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第26話 先生

「こうして対面では初めまして、ですね。ディライア・サーペンタインと申します」

「イーサン・ホーククレストです。よろしくお願いいたします」


 挨拶を交わし、セレナの勧めで着席する。昨日の今日で私を呼びつけたセレナに驚きながら、正直セレナに頼まれなくてはこうやって話すことはなかっただろうなと思う。それにしては、セレナから色々と何をした何を話したという惚気を聞いている。話したことはないのに相手を知っているというのは変な気分だった。


「いやあ、ヴァンドールさんからお話を常々うかがっているので、なんだか不思議な心地がしますね」

「あら、私もちょうどそう思っていましたわ。セレナからホーククレスト先生のお話をお聞きしない日はありませんもの」


 セレナが恥ずかしそうに私を指で突いてきたが、それは無視する。

 なんだ、割りと素直な方じゃない。

 肩透かしを食らった気分だ。猛禽類特有の眼の鋭さなどの見た目の印象から、クール系だとばかり思っていた。セレナからの話だとのほほんとしている印象で、それは『運命』にだけ見せる姿だと思っていた。しかし、今日は普段着で白衣の効果がないせいか、実直で素朴な印象。つまりあの惚気のままというのが分かった。

 確かに白衣キャラはこういうおっとりタイプもいたわね。


「それで、あちらの方が?」


 部屋の隅に控えているルドルフの方を見て、先生が私に聞いてくる。セレナの招待状には、私のほかにルドルフの名前もあった。だから気まずくとも連れきてはいる。しかし、ここは侯爵家ではないので使用人として、だ。セレナから常々聞いている、という言葉があったが、この分ではろくな話を聞いていそうにない。


「私の従者のルドルフですわ」


 私はにっこりと笑って、話を切り替えた。


「セレナのために飛行の訓練もされているとか」

「……ええ、まあ。といっても、今は翼を伸ばして動かすくらいですが。まずは体を支えられるようにしたくて。使わないと筋肉も衰えますから」


 これ以上は駄犬に触れてくれるなという私の圧力に気押されつつも、先生はそう答えた。


「まあ、頼もしいわ。先生はお医者様で同じトリ型ですもの」

「そうなの。ディル、ほら見て。ここまで動くようになったんだよ」


 セレナが嬉しそうにその小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせて見せる。そういえば、セレナが翼を動かしているところは初めて見た気がする。

 かわいそうに。前世のトラウマで萎えきってしまっていたのね。それでも、その恐怖をこの先生のために克服しようとしているんだから、本当にいじらしい。


「今までは動かすこともほとんどしなかったから。おかげで最近は毎日背中が痛いんだよね」

「そうなの? マッサージでもしてあげましょうか?」

「いいの?」


 セレナの明るい声に混じるように先生の驚く声が混じる。ついでに駄犬も声を上げている。そちらを見ると、さっと目を逸らされる。

 こういう時のルドルフは、正しい。確かに、侯爵令嬢には相応しくない使用人みたいなことを言ってしまった。しかも私の方が立場は上。これが侯爵家の応接間なら許されたことだけど、今はあいにくそうでない。こういう時は、それとない理由をつけてさっさと撤回するに限る。


「……と思ったけど、医学の心得のない私が下手に触って余計に痛めるとよくないわよね」

「それもそっか。指圧とかって資格がいるんだっけ?」


 セレナが少し残念そうにそう言う。先生はほっとしたようだった。私は誤魔化すように、紅茶を口に含んだ。カップを戻し目を上げると、セレナと目があう。と、セレナは意味深な目配せをしてきた。

 ああ、離席するから確認しろってことね。でも私が確認なんかするまでもなく、セレナにべた惚れじゃない。よく考えれば、今の反応。きっと私があまりにセレナに自然に触れようとしたのでびっくりしたのね。

