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第67話 真情・2

 腰掛けているベッドの横のスペースを叩くが、ルドルフは寝台の近くまで来ても立ったまま距離をとっている。それだけ、ルドルフは私に対して壁を作ってしまっているのが私には感じられた。


「お前が来ないのなら、私がそっちに行くだけよ」


 私は立ち上がって、ルドルフの横へ行く。その金色の目をまっすぐ見上げると、ルドルフは気後れした様子で一歩下がった。もう近い距離や触れ合いじゃお互いに誤魔化せなくなってる。それがはっきりと分かる。距離を埋めるものがあるとすれば、もう言葉しかない。

 ちゃんと、言葉にしなくちゃ。まさか、家政婦長に言った『究極の選択』を目の前にした時、必要になるのが言葉だなんて思っていなかった。寂しい事実だけれど、お前の言う通り、私とお前は同じ人間じゃないから。完全になんて分かり合えない。だから今この場所で、話をしないと。きっと手遅れになる。

 アスピスに線を引かれた時、私は踏み込む勇気や動機を持てなかった。しかし、私は一番失いたくないものがもう分かっている。

 言葉を出すのは時に勇気がいる。それでも、このまま黙っていれば、今までみたいに可能性を捨てることになる。傷つくことになっても、何もしないままお前をも諦めた、という後悔はしたくない。


「前に殿下がご乱心された時、自分が来てくれると思ってたろうって、お前言ってたでしょう?」


 あの時、ルドルフは嬉しそうにそう言って、私は即座に否定した。でも、本当は図星だったのだ。セレナと屋上で待機していた時も。殿下と対峙している時も。私が心から待っていた相手は先生ではなかった。乱れた場の中で、声が聞こえただけで、この私が泣き出しそうになるくらいほっとした相手。

 なのに、私はずっとその感謝の意をその相手に伝えられていなかった。


「あれはね、正しかったの。ちゃんとお前が来てくれるって分かってた。あの時も、今日も。助けてくれて、ありがとう。感謝しているの。だから、そんな寂しいことを言わないで」


 こちらを見ることなく、ルドルフはただ首を横に振った。涙がはらはら流れている。


「……でも、事が起こる前に、防げなかった。騎士団に対しても、自分じゃ何も出来ない。王女様にも庇われた。ライオネルや旦那様がいなくちゃ、こうやって帰ってくることもできなかった。俺は結局、貴族じゃないし、お嬢の使用人でしかないから。学園にだって、許可がないとお嬢とは一緒にいけない」


 私は反論しようと口を開くが、ルドルフがそれを遮り、私は口をつぐんだ。

 言葉は一方的にぶつけるものじゃない。分かっていても、それをルドルフ相手だといつでもやってしまう。それが甘えなんだということは、私だってもう気づいている。

 私が黙ったことで、ルドルフはゆっくりと口を開いた。


「お嬢が止めなかったら、お嬢の側にはいられなくなってた。結局、俺がお嬢に守られてる。ライオネルも、王女様も、旦那様も。協力してくれる人が居るのも、全部お嬢のおかげだもの。俺は孤児で、使用人だから。俺の今の仕事も、立場も、環境も。全てお嬢に与えられたものだから」


 この言葉は、いつか聞いたことがある。あれからかなりの時間が経ったというのに、私はルドルフを安心させてあげられるような言葉を準備できていなかった。


「このままじゃ、お嬢の側にはずっと居られない。お嬢は俺を選んでくれない。情けないよ。お嬢は何でもひとりで出来るし、何でもひとりでやろうとする。俺を置いてどこへでもいけるし、やっていける。俺を必要としてない」

「そんなこと――そんなことないわ!」


 あまりにルドルフの言葉が悲しいもので、私はつい大きな声を出した。私があの時、一番求めていたのはルドルフだった。それに間違いはない。

 ルドルフは伏目がちに、小さく鼻を啜った。


「だから……拾ったみたいに、きっといつか突然俺を手放すんだ」


 自分がいかに支配的で、傲慢だったかを思い知らされる。前世の現代人としての感覚で接していながら、都合のいい時はルドルフに従者としての責務を求めることは度々あった。アスピスは私に、これは私がルドルフを()()している限り対峙しなくてはいけないことだと言った。身分差というのは事実として私たちの間にはある。ヴァイパーは、私がお嬢様(わたし)である限り、ヴァイパーには強制が出来ると言っていた。それはきっとルドルフに対しても有効なのだろう。

 ただ、私にあったのが支配欲だけで、自分が愛情としての庇護欲をルドルフに持っていなかったというと、それは嘘になる。弟や子供のように愛しく思ったことは何度もある。しかしそれ故の無力感だとするなら、私にはどうもできない。

