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幕間 飼い犬

「ルドルフ、お前また――そこにお座りなさい!」


 窓の外に光る金色の瞳があるのは、途中で気がついていた。先生が部屋を出て行った瞬間、私は大声を出す。窓を開けると、ルドルフはぴょこんとその場に正座して待っていた。

 えへへ、とルドルフが尻尾をぶんぶんと振りながらふくふくした頬で笑う。


「えへへ、じゃないのよ。お前、頼まれていた仕事はどうしたの?」

「お嬢のところへ来たくて、すぐに終わらせたんだ」

「……そのお嬢という呼び方はどうにか出来ないのかしら?」


 窓枠で頬杖をつきながら、私はため息をついた。

 懐かれた、なんてもんじゃないわ。

 拾ってから数年が経ち、ルドルフは文字通り『どこへ行くにも何をするにも』私についてくるようになった。私が足音で相手を聞き分けることが出来ると知ってからは、足音を消すようになったから余計にたちが悪い。ルドルフも私の従者とは言え、使用人の立場だ。それなのに、少しでも手があけば匂いで私の居場所を突き止め、気づけば影のように側にいる。

 幼いから許されているけれど、ほとんど家庭内ストーカーの域だ。それでも仕事はちゃんとこなすので、他の使用人たちからは彼らの子どもたちや他の若い使用人たちに混じって可愛がられている。


「先生、また同じ話してたね」


 そして、私と同じことをし、同じものを見ようとする。動機は兄や姉を真似る下のきょうだいみたいなものだけれど、そうこうするうちにルドルフがある程度の教育を受けた状態となってきている。

 門前の小僧習わぬ経を読む、といったところね。私の従者だから、それくらいのことは出来ても良いのだけれど。期待よりも出来過ぎなくらいにこなすのよね。

 この短期間でルドルフは孤児だったとは思えないような姿に成長しつつある。元々顔は整っていたし、文字が読み書き出来るくらいの素地はあった。私の前でする言葉遣いだけは決して直らないが、黙っていればどこかの貴族の子息とも見間違う瞬間がある。


「午後の授業は何なの?」

「剣術よ」


 そう私が答えた途端、ルドルフが低く唸った。


「剣術とか体術は嫌だよ。だって先生がお嬢にべたべたするじゃん」

「姿勢や型を直してもらっているだけよ」

「なら、俺が習うよ。身を護るためにやってるんでしょ? なら俺が習って、お嬢を守ってあげる。だからこれから毎日午後は一緒に居てよ」


 ルドルフが私のいる窓枠に飛び乗ってくる。私はその行儀の悪さを注意しつつ、申し出は丁重にお断りした。ルドルフは私に対して執着しているらしく、何かとあれば私と一緒に居たがる。しかし、私はこの世界で安寧を掴むために子どものうちにやっておきたいことはたくさんあるのだ。ルドルフに構っている時間はない。どうせ私の将来は悪役令嬢なのだ。

 自分の黒髪をいじりながら、私は窓枠にもたれかかった。

 勉強のスピードを上げてみたら、貴族の子女が学ぶべきような範囲はすぐに終わってしまった。だから以前の家庭教師は外し、お父様に頼み込んで騎士の方と老博士の先生を呼びつけて授業を受けるようになった。私の願いを叶えたことで両親の親バカぶりが世間には響き渡り、女だてらに勉学や剣術などを熱心にやりたがる変わり者の令嬢だとひとびとの口に上った。

 私にすれば、あなたたちは何も知らなくて良いわよね、と言ったところでしかない。

 ルドルフが手すさびに勝手に私と手を繋ぎながら、純粋な疑問として聞いてくる。


「どうしてお嬢はそんなに一所懸命なの? 怖いものなんて何もなさそうなのに」

「お前、このことに関してはすぐ記憶がなくなるのね。前も言ったでしょう。私は何事も事前に備えておきたいのよ」

「よく分からないけど、お嬢ってびっくりするくらい心配性だよね」


 そんな噂、半年もすればみなが忘れたけれど。それでもルドルフは忘れない。過ぎたことを習っていると知ってからというもの、こうやって繰り返し勉強や武術を習うのを辞めるように言ってくる。それは勉強に時間を取られるのが嫌なだけだとは分かっているが、何度も言われると流石にげんなりしてくる。ため息を何度もつく私とは対照的に、ルドルフは明るく笑った。


