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第54話 好き避け・2

「あれ? ディル、ルドルフさんは?」


 ランチの時間、顔を合わせた途端にセレナがルドルフの名前を挙げ、私は心底驚いてしまった。前に私が注意したからか、匂いがなんだとは言わなかった。それでも、側にいる前提で話されるのもちょっと心臓によくない、

 好き避けしているのを、指摘されたのかと思った。セレナはそういう勘の鋭いところがあるもの。きっとヒロインだったから。いえ、きっとよく人のことを見てるからね。その点、私の対人能力ときたら。悲しいほど、恋愛についてはからっきしだわ。


「……ほら、あの木のところよ」


 私たちが今いる中庭の東屋から離れた木陰にいるルドルフを指さす。流石に炎天下に立っていろとは言わないが、すぐ側に置いたら私が何をしてしまうか分からない。

 ルドルフはそちらを向いた私たちに気いてこちらに手を振ったようだ。が、セレナが元気に手を振り返した横で、私はまた知らんぷりをしてしまった。


「学園にも許可もらったんだから、側に居てもらっておいたほうがいいよ。だってディル、正式に相続人になるんでしょう? 危ないんじゃないの?」

「大丈夫よ。こんな状況で事件なんて起こりっこないわ」

「……まあ、確かにすごい警備だけどさ。王都の入り口の検問も強化されてて、私もハネムーンから帰ってきた時にあまりに時間がかかるから驚いたもの」


 私とどうにか一緒にいようとするルドルフを振り切れないまま学園に復帰すると、居なかったのは一月程だったのに、雰囲気が様変わりしていた。殿下の婚約の公示が出たことの影響か、警備が厳しくなっている。馬車で通り過ぎる王都には、両国の騎士団が展開していた。結婚を控えた殿下とキールス王女殿下の身柄はもちろんだが、何か問題を起こして、両国の心象を悪くしたくない故の厳戒態勢だろう。

 だから、学園内の警備はもう要らないと断ったのだが、ルドルフにはそれとこれとは別だと一蹴された。


「……そういえば、最近は匂いに酔ったりは無くなったの?」

「ええ、復学にあたってちゃんと馴致期間をとったもの」

「良かった」


 セレナがホッとした表情を見せる。その優しさを嬉しく思い、私も微笑む。その一方で、自分の不器用さを歯痒く思った。

 セレナには好き避けなんてしないのに。でも、まあ、当たり前よね。セレナのことは好きだけど、それは恋じゃなくって、お友達だから。ルドルフは素直になることは必要かと聞いてきたけど、どう考えても必要じゃない。お前に今同じことを尋ねたら、どう返事するのかしらね。

 ルドルフの方も見ずに、考える。私が頑なにルドルフの方を見ようとしないので、セレナは面白く思ったらしい。にこにこと笑い、私の顔を覗き込んできた。


「どうしたの? 何かあったの? この間ディルに相談されてから何週間か経ってるから、ついに……って思ってたら、なんだかディルは不機嫌だし」


 セレナは二週間で私みたいな拗らせ相手でもどうにか出来るのね。私はヒロインじゃないんだから、そんな少しの間で急接近することなんてないわよ。

 そう突っ込みたくなるが、あまりに自分が哀れなので、やめる。ただ、少しの抵抗を込めて皮肉を込めて笑う。


「別に。貴女が期待するようなことは何も無いわ。だから、次はどうするべきか思いあぐねてるだけ」


 私の言葉に、セレナが立ち上がり手を合わせて喜んだ。


「わあ、ディル、ついに認めたんだね!」

「ついに、って何よ。別に私は貴女の言う『素直』になんてなれてないし」

「でもディルは次に行きたいんでしょ?」


 セレナがとろけるように笑う。私の不用意な言葉は、セレナを余計に喜ばすだけだ。私はため息をついて、項垂れた。その私の頭を、セレナが甘やかすように抱きしめ、撫でてくる。耳がぞわぞわするような触り方に、その手を軽くはたいた。


「そんな耳を寝かせちゃって。この前も思ったけど、ディルって本物の猫みたいだね」


 セレナの言葉に、スカートの中に隠していた尻尾が不機嫌に揺れる。ぱしりと座っているベンチの脚を打ち、セレナの機嫌が余計に良くなった。別に喜ばせたかったわけじゃない。それでも、セレナの抱き締めてくる腕はよりきつくなった。


「……元々、半分くらいは本物のネコ科よ」

「ディルって何で尻尾を隠してるの? 尻尾が出るタイプの服、絶対に着ないよね。せっかくの猫耳に尻尾で可愛いんだから、出した方が良いのに」


 普通、尻尾のあるような型の獣人たちは、尻尾の付け根が見えないように設計された服を着ている。女性なら複数段のフリルスカートや特殊なクリノリンの下から尻尾を出している。男性なら長めの上着を着る。モーニングやフロックのようなコート着ていることも多い。

 私にとって尻尾は、自分の目にみえる獣の部分で、ネガティブな感情を露わにする困った部位だった。前世では猫の尻尾は可愛く思っていたが、それが自分につくと話は別になる。だから、私は尻尾の出ない服を着ている。お父様が持っていた商会を前身として今の商会を立ち上げた後、私がまず自分のために作らせたのが、尻尾を隠せるドレスだったくらいだ。


「感情が出るの、嫌なのよ。耳は隠せないから仕方ないけど」


 椅子の下、目の端で、自分の尻尾が不安気に揺れているのが見えて、自分も戸惑っているのを自覚する。自覚よりも表情よりも先に、耳や尻尾が動くのが昔から恥ずかしくて嫌だった。


「じゃあ、余計に出したほうがいいんじゃないの? もし、ディルがもっと素直になりたいって思うんだったらさ」


 セレナが不思議そうに、そう言う。

 確かに、ルドルフの尻尾は口ほどに物を言う。悲しければ下がり、嬉しい時や興奮している時には揺れるあの分かりやすさは、今私が一番欲しいもののような気がする。


「そう。それは、そうなのよね……」

「試してみたら?」


 踏ん切りがつかない私に、セレナは親指を立てて見せる。その左手の薬指には銀色の指輪が光っている。

 ……別にそこまでは望んでいないわ。でも、試してみるくらいなら、それで何かが少しでも改善すれば。やってみる価値はあるのかしら?

 尻尾が出るようになっているスカートが自分のワードローブにあったかどうかなんて定かではない。しかし、何かをしなければ、何も変わりはしない。私は藁に縋る気持ちで、セレナの指を見ていた。


「少なくとも、私は喜ぶよ!」


 そう言って、セレナは笑った。

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