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第61話 王女・2

 結局、ルドルフの読みは外れてなかったってわけね。

 これしかない。そう分かってしまった私は、不本意ながら乾いた唇をそっと開いた。


「王太子妃殿下、ジョナサン様と一緒に控えていた、私の使用人を覚えていらっしゃいますか? あの、初めてお会いした時にも、セレナ――ホーククレスト夫人を紹介した時にも、側に居たのですが……」


 王太子妃殿下、という言葉を強調して私は話す。何を急に言い出すんだという表情をしながら、王女殿下はしばしの逡巡の後に頷いた。


「ああ、あの銀髪のオオカミかな? この国では珍しいから、覚えているよ」


 その記憶力に舌を巻く。それと同時に、私はもう後に引けなくなった。回らない頭で言葉を並べる。


「あ、あれは王太子殿下とお会いするずっと前に、私が拾った孤児で、私が侯爵家で養育させた私個人の使用人なのですが」

「なる、ほど?」


 言葉にすると、これほどあからさまとは。これじゃ、ヴァイパーが私のことを恵まれてるなんて皮肉を言うわけだわ。ルドルフが私に引け目を感じるのも仕方ない。

 自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かる。引き下がることはできない状況で、恥ずかしい気持ちを隠すことも出来ない。焦ってまごつく身振り手振りをどうにか抑えて、消えかけた手の平の傷をぎゅっと握る。私は縮み上がった喉から、最後の結論を搾り出した。


「それで……あ、あれが私の、その、『運命の番』なのです」

「…………」


 思いがけず、初めて、他人に対して、ルドルフとの関係を口にした。動悸が止まらない。匂いが分かるようになって、ルドルフがそれだと気付き、恋心があったことを自覚してもなお、ずっと口には出せなかった。

 ルドルフ本人でも、セレナや両親、ヴァイパーたちでもなく、何で外国から来られたばかりの王女殿下に、こんなことを話してるのかしらね!

 落ち着かなさをどうにも出来ず、すぐにでも逃げ出しそうな自分を元々座っていたソファに無理矢理座らせた。『運命』の話をすれば、獣人たちなら理解をしてくれる。しかし念には念を入れておきたい。早口にて主題に戻り、要点を伝えた。


「殿下もそのことはご存じです。その件の使用人とも面識がございます。だから、私を召し上げようなんてことは、決して考えてはいらっしゃいません」


 王女殿下はぽかんとした表情で固まったままで、反応がなかった。が、ややあって、理解が追いついたらしい。手を前に組んで、座り直す。親指の腹をすり合わせながら、口を開く。それは明らかに予想外のことに動揺した様子だった。


「そ、そうだったのか……。すまない、私は幼い頃から国の王女として騎士団に入っていて、そういったものに縁遠いような身で、そういったものに疎いんだ。それに我々トリ型は君たちネコほど鼻が良くなくて……」


 気まずげな王女殿下に、私は下手なフォローを入れた。


「いえ。あれとはまだ何も――いえ、番っても婚約もしていないので、その、誤解を受けやすくて。こちらこそ申し訳ございません」


 そこまで言って、私は落とし所に困ってしまった。咳払いをし、とにかく後宮には絶対に行かないことをもう一度だけ強調しておく。


「サーペンタインには私以外に後継がございません。私は女相続人として、家を継ぐことになっているのです。もうすぐ公示も出します。私は王太子妃殿下がいらっしゃるまでの、中継でしかなかったのです。だから、側妃にはなりません。殿下には王太子妃殿下しかいらっしゃいません」


 しつこく王太子妃と強調して言う私に、王女殿下はついに根負けしたようだ。照れくさそうに顔を手で扇ぎ、背中の翼をばさりと動かした。


「そうか……分かったよ。でも、ディライア、私のことはダイアナで良い」

「承知いたしました」


 王女殿下は少しため息をついて笑った。


「それにしても、私は、そんなに分かりやすいかな? 確かに駆け引きは苦手だ。しかしこれでもキールスで王族として教育を受けてきたんだが。それに、私のようなタカ型は表情が分かりにくいってよく言われるのに……」

「私もネコとヘビが入ってるので、よく何を考えているか分からないなんて言われますわ。ただ、友人にハクトウワシの型の者がいるので」


 ああ、と王女殿下が目を細める。


「噂はかねがね。ヴァンドール、いや、ホーククレスト夫人のご主人、『運命の番』その人だな。なるほど、それなら我々トリ型の嫉妬深さもよく知っているわけだ。ところで、君の『運命』は何と言う名なんだ?」

「ルドルフです」


 当たり前のようにルドルフが私の『運命』だと扱われるのは今までもあったことだったが、自分から認めて口に出した後となるとどこか気恥ずかしい。

 それにしても、やはりセレナと殿下の話は王女殿下まで届いていたらしい。キールスの者が調べたのであろうが、流石に私とルドルフの話までは知らなかったらしい。

 まあ、『運命』だ何だと言っても、狭い範囲での認知。あくまでその家の中での話ですものね……。名字すらない使用人となれば、他の貴族も知り得ることじゃないわ。


「ふむ、こちらでは珍しい名前だな。私の国だと北の方では珍しくないんだが。きっとディライアの『運命』殿の祖先はもっと北、ヴォルフガングなんかの出身なんだろう。向こうにはオオカミ型が多いからね」

「そうなんですの」


 ルドルフの出自については拾った当初に調べさせてはみたものの、名字も肉親の名前もはっきりしないので、結果が出ないままいつのまにか忘れてしまっていた。

 そもそもただのイヌ型の獣人だと思っていたくらいだったし、まさか日本人が作った物語世界に命名規則があり、名前でルーツが分かるとは思ってもみなかった。『おりおり』のスタッフのことを甘くみてたわね。

 逆に言うと、深く考えなくてよかったのかもしれない。この国は北方の国々とは祖父母やその前世代の頃に、戦争になったこともある。だから北方出身者に対して、あまり良い印象を抱いていない人もまだ多いと思われる。殿下もジョナサンも、ルドルフのことをオオカミ呼ばわりしているが、もしかするとあれはそういう意識の現れなのかもしれない。

 まあ、ただ仲が悪いっていうだけかもしれないけど。


「それにしてもオオカミか。なら、君をこうやってずっと引き止めているのは、あまり得策ではないな。ディライア、君とはこれからも仲良くしたいからね」

「嬉しいです。でも、何故ですの?」


 これでお暇をいただくのは全く問題はないが、それがルドルフが理由になると言うのは、私にはよく分からなかった。王女殿下は呼び鈴を手に取ると、あまり要領を得ない私に向かってウインクを投げた。


「彼らは『運命の番』じゃなかろうと、生涯でひとりとしか番わない。だから、彼らは我々と同じくらい嫉妬深いのさ」

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