第60話 王女・1
「ああ、ご苦労。呼び立てて悪かったな。楽にしてくれ」
応接間に現れた王女殿下は、シャツにパンツというラフな格好だった。新たなミューズの登場に、テーラーが私の横で歓喜にうち震えているのが見えた。
ほらね、やっぱり連れてきて正解だったわ。テーラーになら、分かってもらえると思ってたもの。
下げていた頭を上げ、出来るだけ好感を持ってもらえるように微笑む。今回は向こうに意図があるとは言え、本来でならこんなに簡単にお会いできる方ではないのだ。
「とんでもない。恐縮でございます」
殿下がソファに腰を下ろすと、すぐにその隣に侍女がそっと立った。控えめながら美しいハトの獣人。王宮で見たことがない。きっとキールスから王女殿下が連れて来た特別な従者、キールスの貴族の者なのだろう。
私がそんなことを思っていると、王女殿下は何故かくすりと笑ったようだった。
「彼女と打ち合わせを行なってくれたまえ。私も身ひとつで嫁いできたわけではないのだ。婚礼一連の行事で着るドレスはいくつもある。君たちのような商会にライオネルが用意させているものも何枚かある。私にはよく分からないが、こういった機会には統一感やテーマとやらが必要なんだろう?」
殿下の言葉に、ハト型の侍女は静々と次の間へ続く扉の方へと進み始める。
「承知いたしました」
テーラーと共に退出しようとすると、私は別だと侍女に止められた。
来たわね。
振り返ると、王女殿下は私に手をひらりと振った。
「サーペンタイン嬢、君は私の話し相手になってくれ。この国の慣習も知っておきたいんだ」
「はい。もちろんです」
もし何にも気づいていなかったらひどく狼狽したところだろうが、王女殿下の好意を知っているので、私は落ち着いて返答をしてみせた。
可愛らしい誘い文句ね。輿入れをされる前、きっちりとこの国の風習を学ばれて来ているのに違いないのに。さて何を切り出されることやら。
私と離れることに少し不安げな表情のテーラーへ目配を送り、侍女とテーラーたちを見送る。私は王女殿下に勧められるがままに、向き合うのソファに腰を下ろした。
「私のわがままに付き合わせてしまって、悪いな」
「いいえ、光栄です」
紅茶を勧められ、口に含む。王宮に呼ばれた時、いつも出てくる殿下の好きな銘柄ではない。見渡せば、調度品や家具も少し内容が変わっているようだった。屋敷に女主人が新しく入るというのは、こういうことなのだ。
きっとすぐにこの離宮も、王女殿下の趣味に作り変えられるわね。キールスから持ってきた嫁入り道具? それともどこぞの商会に入れさせたのかしら?
王女殿下と向き合いながらも、周囲の様子を伺っていると、王女殿下が私を見てにこりと笑った。私はぼんやりしていた自分を認め、慌てて謝った。
「失礼いたしました。とても素敵な内装だったので。あれらは王女殿下がお持ちになられた、キールスのものなのですか?」
「ああ、そうだよ。よく分かったね――君は、この離宮には何度か来たことがあるのかな? 何だか以前のものや部屋の作りををよく知っているようだったから。それに、私の侍女にも気がついたようだったし、王室に仕える者にも詳しそうだね」
……先ほどからの妙な微笑みは、私が殿下関連で王宮やら離宮やらをよく知っていたからだわ。立場的にも心理的にも、この方と敵対したくはないのだけれど。
「ええ、王室主催のパーティーはこの離宮でも執り行われることもありましたから」
婚約のことは言わず、しれっと事実だけを伝える。実際のところ、私はもう殿下――ライオネルとは親しい友人のようなものであれ、無関係なのだ。先生のことを思うに、猛禽類の嫉妬は出来るだけ避けておきたい。
先生も番う前から、セレナに独占欲を出してたもの。王女殿下もそのタイプね。
「そうなのか、覚えておこう。それで、サーペンタイン嬢は……いや、実は堅苦しいのは苦手なんだ。下の名前で呼んでも?」
あら?
