語っていた。
その後、ソフィアとイリセとよく会っている噂を聞いた。耳打ちする者は心配していたが、俺には不思議と嫉妬心はなかった。
ソフィアは昔からの顔見知りだ。確かに彼女は美しく、優しい。優秀な魔法使いでもある。礼儀を重んじ、会話にも非の打ち所がない。
ただ、どこか冷めた目をすることがあった。同じ目を、俺は鏡で自分の中にも見た。生まれ持った身分のおかげで生かされ、進路が決められている人生への諦めがそうさせていた。
だが、イリセへ向けられたあの表情には、冷めたところは微塵もなかった。俺は嫉妬するどころか、彼女が羨ましくなった。
──そんな風に、情熱を感じられるものは俺にはない。
後日、公務の息抜きに一人庭園へ向かうと、聞き覚えのある声がした。イリセとソフィアだ。とっさに身を隠した。