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第58話 不満・2

 ルドルフのその含みのある言い方には、少しカチンとくるものがあった。私が殿下に特別な好意があるように聞こえる。

 いくら嫉妬深いとは言えど、そういう言い方はないんじゃない? ルドルフはいつも余裕がない、殿下が前にそのようなことを言ってたけど。本当にその通りよ。


「どうしてそんなに殿下を目の敵にするの? 私たちは臣民なのだから、敵対してもいいことなんてひとつもないのに。それと、お前はそう言うけど、王女殿下は後宮へ私を絶対に呼ばないわ。だって、王女殿下は殿下に好意を抱いていらっしゃるもの」


 私が『王太子妃』と言った時の紅潮。話を聞いている時は常に殿下の方を見ていた。

 セレナと先生の時と一緒。間近で話すのを見ていれば、流石に気づくわよ。

 殿下は居丈高で傲慢なところもあれ、器はその分大きいし、人間的に尊敬はできる相手だ。あの凛々しい王女殿下にも釣り合う。王女殿下が惹かれるのも無理はない。

 王女殿下も先生も、前世でいうところの猛禽類。『運命』じゃなくとも、番ってさえしまえば、きっと先生が言うような他の番を許さないタイプに違いないわ。だから私を呼び出したし、セレナにも会ってみたかったのよ。きっとジョナサンがよく気を利かせたんだわ。

 王女殿下が嫁いでくることについて気に入らない貴族や、セレナや私が気に食わない貴族。色々な思惑を持った者の面白おかしく語る話が、王女殿下のお耳に入ってきていることだろう。キールス王国の者だって、大切な自国の王女様が嫁ぐ先について、調べていないなんてことはないはずだ。もし自分が王女殿下の立場なら、噂の失恋相手や前婚約者に一度は会っておきたいと思う。好きだったら尚更だ。だから、私は呼び出された。確かに殿下は私の商会にドレスを依頼しているが、ドレスの完成と私に会うことは別に関係なんてない。少し考えれば、分かることだ。

 なのに。なのに――


「何で一目会っただけなのに分かるのさ。自分へ向けられる好意に鈍いお嬢がそう言ったって、あんまり信用ならないよ」


 あの時私の側で控えていたくせに、ルドルフにはあの機微が分からなかったらしい。

 時折、ルドルフは偏った見方をしすぎるところがある。そういう独特な思考回路があるからこそ、誰も気を払っていなかったことに気がついて本質を穿つような質問をしてくることもある。しかし、それでも今回に関しては鈍すぎる。

 あれだけ分かりやすかったのに、なんで気づかないの。これじゃあ、私の気持ちになって気付きっこないわ。どうしてよ。見ていれば、わかることじゃない。そうね。きっと見ていなかったんでしょうね。私が王女殿下に()()()()()()()()()()

 とは言え、王女殿下が殿下のことを好いていることについての私の根拠はあまりに直感的なものが多く、言語化が難しい。


「そんなの、見たら分かるでしょう? 私のこと鈍いって言ったけど、それならお前だってだいぶ鈍いわよ。私の気持ちに、全然気づかないじゃない」


 そのせいで、説明は端折られる。その代わり、どこかのタイミングでチクリと言ってやろうと思っていたこの頃のルドルフに抱いていた不満を、つい差し込んでしまった。

 私の言い分にルドルフは少し呆気にとられた後、ため息をついた。


「そんなの……言葉にしてくれないと分からないよ。お嬢の場合は、俺の関知している範囲じゃないことも多いし。何も知らない状態で気づくなんて無理だよ。最近のお嬢はなんか変だし。なんか冷たいなと思ったら、甘えたり、優しくしてきたりさ」


 ルドルフも私の言い方に思うところがあったのだろう。私が投げた嫌味をど真ん中で打ち返してくる。私に不満があったように、ルドルフにも不満があったようだ。

 悔しいが、それに応じる言葉がない。思い当たる節が多すぎて、頭を殴られたような気分になる。自分ですらうんざりするくらい好き避けをし続けていた。なら、やられた相手はもっとうんざりしたことだろう。二の句がつげない私に、ルドルフは続けた。


「お嬢と俺は同じ人間じゃないんだから、全部の気持ちが分かる訳ないよ。過去に似たような経験があれば、対応は出来るかもしれないけど。そもそもお嬢は、平気で思わせぶりなことを言ったりやったりするもの。それを深く考えたり、一喜一憂したりしてたら、身がもたないよ。この間だって、確かに俺が匂いに酔ってたのもあるけど、あんなこと――ああいうの、他のやつにはやってないよね?」

「ば、馬鹿じゃないの⁉︎」


 私は思わず金切り声を上げる。思ったよりもキンキンとした怒鳴り声が響き、耳のいいルドルフは耳を抑えて丸まった。

 ヴァイパーはルドルフが惚けてたなんて言ってたけど、当の本人はそんなこと考えてたの? てっきり、驚いていただけかと思っていたのに。私のこと、浮気っぽい軽薄な人間だと思っていたのね。誰かれ構わず押し倒すなんて恥知らずなこと、この私がする訳ないじゃない! あの時点では自覚なんてなかったけど、私にそんなことが出来る勇気や選択肢があるんだったら。好き避けなんてしないで、お前にとっくに告白くらいしてるわよ!