 あのお針子をして、ずるいと言われるだけはあるわ。


「……なら、お前を好意や立場で縛りつけて、利用して、お前を弄んでる私のせいだとは思わないの?」


 あの時、ルドルフは何を言いかけていたのかしら。

 私の言葉に、ルドルフは少しの逡巡の後、お針子の一件のことを思い出したらしい。少し驚きつつもばつの悪そうな表情になった。


「アスピスから聞いたの? それとも、あの時、聞こえてたの?」

「忘れてた? 私は、鼻は悪かったけど。耳だけは昔から良いのよ」


 ルドルフはそれから口を閉じてしまった。何となく、気持ちは分かる。もし自分の本音を知っていたなら、今まではどんな気持ちで、なんて考え始めてしまうことだろう。

 私はルドルフがあの時何を思ったのか知りたくてたまらなかったが、ついに諦める。

 その代わり、私が知っていてルドルフは知らない別の事実を追加した。


「お前の言う通り、お父様に頼らざること得ないことは、私も不甲斐なくは思っているわよ。とは言え、殿下については前に迷惑をかけられたし、怪我させられた。だから、おあいこ。でも、王女殿下のあれは、別にお前を庇ったわけじゃないわ」

「どういう……?」

「そのままの意味よ。王女殿下――ダイアナ様には伝えてあったの。お前が私の『運命』だって」


 ルドルフがついに今まで頑なに向けなかったその目を、こちらに向ける。私は瞬く間に恥ずかしくなってしまった。顔が熱くなるのを感じる。

 本当は、このことは一番先にルドルフへ伝えるべきだった。なのに、私が臆病だったせいで、初めて宣言した相手は王女殿下になってしまった。セレナにすら、はっきりと言うことはなかったのに。両親にも伝えてなかったのに。まあ、今夜、一生分はお前が私の『運命の番』だって方々に説明させられたけど。


「だって、しょうがないじゃない。離宮に呼び出されたと思ったら、ダイアナ様は私が側妃になるとばかり思っていたし。陛下とお母様のことで、殿下がどれだけ苦労されていたか。だから殿下が一人以上番を持とうなんて気持ちがないことは、私には分かってたけど。セレナの時だって。だから私は早々に婚約解消したわけで。でも、そんなこと私が言うわけにはいかないし……とにかく、私にはお前がいるわけだし、それもひとつの理由ではあるから。それでダイアナ様にご納得いただくため、話したのよ」


 黙っているルドルフの突き刺さるような視線に耐えきれず、私はだらだらと言い訳を重ねた。私の言葉にルドルフが忙しなく顔色を変えている。


「だから――」

「ちょ、ちょっと待って。いきなり情報が多すぎる。ライオネルのことは、まあいいとして。それで、王女殿下はお嬢が後宮へ入る前提で呼び出してたってこと? それ、前にテーラーと会いに行った時の話? 何もなかったって、お嬢言ってたのに……」


 そうよね。確かに今のは私の言い方が悪かったのかもだけど。ルドルフも混乱しているなら、はっきり伝わらないのは無理ないわ。

 慌てて話を整理するルドルフに、私はくすりと笑った。あえてなのか、私が一番気にしているところに触れない。ルドルフにはいつも独特の目線があり、自分のこだわりがある大事なことからは常に外れない。そんなルドルフが自分よりもはるかに混乱しているのがわかり、少しだけ余裕が出てきた。


「今の話の要点は、私がお前のことを『運命』だって思っていること、でしょう?」


 ルドルフは茫然自失と言った様子で、絶句してしまった。このまま畳みかけてもいいのだが、きちんと思いを伝える前に、私にはまず話さなくていけないことがたくさんある。一時停止状態のルドルフが口を開く前に、私はその唇の前に指を掲げた。


「話をしようと言ったのは私なのに、ごめんなさい。言葉にしてこなかったことを、話させてちょうだい。お前には、まずは謝らなくちゃいけない。さっきみたいな不安をずっと抱かせていたこと。ヒロインに当てがおうとしたこと。冷たくしたりそうでなかったり、振り回したこと。私、多分ずっと前からお前のことが好きだったと思うわ」


 ルドルフが好きだったという言葉にひどく驚いたが、私は言葉を続ける。


「だけど、お前にちゃんと向き合わなかった。だから、私はお前をたくさん傷つけていたわ。……ごめんなさい」


 ルドルフが何か言いたげだが、私はまだ指を退けない。今まで話せなかったことを、私は今、ルドルフに聞いて欲しかった。

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