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第56話 尻尾・2

 ジョナサンに通された生徒会室。ソファに優雅に腰掛けた麗人を見た瞬間、自分でも背筋が伸びるのに気づいた。

 出回っている姿絵で拝見はしていたけど、実物の方がずっと素敵じゃない……。

 白百合のような清廉な匂いが、微かにする。柔らかなフェミニンな印象の強かった肖像画とは違い、実際に対面したキールスの王女殿下は中性的で凛とした雰囲気だった。可憐な王女様というより、どちらかというと高潔な姫騎士といった印象。立ち上がったその背は殿下ほどではなくとも、高い。下手なドレスなんかよりも、白銀の鎧の方がずっと似合うだろう。

 オオタカの獣人。セレナが書いてくれた設定メモのエンディングにも名前がしっかりと登場していることもあり、ケモ度の低い美形だ。青みがかった灰色の大きな翼。同色の艶々とした髪を編み上げて、ショートカットのようにしている。丸いおでこの下にはきりっとした眉と鋭い猛禽の金色の目が輝く。セレナも天使のような可愛らしさだが、どちらかというとキューピッドタイプだ。その点、王女殿下は大天使のような荘厳さがあった。

 なるほど、と思う。王女殿下は殿下の正妃となる方。そして肖像画は理想化された姿だ。正妃の理想像として、母性的に描いたのだろう。しかし、そんな姿よりも、甲冑をつけた方がずっと国民の興味を掻き立てたに違いない。

 あまりにも、あまりにも勿体無い。私にマーケティングとプロデュースをさせて欲しかった。きっとこの方が戦乙女として旗手をする姿でも見せたら、騎士や兵士の志願者も増え、みな両手を挙げて喜び、国家に身を捧げるでしょうに。


「サーペンタイン嬢、急な呼び出しを詫びよう」


 殿下の声に、私は我に返った。慌てて、片足を引いて軽く膝を曲げ、挨拶をする。自分でも顔が燃えるように熱くなるのが分かった。


「た、大変失礼いたしました」


 顔を上げると、殿下は何だか笑いを堪えるような顔で私を見ていた。王女殿下は、変わらず凛とされているが、少し不思議そうに殿下の表情を見ている。


「構わない。ここは学園で、これは俺の私的な呼び出しだ。それにしても、君のそんな姿は初めて見たな」

「申し訳ございません。その、王太子妃殿下があまりにもお美しくて。驚いてしまいました。無礼をお詫び申し上げます」


 殿下は私が王女殿下に見惚れたことを見逃さなかったらしい。しかも、フォローまでしてくれている。私は観念して、お辞儀の遅れた理由を述べた。王女殿下は私の言葉に少し驚き、頬を染める。そのあまりの初々しさに私は眩暈を感じた。

 なんて可愛らしい方なの? 中性的だからこそ、余計に可愛らしいというか。くらくらするような魅力しかない。なんというか、殿下は幸せ者ね。


「……婚姻のドレスのうちの一着を、君の商会に作らせようと話したら。ダイアナが君に会いたがってな」

「キールス王国第一王女ダイアナ・キールだ。よろしく頼む」


 ああ、声すら素敵だわ。少しハスキーで、威厳がある。

 

「サーペンタイン侯爵家、ディライア・サーペンタインです。お目もじ叶い、大変光栄ですわ」


 そんなことを考えていたら、つい声が上擦ってしまった。そんな私を見て、王女殿下は微笑んだ。その微笑みを見た後、私は何も考えられなくなった。


「君は可愛らしいね」






 その後、どう受け答えしたかは正直、曖昧だ。復学したばかりだと言うのに、以前以上に授業へ身が入らず、ただただこういったものの理解者と話すことだけを考えて午前中を終えた。ようやくお昼の時間を迎え、私はセレナに向かって自分の異常に膨らんだ感情の話をした時、やっと満足と実感を得たのだった。


「久しぶりに、自分が前世でオタクだったって思い知らされたわ。まだ私にもこういう感情があったのね」


 顔を手で覆い、喉から声を絞り出す。

 眼福。推せる。自分からそういう情動が出たということに感動すら覚えながら、久しくなかったタイプの感情の激流に呑まれて頭がおかしくなりそうになる。

 そんな私を見て、セレナは声を上げて笑った。


「まあ、分かるよ。私はまだ直接お眼通りに叶ったことはないけど、一回だけ廊下ですれ違ったの。びっくりするくらいイケメンで、私も他の女の子たちもみんなしばらくぼうっとしちゃったもん。ディルはああいうタイプが好きだったんね」

