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第57話 不満・1

「本当に行くの?」

 

 セレナ、貴女は本当に預言者ね。

 手紙を掲げ、不服そうな駄犬に私は指示をもう一度繰り返した。


「今週末、王太子妃殿下がドレスのことでご相談したいんですって。だから、アスピスとテーラーに声をかけておいて。今からお返事を書くから、明日の朝一番に届けてちょうだい」

「……分かった」


 ようやくルドルフは了承するものの、まだ不満げだ。セレナの言う通り、私が王女殿下に夢中だと思い、嫉妬しているらしい。すでに指示をしているのに、私の座る横に腰を下ろしたままで、捨てられた犬のような甘えと恨みがこもった瞳でじっとこっちを見てくる。

 確かに、お前は私の『運命』のようだけど。それ以前に私はお前の主人なんだから、お前の承認なんていらないのよ。私が行くと言っているんだから、お前はそれに従うだけ。一介の侯爵令嬢が断れる相手だと思っているの?

 嫉妬を少しだけ嬉しく思っている自分もいるが、要らぬ心配をされて行動を制限されるのだけは受け入れられない。加えて、不貞を疑われる筋合いはないし、実際にそんな事実もない。魅力的な人物を魅力的だと思っただけだ。私はそこのところを切り離して考えられる。私にとって、推しと恋愛感情は違う。


「何よ? 王女殿下については、お前が思っているようなことは何も無いわよ」


 不機嫌な私の声に、ルドルフが小さく唸る。


「お嬢、自覚あったんだ。王女様にデレデレなお嬢はもちろん嫌だよ。あんなの、初めて見たし。俺にはあんなことしないのに」


 当たり前でしょう、と喉元まで言いかけて、やめる。火に油でしかない。

 まったく、このルドルフの嫉妬深さったら何なの? 思い返せば、セレナに対してすら最初から嫉妬していた。確かに、ルドルフの疑念が本当だったこともあるけど。それにしても、相手が私のことを好きだとして、私がそう簡単に受け入れると思うの? 相手が私を好きだからって? お前にとって、私はそんな尻軽な女なの?

 前々からルドルフの嫉妬深さには辟易していた。が、今の私には自覚がある。こうやって話をしていれば、その理由が段々はっきりしてくる。導き出された答えはあまりに不愉快で、私の尻尾はばしんと私とルドルフの間の座面を叩いた。

 結局、ルドルフは私を信頼していないのね。私の王女殿下への気持ちはそんな不純なものじゃないのに。私の寝室にだけはあの夜から寄りつなかったというのに、手紙の差出人を見て、慌てて持ってきたってわけね。


「別にデレデレなんて――」

「王女様は王女様だってのは分かってるから我慢できるけど。俺が一番嫌なのは、これがライオネル関連ってことだよ」


 私の言葉に被せるように、ルドルフが吐き捨てる。ルドルフがそう唾棄すべきことのように言うのがまたもや殿下のことで、私は頭痛がした。


「なら、それは杞憂よ。だって、私はもう殿下と婚約解消しているもの」

「お嬢はそのつもりでも、向こうが心変わりすることだってありえる。王女様は王家の人だもの。複数の番に理解も心構えもあるよ。それに、王女様はライオネルの『運命』じゃない。王女様がお嬢を側妃にしても良いって認めたら?」

「そんなわけないじゃない」


 食い下がってくるルドルフをどうにかしたいが、どうにも上手く説得できない。ルドルフは、殿下の母君と国王陛下のことを知らない。しかし知ったところで、殿下が私のことを好きだったらしいこともある。納得する気がしない。

 とにかく、王女殿下が私を側妃になんて自分から言うはずない。これは私に分かる。


「だって、お嬢って、何だかんだ言っていつもあいつの言う通りに従うもの。セレナ様の結婚式でだって、俺は二人きりなんてさせたくなかったよ」

「それはそうでしょう。あちらは王子殿下。私は侯爵令嬢。それでお前はその私の使用人なんだから」

「そんなことは重々分かってるよ! ライオネル関連は、俺じゃどうにも出来ない。だから、嫌なの!」


 駄々をこねるような調子だが、ルドルフの声は痛切で、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。


「それに、お嬢は終わったことだって言うけど。国外の意にそぐわぬ相手と結婚させられたり、修道院へ幽閉される様なことが起こったり、側室として後宮に入ったり。ライオネルにのせいで表には出られない状態になったり、ならず者の手にかかったり。セレナ様に関わらず、少しでもボタンを掛け違えれば、お嬢が不幸になる可能性はそれだけあるってことでしょ?」

「…………」

「可能性ですら、俺は絶対に潰したい。お嬢は信じられないくらい心配性だから、こんな蒸し返すようなことは言いたくなかったけど」


 理解はできる、とは思う。それでも、女相続人になろうとしている今、国外へ嫁がされることはない。殿下は一人の方とだけ結ばれることを望んでいるのだから、私は側室になんてならない。現在の殿下に、私を害する動機なんてない。ならず者が出てくるのは、国が乱れた時の条件付き。修道院に投げ込まれる理由はわからないが、きっと精神崩壊なんかが理由だろう。

 だいたいの物事は、ルドルフでも撃退可能ね。でも、殿下関連はそれが難しい。だから嫌ってことね。


「そんなこと、婚約解消する前から分かっていたことじゃない」

「婚約解消の前から知っていたのは、お嬢だけだよ」


 恨みがかった声に、ルドルフが『悪役令嬢』の役割とその末路をきちんと知ったのはセレナの説明からだったと思い出す。思い返せば、そのすぐ後にルドルフからは何で黙っていたんだと問いただされた。

 ルドルフって私が全智者とでも思っているのかしら。そもそもの殿下との婚約した時だって、なんで事前に断ってくれなかったのだなんて大泣きしていたけど。別に私は隠している訳じゃない。私も知らなかったり、話す時期を選んでいたりしただけだもの。


「殿下方面については心配しなくても大丈夫よ。セレナの時は確かにご乱心されていたけど。元は理性的な方だから」

「……お嬢って、ライオネルのこと、信頼してるよね」

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