 さっきから話してはいるものの、その目線はセレナの方ばかりに向いている。そしてセレナと目が合えば、恥ずかしそうにお茶を飲んだり手を揉んだりしている。私はあまりのくだらなさにあくびが出そうになった。


「あ、いけない!」


 セレナが突然、立ち上がる。


「みなさん、ごめんなさい。私、ディルに渡すものがあったの。取ってくるね」


 セレナはそう言うと、颯爽と部屋を出ていってしまった。演技は大根だったけれど、その素早さには感銘を受けるものがある。

 他に理由づけがなかったのかしら。ほら、先生が困ってしまったじゃない。

 お互いにお茶を飲んだりお菓子を食べたりした後、戻ってこないセレナに諦めがついたのか、しばらくすると先生が話しかけてきた。


「仲が良ろしくて驚きました。首飾りもペアで、しかも貴女の商会で作らせたものとか」


 首飾り、と言うのがなんだか朴訥な男性らしさを感じて私は少し笑ってしまった。自分の胸元へ垂れた黒いシルクのリボンを触り、セレナの白いリボンを思い出す。


「ええ。これはセレナのデザインなのです。おそろいというのは少し気恥ずかしいけれど、お友達ですから」

「お恥ずかしながら男兄弟ばかりで育ったので、若い女性の文化というものにはとんと理解がなくて」


 申し訳ないと謝りながら先生は笑うが、その目はあまり笑っていない。それを見て、流石に私も察する。

 ちゃんと友達だと強調したのに。おっとりしてはいるけれど、結構嫉妬深い男ね。この世界の獣人はみんな嫉妬深いのがデフォルトなのかしら。


「本当に、信頼されているんですね……ヴァンドールさんが、飛べない理由について貴女だけには話したと」

「ええ」


 正確には、駄犬もその場にいたのだけれど。

 私が肯定すると、先生は肩を落とした。おそらく、セレナは先生には話していないらしい。しかし、それも納得できる。私だって、いくら好きな人だろうと前世の話をし始めたら信じてあげられる気がしない。


「仔細はお教えしかねますわ」

「ええ、彼女から話してくれるまで待つつもりですよ。ただ、どうしてヴァンドールさんがあんなに滑翔を怖がるのか。もしそれを分かれば、根本的な原因があるのなら、そこから治して差し上げたいので」

「……そうですわね」


 セレナは、飛べないから番ってくれないと言っていたが、多分違うんじゃないかしら。

 それはこのハクトウワシにとってはきっと些細なことでしかない。治療とすれば独占している時間は増えるだろうに、むしろ自分の手元から早く飛び立って欲しがっているように見える。

 これだけ分かりやすくセレナのことが好きなのに、変ね。

 考えを巡らせているうちに、流石に時間を空けすぎたのかセレナが戻って来た。そわそわしたセレナの表情を見て、私はここまでセレナに好意を抱かれている先生のことが面白くなくなってきた。席につくかつかないかのセレナの袖を引っ張る。

 

「えっ何なに?」


 体を絡めるように抱き止めてに耳打ちをする私に、セレナが何事かと笑う。すると、明らかに先生の挙動が怪しくなった。


「あの反応を見てみなさい。あれで貴女に惚れていないはずがないでしょう」

「ええ?」


 ちらり、と先生の方を盗み見たセレナの耳や頬がだんだんと赤くなる。


「……ありがとう、ディル!」


 セレナが喜びのハグで膝に飛び乗ってくる。と、先生がついに立ち上がった。こうなると正直、面白くてたまらない。

 番ってもないのに心配性だこと。

 ふとルドルフを見ると、寂しそうな表情でこっちを見ていた。目が合うと、また目を逸らされる。それを見て、私は内心当てつける。

 ふん、お前だって私のことを避けているじゃない。前世でもこの世界でも、セレナみたいな素直な子が結局勝つのよ。

 そこまで考えて、私は自分で自分の言葉に殴られた気分になった。

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