「そういうわけじゃなかったはずなんけど。何故か、ものすごく、刺さったわ」


 自分でも意外だった。前世の記憶は薄れつつあるも、王女殿下のようなキャラクターに対する特別な思い出はない。

 転生してから好みが変わったのかしら。中性的なタイプ、元々嫌いじゃなかったけれど。


「それにしても、困ったわ。どんなドレスのデザインを用意したらいいのか分からなくなってしまったもの。レースや生地はかき集めてあるし、どんな型でもきっとお似合いになるでしょう。でも、どれが一番良いのかしら?」


 尻尾の先がぐねぐねと考えあぐねるように動いている。セレナは嬉しそうに、そんな尻尾を指でつつき、ぎゅっと握った。すぐさま、その手から尻尾を取り上げる。


「ちょっと、尻尾にはあまり触らないで」

「ごめん。まだ珍しくって」


 セレナがバツの悪そうに手を膝に戻す。

 確かに、セレナが言ったから尻尾は出す様になった。けれど、腰や背骨に繋がっているせいか、あまり触られて気持ちのいいものではない。


「でも、推しに着せるってなると、確かに難しいよね。しかも晴れの舞台の装い。テーラーさん、また張り切っちゃうんじゃない?」

「……そうね。採寸でお目にかかったら、きっと気も狂わんばかりに喜ぶでしょうね」


 アスピスとテーラーの話、そういえばセレナにはしていなかったわね。

 少し目を閉じて考え、また目を開ける。ついでにふとルドルフの方を見ると、ジョナサンがその隣に立っていた。不思議に思うのも束の間、セレナと座っているベンチに長い人影が差した。私はその人物を認めた瞬間、跳ねるように立ち上がった。


「で、殿下!」

「やあ、先ほどぶりだね」


 セレナともども慌ててお辞儀をする。そんな私たちに、王女殿下は堅苦しくしないようにと言いながら手を振った。


「歓談中にすまない。ちょうど通りかかったもので」

「とんでもない。光栄です」

「そちらの彼女も、すまない。私にはまだ知り合いが少なくてね。つい話しかけてしまったんだ」


 王女殿下の言葉に、セレナが滅相もないと手を振りとろけるように笑う。と、セレナを真っ直ぐ見ていた王女殿下は、少し目を伏せ微かに微笑んでみせた。

 ――あら。

 私は王女殿下の欲するところが見え、何食わぬ顔でセレナを紹介する。


「……殿下、是非ご紹介させてください。セレナ・ホーククレスト様です」

「ああ、君がヴァンドール……失礼。ホーククレスト夫人か。私は、ダイアナ・キールだ。よろしく」

「セレナです。お会いできて大変光栄です」


 セレナが軽く膝を曲げる。その動作が終わるや否や、王女殿下の隣にジョナサンが割って入ってくきた。殿下の自由に出来るお時間は限られているとのことだ。慌ただしくてすまないと謝りながら、王女殿下は颯爽と歩き去った。

 その後ろ姿を見送りながら、セレナが照れたように笑った。


「直接お話しすると、ディルがああも興奮してたの、分かった気がする……」

「貴女、鳥系のキャラクターが好きって言ってたものね。先生にはライバル出現ね」


 今夜、夕食の席ででも、きっとセレナは先生に王女殿下と会った話をするでしょう。先生の慌てふためく姿が目に浮かぶわ。先生、嫉妬深いんですもの。

 くすりと笑った私に、セレナは頬を膨らませた。


「それなら、ディルだって」

「まさか。分かるでしょ? 推しと恋愛感情は違うわよ。それに、あの方は――」

「私には分かるけどね。だって、王女殿下が来た時のディルの尻尾ったら。アンテナみたいにピーンってなってたよ。話しかけられたらビビビって。本当に、ネコなんだね。あんなディル、初めて見ちゃった」


 セレナはいたずらっぽく笑った。


「でも、イーサンに分からないように、ルドルフさんにも多分分からないと思うよ。ちゃんと言わないと、ね」

「まさか」


 私はそう言うが、預言者のようなセレナの眼差しに、それ以上の言葉が続けられなかった。

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