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第44話 相談・1

 応接間に入ってきたセレナを見て、自然と自分が微笑んだのを自覚した。屋敷外の人間に面と向かって会うのは久しぶりだ。侍女が下がったのを見届け、私は手遊びにしていた扇を閉じた。


「結婚式の時は急に帰ってしまって、ごめんなさいね」

「ううん、こっちこそ。ごめんね。結婚式の準備でディルにたくさん助けてもらったのに。式でライオネルと何か話し込んでたみたいだったし、そもそも色々あったから疲れちゃったのかなとは思っていたよ。だからしばらくそっとしておこうって先生――イーサンと話してたの」

「…………」


 それはそうよね。夫婦になったんだもの関係性だって、呼び方だって変わるわよね。

 少し照れながらも先生のことを名前呼びになっているセレナに、私は心がほぐれるのを覚える。ここに至るまでにいろいろなことがあったことを思い出し、私は改めて内心祝福を送った。


「ディルからお詫びの手紙が来たけど、急に会えなくなっちゃったし。明後日からハネムーンに行くから、その前には会いたかったのに。でもディルにはルドルフさんもいるから……まさか何かが起こってるなんて思わなくって。ディルから、匂いが分かるようになった、相談したいことがあるなんて手紙が来たときは本当にびっくりしたよ」


 この後に相談したかった人物の名前がセレナの口から飛び出し、私は急に相槌をうてなくなってしまった。その狼狽はセレナも伝わってしまったらしく、途中から語勢がゆっくりになった。

 自室で反芻し続ける思考から抜け出すためにも、まずは自室の外へ頼ろうと藁にもすがる思いで手紙を出した。同性で既婚者、という両親の設定した安全圏に当てはまる友人。しかし、実際にセレナがルドルフの名前を出しただけで心乱れている自分がいる。いざ口を開きはしたが、私は何を言っていいのか分からなくなり、口をぱくぱくさせたものの、気づいたら指で口元を触っていた。

 ……なんて浅慮なの? 結婚したばかりのセレナの一番大事な時間をもらって来てもらったのに、私は何をどの角度で相談しようとしていたのかしら。セレナが手紙のことを口に出したのだから、何を相談したかったのかを話さなくてはならないのに。

 まず、呼びつけてもなお弱味を誰かへ晒すことに抵抗感がある。次に、自分でもどうしていいか分からない感情を言葉にすることが恥ずかしいという気持ち。しかも、それを相談するには皆が言ってた通りたぶんルドルフは私の『運命』だったらしいことを認めなくてはならない。事実の整理はすでに終わっているが、私がそれらを口に出せるほどの納得も宣言するほどの決断もしていない。むしろその一番自分で決めなくてはいけないところを決めかねてセレナに頼ったのだ。

 いつのまにかうつむいていた顔を上げる。立ったままのセレナと目が合い、私ははたと気が付く。私はあわてて立ち上がり、ソファを勧めた。


「ごめんなさい私ったら。かけてちょうだい」

「う、うん。でも、近づいても大丈夫?」


 距離を取って話しかけてくるセレナに、やっと私は令嬢としての普通の距離感とやらを思い出した。以前なら、セレナは顔を見合わせた途端にためらいなく駆け寄って来ただろう。匂いで酔ったことも手紙には書いたから、そのことを心配しているのかもしれない。

 気を使って距離感を測りかねているセレナの前に立ち、腕を広げて歓迎の意を示す。私もついにこの世界の()()になったものの、同じ転生者という境遇のセレナとの距離感を変えたいわけではない。


「大丈夫よ、近づいたくらいで気絶したりはしないはずだから」

「本当?」


 セレナがおずおずと私の腕の中に抱きついてきて驚く。が、あまりにもセレナらしい行動で、私はつい笑ってしまった。

 そういう意味で側に招いたつもりはなかったのだけれど。

 こんな直接的な触れ合いも久しぶりだなと思う。同時に、大丈夫だとは言ったが、セレナの甘い匂いに若干目がチカチカしている。それでもあの突き落とされるような不安感は湧かない。これはセレナが愛されるべきこの世界のヒロインだからなのか、それともきちんとした番が居ることでフェロモンが安定しているからなのか。先生と番う前のセレナの匂いを嗅いだことがない私には全く分からなかった。

 他人の匂いというものに慣れてきたのかしら。誰とでも『運命』になれるヒロインの匂いでも最悪の想定は超えて来なかった。やっぱり、ルドルフの匂いの方が――


「大丈夫?」


 黙ってしまった私の顔を覗き込みながらセレナは心配そうに眉を寄せた。


「……いいえ、貴女の匂いは何だったか思い出そうとしていただけよ。遊園地や映画館みたいな甘い匂いというか。たぶん、キャラメルポップコーンの匂いかしら」

「初めて言われたかも。みんな感じ方には個人差があるから」

「この世界にはないものだもの。知らない匂いを例えられないのかもしれないわね」


 とっさに言い訳したが、楽しい娯楽施設の香りという印象は間違いない。この世界にはない場所の匂いは、懐かしい前世を思い出させる。そういう意味でも、私のセレナへの心象に近かった。


「本当に匂いが分かるようになったんだね。ディルも匂いが前よりはっきりした気がするよ。シェリー酒の匂いだって本編のテキストにはあったけど、改めて嗅ぐと果物のシロップ漬けの方が近い気もするなあ」

「そうなの」


 セレナが私から体を離し、ソファにかける。私もそれにならって、横に座った。


「…………」

「それで、ディルは何の相談がしたかったの?」

「その……」


 口を開きかけて、自分があまりに自己中心的なことを吐露しようとしていると気が付き、私は困ってしまった。


「ルドルフさんのことかな?」


 口ごもった私に、セレナが優しげにそう聞いてくる。私はそれに小さく頷いた。しかしそれ以上の返答ができない。

 分かっていたことだけれど、私とセレナとでは全然立場が違う。セレナも先生との一歩を踏み出すのに不安がっていたが、それは一歩を踏み出した時に先生がセレナを否定するかもしれないと悩んでいたからだ。一方、ルドルフの好意はあからさまで、私はそれついて言葉や行動で何度も告げられている。私は一歩を踏み出す前に、踏み出さなくては手に入らないものがすでに手に入っている。

 だから、私には勇気を出すインセンティブがないのよね。

 今が一番安寧で快適なのだ。仮にその安心する状態から一歩を踏み出してルドルフを受け入れたら、いろいろなことが大きく変わってしまう。私は新しい感情や関係に折り合いをつけなくてはいけない。今の関係なら、私のコントロールが効く。しかし、対等になった時、つまりルドルフと新しい関係になった時、私が恋した時に、自分がどうなるのかが分からない。私は元々セレナように素直にはなれない、悪役令嬢になるような面倒くさい性格なのだ。不安しかない。

 セレナが私の顔を覗き込んでいるの気がつき、私はいじっていた黒髪を手放してセレナへ向き合った。せっかくセレナが来てくれているのに、一人でもできる自問自答をする必要はない。私は自分の身勝手な世迷言を話すのをやめ、受け入れる決断をした時についてをセレナへ尋ねることにした。


「ねえセレナ、先生と結ばれて、番になって、よかった?」

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