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第45話 相談・2

「え、ええ。もちろん!」


 セレナは私の突然の質問に驚いたようだったが、とろけるような笑顔ではっきりと肯定した。


「先生いえイーサンのことは、初めて会った時から性格も見た目もすごく好きで。『おりおり』本編でキャラクターたちが『運命』について話す言葉を、心の底から理解できた時には感動したな。お互いのためにお互いが生まれた、作られた、って。そんな感覚になったこと、前の世界でもなかったから。だから、そんなイーサンと番になれて本当に嬉しかったよ」

「……そうなの」


 セレナの言葉を聞きながら、私はやっぱりルドルフとは『運命』じゃないなんて思えてきた。今まで長く一緒に居たが、私はそんなことを思ったことがない。匂いはそうだと告げているが、それだってまだ分からない。知っているのは、この屋敷にいる者たちやセレナの匂いだけ。サンプル不足の勘違いってこともありえる。

 私は幼い頃から『運命の番』同士であるお父様とお母様の様子を見てきている。両親の言動は自分とは結びつかなかなかった。だからそうじゃない、って今までも思っていたのよね。

 セレナは質問した私のために一生懸命いかに先生と結ばれて良かったかを話してくれているが、その感覚が自分のものと違いすぎて、だんだんルドルフが『運命』であるという前提条件への自信がなくなってきてしまった。

 そんな気持ちは顔に出ていたのだろう。セレナは膝に置いていた手に自分の手を重ねて笑いかけてきた。


「でも、これは私とイーサンの場合ってだけ。ディルの場合はまた違うと思うよ。色んな考えや感じ方があっていいはずだと思う。それにこの世界でも『「運命」が何よりも一番大事!』だって人だけじゃないし、実際そうじゃないし。そりゃあ恋愛ゲームという前提で恋愛面だけ切り取ったらそういう要素だけになるかもだけど、実際は生きてる人間だもん。恋愛にしたって、打算や妥協が大事だってよく言うでしょ? 恋愛よりも優先したいものがある人なら、『運命』よりもそっちを選ぶ人だっているんじゃないかな」

「確かに……そうかもしれないわね」


 そもそもゲーム世界であるという前提で感覚がおかしくなっているが、確かにこの世界で自分は生きているし、他の者たちもそうだ。セレナの登場で『運命』についても認識がずれているが、そんな簡単に巡り会えるものではない。だからこそ、皆がそれを特別視している一方、『運命』なんていなくても普通に人生を送っている。すでにパートナーが居て、『運命』とのことを我慢する人もいるだろう。おとぎ話のようなハッピーエンドだけじゃない。実際、セレナだってルートやエンドによっては絶望的な結末もある。

 ルドルフだって同意なく私のことを噛もうとしたし。とにかく、皆が同じ価値観を持っていないということは納得ね。

 打算や妥協についても、財産や立場を守るために婚姻を結ぶ貴族では特にそういった意識は強い。目の前の相手を見ずに両目を閉じて妄想の相手へ夢中になるような、恋に恋する状態でもない限り。

 ふと、殿下のことを思い出す。殿下はいずれ王になる王太子としての役割や『運命』に振り回されることの辛酸をよく理解していた。その上でセレナのことを求めたが、それは叶わなかった。今はそういった苦労を受け入れる覚悟をして、国の為に結婚しようとしている。殿下の恋愛的なモラトリアムは終わってしまった。殿下はきっとこれから『運命』を探したりはしないし、仮に遭ってしまったとしても全力で目を瞑るだろう。


「私も最後の方は色々と疲れちゃってたから。番になった時は嬉しかったけど、正直なところ、もう悩まなくて済むってどこかでほっとした部分もあったよ」


 セレナがあっけらかんとしてそう言う。ヒロインとは思えない発言に私は目をむいた。


「私だって人間だもの。生まれ持った体質や世界の設定は変わらないけど、私がヒロインなのは本編の間までなはずだもの。ゲームと違って、本編が終わっても人生は続く。ディルだって、色々なことが終わって、ほっとしたでしょう?」

