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第55話 尻尾・1

 尻尾の出るドレスを用意してちょうだい。

 そんな私の突然の指示は、家政婦長を始めた侍女たち、ひいてはお父様お母様、みんなからことのほか喜ばれた。一昼夜ではどうせ用意できないだろうというのは承知の上でのわがままを言ったつもりだったが、翌朝にはドレスが何枚も用意されていた。見覚えのあるものがあったが、ないものもあった。後者はお母様の若い頃のものを仕立て直したのか、それとも今までもこっそり準備されていたのか。

 まあ、普通のご令嬢は尻尾を出すものだもの。ついに鼻だけでなく服装まで、ディライアお嬢様が()()()になった、と言うことなのかしらね。でも、確かに普段の生活や学園に行く時は尻尾を隠したものを着ていたけれど。舞踏会や王宮でのお茶会、殿下のパートナーをする公式の場では普通のドレスを着てたわけで。ほとんどなかったかもしれないけど、ゼロじゃない。

 だから、ルドルフだって珍しいねとは驚いたものの、翌日以降は慣れてしまい、それ以上は言って来なかった。

 今だって同じ馬車に乗って隣へ座っているが、ルドルフが注意を払って見つめてくるのは、私の顔色だけだ。尻尾なんて見てはいない。理解が同じなことは嬉しいけれど、同時に、お前のために着てるというのにという面白くない気持ちもある。

 不機嫌な尻尾がぱしりと座席を叩き、初めてルドルフは私の尻尾の方を見た。ただ、その効果のほどは私の不機嫌さの伝達でしかなく、ルドルフは萎縮したようだった。


「別に。なんでもないわよ」

「そ、そう?」


 耳を下げたルドルフに慌ててフォローを入れるが、私の物言いのせいか効果は薄い。私は嫌になって、そっぽを向き、自分の黒髪をいじった。同じ色をした長い尻尾は、先端をねじねじとうねらせている。

 ああ、本当に私って可愛くない。別に、お前のことをとやかくなんて……思ってはいるけれど、それよりも安易に考えていた自分に対して怒っているだけ。セレナのアドバイスとはいえ、取り入れるには早計だったかしら。慣れないことはするものじゃないのね。

 犬は機嫌のいい時が分かりやすいのに、猫は犬ほど分かりやすくない。見えやすいのは不機嫌さばかりでがっかりする。がっかりしながら、先ほどしゅんとなったルドルフの様子を伺う。髪を絡めた指の向こうにルドルフを見ていると、ルドルフは急に挙動不審になった後、私を見て嬉しそうに笑った。


「…………?」


 私は目を瞬かせた。

 最近冷たい態度ばっかり取っている私が自分の方を見ているから、かしら? なら、ヴァイパーの言う通り、構って欲しいだけなのね。喜ばせられたのなら、良いけど。喜ぶにしたって、ささやかすぎるけど。私にだって喜ばせたいって感情がないわけじゃないのよ。でも、好き避けはやめられないし、私には簡単じゃない。

 その笑顔を見て、私は内心ため息をつく。ルドルフの頭を自分の膝に乗せて撫でていたなんて過去は、今となっては夢まぼろしのようだ。

 そうよ。以前ならともかく、今なら……もっと欲をだせばいいのに。というか、私がこれだけ意識するようになったのに、どうしてルドルフは何か変わったりしないのよ。私はこれだけ分かりやすく変になってるのに。どうでもいいことは気にする癖、何で気づかないの? それとも、気づいた上で楽しんでいるの?

 瞬時に猜疑心でいっぱいになるも、ルドルフがなんだか幸せそうに照れ笑いをしているのを見、私は気を取り直した。

 私じゃないんだから、そんな趣味の悪いことをするわけが無いわね……。じゃあやっぱり気づいてないのかしら。どうして? お前の一番欲しかったものじゃなくって? それとも、ルドルフにとってはその程度のものなのかしら? いいえ。なら、私にのしかかって『俺を選んで』なんて泣いたりしないわね。それに、もしもルドルフが気づいていたのなら、もっと調子に乗っているでしょうし。

 それにしても、何をそんなに嬉しがっているのやら。見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ。


「何よ?」

「……なんでもないよ」

 