思わぬ方向に会話が転がり、私は少し不安になった。
「も、もちろんですわ」
「ディライア、私のことはダイアナと呼んでくれ」
身に余る光栄だけれど。何が目的なのかしら? 元婚約者と親しくなっても何かメリットがあるとは思えない。何かを見落としているの?
王女殿下が殿下のことを好きである、という前提を元に物事を見ていた私はひどく困惑した。そんな私をよそに、王女殿下は、ふふっと笑った。
「我々は名前も似ているな。将来的に、共にライオネルへ仕える身だ。だから君とは仲良くしておきたいんだ」
「ええ――」
頷きかけて、私は途中で王女殿下の言う意味が私のものとはかけ離れていることに気が付く。私は慌てて立ち上がった。
「お待ちください! 私のそれは、臣民としての献身でございます!」
私が立ち上がったことも含めて、王女殿下はその猛禽の金色の目が瞬かせた。それを見て、私は確信する。
ちょっと待ってよ! 王女殿下は私が側室に入ると思ってらっしゃったの⁉︎
「……この国の王家は番を複数持てる。君は元々ライオネルと婚約していたんだろう? だから、私が王妃になった後には、君は側妃になるものだと聞いていたんだが」
王女殿下に変な入れ知恵をした貴族は、一体どこのどいつなの?
脳裏に【ノーマルエンド】のエンド内容が過ぎる。
【ノーマル】
他の攻略者のルートを進めず、ライオネルルートに入った状態で好感度がある一定まで行かなかった場合に発生。ヒロインとライオネルは結ばれることなく、ふとした時に思い出す青春の日の面影として心に残り続ける。
ライオネルは隣国の王女と結婚し、ディライアは側室として後宮に入る。しかしどうしてもライオネルの寵愛を受けられず、また子を授かるも乳児のうちに死なせてしまう。そのショックで気が狂い、幽閉の身となる。
確かに、私は婚約者とは名ばかりで、そもそも正妃の候補でしかなかった。現実的に考えれば、外国の王室との結びつきを作っておきたい王室が、一介の国内貴族の侯爵家の令嬢を正妃にさせておくわけがない。結婚して正妃になったところで、より高位の方なり殿下の『運命』が見つかったら、離婚とはならず側妃に降りる運命だった。そのタイミングが結婚前に起こるなら、一旦は婚約解消として、その後に側室へ入ったことだろう。
本編のディライアはそこを分かってない了見の狭いただの殿下に恋する少女だった。って言うのが悲劇の発端なんだから。そして揉めに揉めて婚約破棄で破滅する。
とにかく、私の婚約解消は王女殿下のために行われたものではない。それに――
「それはあり得ませんわ。だって――」
だって、殿下は、たったおひとりとしか番わないつもりですもの。
その言葉が喉元まで出かけるが、飲み込む。私が話して良いことではないのは重々承知していた。
言い淀んだ私に、王女殿下は追撃をしてくる。核心に触れるところだ。殿下のことを好きなら、そこのところ知りたい話だろう。しかし、それは私が言うべきことではないし、いつか殿下が伝えるべきことだ。私が言ったらそんなことを話す仲なのかと勘違いして、王女殿下は気を悪くされる。違うわ。気づいてただけなのよ。
それに、あまりにプライベートすぎる。
そりゃ、そうよ。心の深い深いところにある自分が大事にしていることだもの。プライドのある人間なら、そんな弱さの極致にあること、いくらこれから番になる結婚相手にだって言えないわよ。でも、殿下も王女殿下を気に入っているんでしょう⁉︎ 見たら分かるのよ! 言わなきゃいけないことってのはあるんじゃないの⁉︎
似たもの同士だからこそ分かる同族嫌悪の怒りが殿下に向かう。しかし、知る由もない王女殿下は私の続く言葉を待っていた。
「だって?」
「だって……」
これがゲームの強制力ってやつなの? こんな形で⁉︎
頭の中をフル回転させて、一番それらしいの言葉を探すが見つからない。ただ、最良の答えではなくとも、多種多様な全獣人が仕方ないと思ってくれるような特別な理由が自分にあることには気がついていた。




