第25話 お願い
「ディル、なんか日々げっそりしていってない? 大丈夫?」
「……色々とあるのよ」
顔を見合わせたセレナが開口一番にそう言う。あの呼び出しとお針子の一件が週の頭。事後処理や何かで忙しなくて今週は大変だった。しかし、セレナに言うことではない。
特に何も言わない私をセレナはしばらく待っていたようだが、最後には対面に座っている私の耳を寄せさせて耳打ちしてきた。
「ねえ、ルドルフさんと何かあった?」
「……いいえ」
「嘘だよ。だって匂いがしないもん」
びっくりしてセレナの顔を見返す。セレナは私と同じ転生者なのに、以前から他の獣人と同じように平気で匂いのことを言ってくる。
前の世界の感覚があれば、あまりに獣じみているように感じているのに。これが未プレイ、既プレイの差なのかしら? それとも、みなが指摘する私の鼻のせいなのかしら?
それにしても、セレナであってもちょっとゾッとする台詞だ。私は不快感を伝えるべく睨み返した。セレナは私の表情を見て、すっと私から離れた。
「ちょっとセレナ。それはマナー違反よ」
「ごめんて」
「それに、私のことなんてどうでもいいじゃない」
親しき仲にもプライバシーは大切だ。それに、殿下に釘刺しされたこと、その従者に意味深な態度を取られたこと。自分の商会の労働者から針入りの装飾品が来たこと、その他もろもろ駄犬について。困っていることや悩んでいることは数え切れないけれど、セレナに話してどうなることではない。セレナにはこうして話をしているだけで癒されている私がいる。これ以上セレナへ寄りかかったら、下手すれば共倒れになる。
温かい紅茶で口を湿らせながら、伏せた目を上げるタイミングで部屋の隅をちらりと見る。ルドルフがこっちを見ているのを確認し、私は内心毒づく。
ほら、私が頼らないのはお前だけじゃなくってよ。全く、あの駄犬は。私の頭をあれだけ乱していったくせに、私を避けて、こちらから話しかければオドオド。良いご身分ね。
今週私の手が回らなかったのは、ルドルフが私に対して情緒不安定で私から逃げ回っていることも理由だ。目が合えばそらして気まずそうにしているくせ、尻尾は揺れている。追い回されることがなくなったのは嬉しいけれど、指示する先がすぐ側にいないと何事も一手間がかかる。
ルドルフは私がひとりでも何でも出来るって言ってたけど、それは本当だわ。でも、全然思う通りのスピードでは進まない。なんだか、すごくイライラするわ。
「……もう、ディルっていつもそうだよね。誰にも頼らないっていうかさ。このセレナさんにどーんと話してみなよ」
セレナが突然立ち上がって、手を広げて見せた。私はその姿をしらけた思いで見つめる。
「セレナ。貴女、そんな風に私に構っている余裕なんてあるの? 木曜日の話は聞いているわよ」
「うっ、それは……」
私の言葉に、セレナの元気はしゅるしゅると縮み、大人しく椅子に戻った。
「セレナ様、木曜日の話とは?」
部屋の隅から、ルドルフがセレナへ尋ねてくる。
そういえば、ルドルフには情報共有していなかった気がする。提供元は、学園の生徒らしき者からの手紙で、ヴァイパーが届けに来た。側にいないと、こういうコミュニケーション不足が出るから面倒なのよね。
セレナはルドルフの方を見て、眉毛を下げながら笑った。
「ライオネルにこの間、他に好きな人がいるんだってはっきり言ったんですけど、激怒されちゃって」
「それはセレナ様のお相手の方はご存知なんですか?」
「え、えっと、まだです。でも、先生は別に恋人とかではないし。でも言っておいた方がいいですか?」
ルドルフがどう反応したのかは私には見えなかったが、セレナは膝の上の手をぎゅっと握った。
まったく。あのハクトウワシは何を考えているのかしら。セレナは普段王立病院の方にいて、学園にはほとんどいない設定だったなんて言っていたけれど。最近、何度か見かけたりするもの。早く番ってしまえばいいのに。
早く番ってしまえ。殿下の言葉を思い出した私は閉口した。気持ちを切り替えて、さっさと本題へ入ることにする。私は目の前のセレナに、小箱を差し出す。
「気休めにしかならないでしょうけど。今日はこれを渡したかったの。あなたのコルセットよ」
「わあ、ありがとう!」
「それを作るのには、本当に苦労したわ……大切にしてちょうだい」
「もちろんするよ! ディルとおそろいだしね」