「でもみんな言ってるよ。お嬢って『すごい変わってる』んだってね。昔からそうだったけど、大熱を出してからは特に、って。俺を拾ったり、大人を言いくるめたり、普通のご令嬢はしないような勉強や運動をやりたがったり、変なことをいっぱい知ってたり。旦那様も奥様も放任してどう成長するのか見てるくらいだって」

「誰がそんなことを! みんな? ……いいえ、そうじゃないの。誰かは具体的に言わなくて良いわ」


 名前をあげ始めてしまったルドルフの口を塞ぎ、私は認識をアップデートする。

 噂は忘れられたんじゃなくて、噂するまでもない共通認識になっただけだわ。

 その誰かについてはルドルフから詳しくは聞かないが、そんなことを吹き込んだ相手について頭を巡らす。私とは違う本物の子どもだと思って油断して話してしまうらしい。しかし、ルドルフを拾ったことを変わっていることだとルドルフに直接言った者はマークしておきたい。ただ、最後に関してはお父様とお母様本人たちが本当に言った言葉なような気もする。目の端で、自分の尻尾が不機嫌に揺れているのが見えて、自分が苛立っているのを自覚した。

 本当に獣人というのは、不便ね。自覚よりも表情よりも先に、耳や尻尾が動くんだから。次からは尻尾が隠れるようなデザインの服を作ってもらえないかしら。お父様が商会を持っていたはずだけど、そこでどうにか出来ないのかしら。でも、そんな服も変な令嬢扱いになるのかしら?

 ふとルドルフへ意識を戻すと、何が楽しいのか考え込んでいる私を見つめて嬉しそうにしている。私はもう一度ため息をついた。


「そんなに変?」

「わかんないけど、お嬢ならいいと思う」

「そこは私がいいと思うなら、でしょ。そんなことはいいから、ルドルフ。私があまりに変なことをしていたら、ちゃんと教えなさい。主人の恥はお前の恥よ。いいわね?」

「分かった」


 本当に分かっているのか、ルドルフの表情からは何も読めない。ルドルフは私の両手を握って輪を作り、左右に揺らしている。能天気な飼い犬と話していると、私の努力が馬鹿らしくなる。


「……私が努力するのは、私がきっと悪役令嬢だからよ」


 思わず口を滑らせた言葉をルドルフは聞き逃さなかったらしい。すかさず、ルドルフのなぜなぜ攻撃が始まる。私はルドルフがさっきから勝手に握っていた手を解き、その勢いを押し返す。


「あーもう、うるさいわね。説明しづらいのよ。そもそも、私が変なこと――そうね、別の世界から来たなんて言ったらお前は信じるの?」

「もちろん。だってお嬢が言うんだもの」


 ルドルフが金色の瞳をきらきらさせながら、窓枠を飛び越えて私に抱きついてくる。私はその勢いで床に押し倒されながら、あまりの能天気さに呆然としてしまった。やっと我に返り、自分を納得させる。

 ま、まあ、いいでしょう。ルドルフは私の命令を第一に従う私の、私だけの従者なのだから。そもそも、絶対に私を裏切らない右腕的存在が欲しかった。そのためにルドルフを拾ったんだから。

 起き上がった私にいまだじゃれてきているルドルフの頭を軽く叩き、私はルドルフに手を差し出した。


「よろしい。じゃあ、今日からお前を私の右腕とすることにするわ」

「うん!」


 意味もわからないだろうに、私の手を握りながら、嬉しそうにルドルフが笑った。

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