 つっけどんになってしまった私の態度にも、ルドルフの嬉しそうな顔は崩れない。私はなんだか居た堪れなくなり、目を伏せた。

 そりゃそうよね。こんなことしてたら、気づくも気づかないもないわ。だから、好き避けなんて不毛なのよ。私にとっては特別で、相手だけにやってることだとしても。優しく出来ない限り、ただの嫌な女でしかないものね。

 馬車が止まり、私は目を開けた。


「お嬢、手を」

「……ありがとう」


 馬車から降りるのに手を貸してくれるルドルフに、顔を見てお礼も言えない。慣れとはいえ、差し出された手にちゃんとして手を重ねられるのが画期的と言っていいくらいだ。顔が赤くなったりしていないか、そんなことばかり心配している。

 私って本当、自分のことばかり。周りのことはほったからしで。だから気づくべきことにも気づけないのよ。

 反省して周囲を見渡すと、相変わらず、学園の中は警備が多い。いや、今日に限って言えば、いつもの倍はいる。

 日に日に増えていくし、殿下の結婚式までは、やっぱり何も起こりっこないわ。

 ふと女子生徒の一人がこちらをじっと見ているのに気が付く。私はその熱い視線に、ルドルフの方を振り返る。が、ルドルフはいつも通りぼんやりと私を見返してくるだけで、私は心底ほっとした。

 馬鹿ね。何を考えているの。こっちを見ていたからって、別にルドルフを見ていたとは限らないのに。嫉妬って、嫌ね。分かっているわ。ルドルフに限っては、誰かに惹かれることはないって。今までもルドルフが誰かに見初められたりアプローチを受けたことは度々あったけれど。私以外を認めたことなんて、この世界の例外中の例外、セレナくらいしかないもの。だってこうやって腐っていても、私はルドルフの『運命』ってやつだもの。本人だってそう言っているんだし……。

 自分でも悲しくなるような言葉を吐き出したネガティブな思考回路にうんざりする。こう言う時は、いつもルドルフに拒絶された瞬間がフラッシュバックする。

 ルドルフは言い訳を与えたくなかったって言うけど。もう言い訳なんかしないわよ。尻尾なんか出さなくても、きっと素直になれるわ。だから、また自分が私の運命だって言ってくれれば、それなら、きっと――


「――お嬢」


 飛躍した意識を引き戻すように、ルドルフが私の腕を掴み、足を止めさせた。一瞬、妄想がルドルフにも伝わってしまったのかという突拍子もない妄想が駆け抜ける。しかし、動揺したのも束の間。別の人物の姿を認め、やっと私は地に足がついた。


「サーペンタイン様」


 ああ、そういえば、尻尾を感情表現に使っている動物ばっかりじゃなかったわね。

 教室棟の前。私を待ち構えていたのだろう。人波がはけた瞬間を見計らったように、物陰からするりと出てきたオナガザルの廷臣。以前の私にとっての、悪役令嬢だという現実を常にぶつけてくる存在の一人だった獣人。

 ジョナサンはいつも通り、恭しく深々とお辞儀をした。


「授業が始まる前まで、しばらくお時間を頂けませんでしょうか? ……おや、学園で尻尾を出されているなんて、珍しいですね」


 物珍しそうに私を見るジョナサンの視線に被せるように、ルドルフが前に出る。ジョナサンはそれを冷ややかに見た。が、すぐに私を視線を戻す。


「一緒にお越しください。殿下が、ご紹介したい方がいらっしゃる、とのことです」


 紹介、と言われて、ピンとくる。色ボケしている私にも、流石に誰のことを言っているのか分かった。この警備の量。いつもなら私を逃さないように校門で待ち構えているジョナサンがこうやってこっそりと呼び出して会わせるような高位の相手。人通りがある場所で私を連れ去ったら、周囲を驚かしてしまう相手。

 そういえば、こうやって暗に仄めかすようなマナーや知能のテストばかりするから、殿下と婚約していた頃、私はこの『小姑』が苦手だったんだっけ。とはいえど、いくら何でも、殿下の現婚約者キールスの王女殿下には同じことは出来ないでしょうけど。

 断れない申し出に私が同意すると、結果が分かっていただろうに、ジョナサンは満足そうに頷いた。

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