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第69話 手紙

「お嬢、また日記読んでるの?」


 ひょっこりとルドルフが私の手元を覗き込む。最近の物事を記していた私は、慌ててペンを止めて日記帳を閉じ、それで銀色の頭を軽くはたいた。その少し青みがかった金の目が潤む。

 そうやって呼ぶな、我がもの顔で私の部屋に入ってくるな、就寝前のこの時間は来るな、と何度も躾けてあるのに言うことを聞かない。


「何の用よ?」

「ひどい。手紙を持ってきたのに」


 ルドルフの手には手紙の束がある。色々あって延びに延びていた女性相続人の公示をようやく出せたものの、それから求婚の手紙やお茶会へのお誘いが増えた。事件のことを知らないらしい者からも、好奇心を隠せない者からも、それはそれは。ルドルフ込みでの招待状すらある。

 ルドルフと私のことを知った人からすれば、面白くて仕方ないでしょうね。殿下の婚約者だった頃は、気を使われてあまりお茶会にも呼ばれなかったのに。その時のツケが回ってきただけなのかしら。


「だからって、私のプライバシーを侵害していいはずがないでしょう?」


 日記を引き出しにそれをしまい、ルドルフからひったくるように手紙を受け取る。


「……ありがとう」


 お礼を言うが、ルドルフは退がらない。その全ての手紙を目の前で開くまで、横で見ているつもりだろうか。軽く睨むと、ルドルフは、だって、と情けない声を上げた。ぺたんと耳を下げ、座っている私の膝に縋り付いてくる。


「お嬢へ持ってくる前に開けないだけ褒めて欲しいよ。手紙には懲りたもん。俺を通さないから、お嬢の行動が読めなくなっちゃうし。もう隠してることはない? この間みたいな――とにかく、変な男とかからの手紙とかないよね?」

「あったとしても、手紙で断るわよ。私だって懲りたもの。それに、私は別に故意に隠していたつもりなんてないわ。むしろ隠していたのは、セレナと、お前の方よ」


 ちくりと刺すと、ルドルフが不満そうな顔になった。正直、このルドルフからの詰問のようなやり取りには飽き飽きしている。最初はリスク管理とかそういう文脈で話していたが、回を重ねる度に、ルドルフの嫉妬の気持ちが強くなってしまって来ている。

 でも、今の今まで口に出さなかったけど、そもそもお前だってセレナと秘密のやり取りをしていたくせに。私だって嫉妬している。実際、その一端に触れて癇癪を起こしてルドルフの首を噛みかけたわけなんだから。いくら私を不安にさせまいとした行動だからって――まあ、セレナに号泣しながら謝られたら許すしかないし、私も同じような理由でルドルフだけに色々話していなかったわけだけど。


「お前みたいな物好きがあと何人もいたら、困るわね」

「俺は真剣なのに……」


 ただし、ルドルフの嫉妬は通常の状態に戻りつつあるサインとも言える。

 あのハイエナの獣人は、領地で蟄居状態になっているらしい。王太子とその王太子妃から不興を買った者の将来は、どう考えたって暗い。とはいえど結局は貴族。しかも男性。ある程度守られた結果になった。あの時、ルドルフが来なかったら、と思うとぞっとする。きっと()()()()にされ、私は修道院に投げ込まれたら良い方。下手すれば醜聞を避けるために泣き寝入りで結婚させられる展開ことになったはず。

 結局、【ノーマルエンド】の私の末路のフラグは王女殿下と話した時点で叩き割った結果になったけれど。ならず者の手にかかって、令嬢として表には出られない状態になり、そのショックで気が狂って修道院へ幽閉。もしくは意にそぐわぬ相手と結婚させられる。他の全部の【エンド】の末路を一気に味わいそうになってたってことでしょ?

 自分がいかにか細い綱渡りをして今に至るかと思うと、気が狂いそうになる。

 ある意味、あのハイエナは家から出なくて良くなっているのが皮肉ね。

 私の返答に含まれた嫉妬の棘に気づいているのか、いないのか。ぶつぶつと何か言い訳のように呟き続けているルドルフの頭を撫でる。


「でも、万が一もし巻き込まれたとしても、お前が守ってくれるんでしょう?」


 恥ずかしくとも、言うべきことは言う。……私も少しは学ぶのだ。


「もちろん!」


 ぱあっと明るい表情で尻尾を振り始めるルドルフを放置して、手紙を開いていく。

 ほとんどはどうでも良い手紙ばかりだったが、そのうちのひとつに見慣れた筆跡で書かれた手紙を認める。そう言えば、最近は全然話す機会などなかった。元々そう簡単に合える相手ではないが。今更なんだ、と震える手で蝋を破る。

 その手紙は、挨拶すらない、ひどく短いものだった。


『ダイアナから話は聞いている。君は相変わらず問題の渦中に居るんだな。だから、さっさと番った方がいいと言ったんだ。そこで、俺は君にはあいつと番になる理由を与えてやろうと思う。前から、あのオオカミは使用人だから番にはならないと言っていただろう? 君を守った件の褒美と、元婚約者としての気掛かりを拭うため。そして俺とダイアナの結婚の恩典として、ルドルフに対して一代貴族として男爵の称号を付与することとする。またジョナサンから追って連絡をする。それと、ダイアナがまた君と話したがっている。また近いうちに時間を作ってやってくれ。』


 気づくと、あまりに手紙を持つ手に力が入って、便箋をくしゃくしゃにさせていた。


「お嬢?」


 私の様子が変わったのに気がつき、ルドルフが心配そうに私の顔を見上げてくる。そして手紙に重ねられた封筒が、殿下からのものだと気がつき、顔色が変わった。私の手の中の手紙を取ろうとするが、私はさっさと立ち上がり、ルドルフと距離を取った。

 まずいわ。今はルドルフも私の気持ちを知っている。女性相続人になったとはいえ、まだ()()()()は心の準備が出来ていない。

 一代限りでも、男爵はれっきとした貴族の称号だ。これでルドルフの身の潔白は疑いようもなくなる。嬉しいこと限りないが、この手紙を見ればルドルフが言い出すことは決まっている。しかし、しつこいルドルフの追撃をかわせる気はしないし、どうせ今日か明日にでも王太子の御触れを持ってジョナサンがやってくる。どこかのタイミングで見せないわけにはいかない。

 でも、今じゃない。

 急いで鏡台に駆け寄る。その上に手紙を置き、さっと身を翻す。ルドルフが手紙に気を取られているうちに部屋から出ようとするが、その前に捕まった。


「どこいくの? ちょっと待ってよ」


 片手で私を止めながら、ルドルフは反対の手に持つ手紙を読み始めた。短い文章なのだが、永遠に感じる。ルドルフの目は何度も手紙の行をなぞっている。私を掴む腕の力はどんどん強くなる。ルドルフがついに顔をあげ、私は息を呑んだ。


「……これって、つまり、お嬢とはもう()()()番っても問題ないってことだよね?」

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