 怒りの言葉が次々の頭の中に浮かんでくるが、口には出せない。何か言ってやろうと口を開くが、興奮しすぎて発声までには至らない。ルドルフは私が激怒のまま黙ったのを見ると、頭を下げた。


「ごめん、言いすぎた」


 謝られたものの、まだ心がそれを受け入れられる状態じゃない。今のは本当にひどかった。怒りを通り越して、悲しくなってくる。


「でも、ちゃんとした言葉をくれないのに、もっと察して欲しい、はいくらお嬢の望みでも難しいよ。お嬢が何考えてるかなんて分からないもん。俺のこと好きなのかなって思ってても、俺の欲しい形じゃないだろうなってのは分かるし」

「そんなこと――」

「俺はお嬢のこと、いつまでも待てるよ。でも、俺だって好きな人にいつも振り回されても傷つかないほどのんきじゃないからさ。たまに訳が分からなくなるんだ」

「……それは、私にだって……分かるわよ」


 昔から、断っても無碍に扱っても、ルドルフはなんだかんだ幼い弟が姉や兄にするように私に着いて回ってきた。昔からそうなので気にもしなかったが、今の私にはそれがとんでもないことだと分かっている。私は許され、その好意に甘えていただけなのだ。

 あの夜、ルドルフに拒絶されたのが、今でも私のメンタルに影響し続けている。

 拒否されるのは、苦しい。傷つくのは、辛い。結局、好き避けもそれが原因なのだ。元々、自分に自信なんてない。セレナみたいになりたくても、なれない。虚勢で胸を張ってようやくまっすぐ歩けるような不安定さだった。悪役令嬢としてどうせ不幸になるんだから、自分は恋愛なんてしてはいけないと抑圧してきた。そんな私が急に恋心を自覚したところで、準備ができていない。次に、同じようにルドルフに拒絶なんてされたら。そう思うと、接するのすら怖くなってしまう。

 ルドルフに嫌われるのが、怖い。今まで、どれだけ傲慢なことをしていたのか、理解したくない。謝らなくてちゃいけない。でも、自分を晒せない。ルドルフが何と言おうと、自分が嫌な自分を好いてもらえると思えない。もう恋の不安が恋の楽しさを超えてしまった。それでも、自分を受け入れて欲しいとも強く願っている。

 ぐるぐると頭の中で言葉が巡る。目の前がくらくらする。ルドルフは小さく首を振った。


「お嬢には分からないよ。だって、こういうのを自然にやっちゃうんだから。これ、無意識でやってるでしょ?」


 ルドルフが視線を落とした先、ルドルフの手元に、私の尻尾が絡んでいる。私は自分がそんなことをしていたのに驚き、自分の尻尾を掴んだ。


「お嬢、あんまりこういうこと言われるの嫌だろうと思ってたから言わなかったけど。尻尾を出すようになってから、最近よくやってるんだよ。馬車とか、二人っきりでいる時とか、不安そうな時に。やっぱり、気づいてなかったんだね。嬉しいけど、これを他の男にやられたら、なんて思ったら……」


 唖然としている私を他所目に、ルドルフは気まずそうに立ち上がる。


「気を許してくれてるのは嬉しいけど、俺が男なのは忘れないでほしい。お嬢のことを俺の『運命』だって思っている男だよ。それに、俺は使用人なんだから。線引きをしてくれないと。俺はお嬢の嫌がることをしたくはないんだ。お嬢のことが好きだから」


 バニラの匂いがふっと強くなった。私はそれにはっとした。


「あんまり、振り回さないで」


 少し顔の赤いルドルフはそう言って部屋を出ていく。私は、引き止められない。

 ドアが閉まり、無意識でも自分のしていたことの整理がつかず、寝椅子のクッションに顔を埋めた。


「……何が、私が分からない、よ。お前だって、全然分からないわ」


 唇で指を噛みながら、恥ずかしさに身悶える。

 今、言うべきだったのに。今、勇気を出すべきだったのに。やっぱり尻尾なんて余計だわ。自覚よりも表情よりも先に、本能で動くんだから。

 自分がチャンスを逃した事実が、じわじわと沁みてくる。その悔しさと、やはり傷つかないように咄嗟に逃げてしまった自分に私はほとほと嫌気がさしていた。

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