セレナが弾けんばかりの笑顔で笑う。おそろいという言葉。第一号のお客様であり発案者でもあるセレナに見せる前だから、と今日会うタイミングでネックコルセットを着けていなかったのが悔やまれるくらいだ。
「着けるの、手伝うわ。一旦、髪も上げるわね」
素直に喜ぶセレナの首へコルセットを着けるのを手伝う。ハニーブロンドの髪をまとめてポニーテルにしていると、ルドルフが姿見を持ってきて、セレナの前に置いた。手持ち無沙汰なのか、セレナは少しの間そわそわとしていたが、やがて口を開いた。
「ディルって本当に、用意周到だよね。作るのが大変だったって言ってたけど、それでも短期間で作っちゃう商会とか、それに領地でも改革をしているとか。ひとに聞くと、いい話ばっかりだよ。未プレイだったんでしょ? どうしてそんなに準備をしていたの?」
「未プレイだったからよ。私は――心配性なの」
あまりにセレナが真っ直ぐに聞いてくるので、言うべきか迷うが、先日の夜に馬車の中でしたルドルフとの会話を思い出し、やめた。セレナにさえ、誰にも頼らないだなんて言われると思っていなかった。胸がチクチクする。
どうせ、私は素直になれないような女よ。なんでみんな今更私のことなんて聞いてくるの? だって、今までひとりでずっと抱えてきたんだもの。いいえ、確かにルドルフには少し話していた。私の右腕。それにセレナ。誰とも共有できなかった『異世界転生』という共通点を持つ唯一の理解者。でも、そのふたりでさえ、私が頼らないことを責めてくる。私はどうしたらいいの? だって最期の瞬間になれば、みんな助けてくれないじゃない。そうじゃなきゃ前世でだって――
「……出来たわ。最後に前を結んでちょうだい」
「ありがとう。私、答えにくいことを聞いちゃったみたいだね。ごめん」
白いコルセットを着けたセレナが申し訳なさそうに鏡の中で笑った。コルセットと首の間を指で調節した後、セレナがこちらへ振り返る。
「お詫びに、私も今まで話しにくかった話を自分語りしようかな。聞いてくれる?」
「もちろんよ」
そう答えると、セレナは急に暗い表情になった。その見たことのない表情に気圧され、促されるままにセレナの横に腰を下ろす。
「私ね。前世の最期は航空機事故だったの。大学の初めての夏休みで、初めて遠くに旅行へ行くことにして。と言っても、大学生のお金だから大した旅行じゃないんだけど。で、途中の移動がセスナみたいな小さな機体で、多分バードストライクか何かで墜落して。で、打ちどころが悪かったのか、気づいたらこの世界でディルが目の前に居た。あの落ちる感覚やパニックになった乗客、泣き声。今でもゾッとするよ」
「…………」
「記憶を取り戻す前も、どこかでその感覚を覚えてたんだろうね。子どもの頃から飛ぼうとしなかった。だから背中の筋肉も発達してないし、翼だって小さい。先生には一目で看破されちゃった」
セレナが遠い目をして、話す。いつもは星が浮かぶようにキラキラと輝く瞳に今は光も差さない。私はその目を見て、何も言えなくなってしまった。
「ごめん、ディルに気を使わせたいから話したんじゃないんだ。本当に話したかったのは、この先の話」
「…………」
「先生が私と今すぐ番になってくれないのはね、多分私が飛べないからってものもあるんだと思うんだ。ほら、ハクトウワシって、相手を選ぶときに空を飛んで決めるんだよね。きっとそういう切ってもきれない本能的なものがあるんじゃないかな」
「でもそんなこと……だって貴女達は『運命の番』なんでしょう?」
乾いた口で言葉を絞り出す。しかし、私には気の利いたことなんて言うことが出来なかった。セレナが珍しく自嘲気味に笑う。
「分かんない。私だって不安なんだよ。私はそう思っているけど。この世界では私は『ヒロイン』で、誰とでも『運命』になれちゃう設定なんだもの。それでも、もし先生に断られたらって思ったら……」
そこで、セレナは押し黙ってしまう。私は困り果て、ルドルフに視線を送った。しかし、ルドルフはルドルフで何か考えていることがあったらしく、下を向いていた。
そうこうするうちにセレナが顔をこちらに向ける。
「そう言えば、私って、ディルに先生をちゃんと面と向かって紹介していなかったね。今度、うちに来ない? それで、できれば……先生がちゃんと私を好きかどうか、確認してほしいの。お願いできる、よね?」
「え、ええ。もちろん。いいわよ」
妙に取り繕ったように明るいセレナに圧倒され、私は首を縦に振るしかなかった。