「……そうね」

「『獣ノ檻、愛ノ檻』ってゲームは、確かにヤンデレキャラゲーで名前を売ってるところはあるけどね。ある意味、『運命の番』になることを目指すゲームなんだよ。だって、ヒロインはそういう体質ってだけで、本物の『運命』じゃないの。ストーリーを通してそれに気づく攻略対象も居るし、ヒロイン自身もその葛藤を抱える。でもそれを超えて結ばれるの。これは既プレイ勢じゃないと、ちょっと分かりにくいと思うけど……」


 そこまで一気に話したセレナは一度口を閉じた。私の質問から大きく外れてしまった話題を、どうにか軌道修正しようとセレナが考えているらしいと分かる。しばらくして、セレナが困ったように笑った。どうやら頭の中で話はまとまらなかったらしい。


「ちょっと話がずれちゃったけど。とにかく、私が言いたかったことは、皆それぞれ感じ方が違うってこと。そして、この世界は『運命の番』になるように目指せる世界だってこと。だから、なにごとも最初から、選択肢から外しちゃうのはもったいなんじゃない?」


 力強くそういうセレナの瞳には、星が浮かぶようにきらめいている。私はその瞳の輝きから目が離せなくなってしまった。

 悪役令嬢の役割の時、私は最初からそういうものだからと殿下との関係についてすべて諦めていた。だから見ようともしなかったし気づかなかった、もしそうじゃなかったらという可能性。そんな可能性があったことを、セレナたちの結婚式の殿下との会話で初めて知った。

 黙って聞いている私に、セレナは考えながら絞り出す言葉を続ける。


「ディルが本当に何を私に相談したかったのかは分からないけど、一度頭のテーブルの上から前提条件を全て落として、自分がどうしたいのか素直に考えてみるのがいいのかも。ディルっていつも先回りして、全部のことに備えようとしてる気がするから。それはディルが未プレイ勢で、安全に婚約解消できるようにする行動のため、自分の前提条件から仮説を立てるしかなかったからだろうけど」

「…………」

「心配性なんだ、執着している、って言ってたよね。前世の最期のせいだって。そんな頼もしいディルに助けられた私だけど、たぶん今のディルが悩んでいることって、『おりおり』には関係ないことなんだよ。ディルとルドルフさんだけのこと。それに、ディルにとってはディライアの運命としても、『運命の番』は抗うべき対象だったと思う。でもその抵抗にルドルフさんは関係ないよ」


 そこまで言うと、セレナは珍しく口をゆがめ、にまと笑った。


「ディルたちが最後は決めることだけど。はたから見てると、お似合いなんだ。ワンコ系従者とツンドラお嬢様。だから、私としてはなるようになってくれると、とっても嬉しいんだけどね」

「……ちょっと!」


 集中して真面目に聞いていた私は、セレナが私をからかい始めたのがショックで抗議の声を上げた。私の憤慨に、セレナは我慢できなくなったのか、大笑いする。


「あーあ、ディルが本当に悩んでいるのは分かっているんだけど、ごめんね。あまりにも真剣で、分かりやすくって、可愛くって」

「もう、何なの⁉ 真剣に聞いていた私が馬鹿みたいじゃない!」

「からかっているわけじゃないよ。言ったでしょ、好きなキャラだったって。ディルはディルで、蛇と豹の成分多めな高貴系ツンデレお姉様って感じで最高だよ。でも、ゲームのディライアは高飛車で傲慢で陰湿なんだけど、自分の感情にすごく素直なキャラだったんだ。同感は出来ないけど、共感は出来るタイプのライバルキャラだね」


 セレナが笑いながら、私の髪をなでた。


「だから、もっと素直になると、もっと可愛いくなると思う。でも、ディルが幸せなになるのが一番だから。後悔しない答えが出せると良いね」

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