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第22話 針・2

 アスピスが調べたところによると、検針と検品は同一人物が行なっていたようだった。検査のシートを手元で見て、がっかりする。

 全然基本動作がなってないじゃない。ヴァイパーの言う通り、私が顔を出してなかったからかしら。あら、でもその前まではちゃんと別の担当者が検査していたようね。

 セレナの方は、ハリネズミのテーラーの名前と他のお針子の名前が書いてある。

 と言うことは、残念だけど、あの針は故意の可能性がかなり高いってことなのね。さて、どうしたものやら。

 項垂れている私にテーラーが寄り添ってくれる。ルドルフは名前を見てすぐにどの子だったのか分かったらしい。すぐに立ち上がり、事務室から出て行ってしまった。


「お嬢様! 申し訳ございません! まさか私の持ち場で……私の責任です……」


 テーラーの謝罪の言葉は後ろになるにつれ、涙声になり、ついにはぽろぽろと泣き出してしまった。これでは、どちらが慰められるべきか分からない。

 ルドルフがああやって怒って、テーラーがこう言うのだから、きっと故意で、その予兆があったってことね。

 針仕事が好きで好きでたまらず、あらゆる服飾品に狂気じみた愛を注ぐような彼女は、仕事に強い誇りを持っている。きっと愛するものが汚されたという悔しさもあるのだろう。私は持っていたハンカチでその頬を拭ってやる。

 彼女が昔刺した刺繍の入ったハンカチ。テーラーは恐れ多いと断るが、そのうちに刺繍の中に涙で真っ赤になった目を埋めた。


「いかが致しましょうか?」


 テーラーが静かになったのを見届け、今まで黙っていたアスピスが口を開く。アスピスがこういうことを言う時は、事務処理上どうするべきかを聞いてきている。

 確かに、わざと、しかも私を狙って刺繍針を入れられたらしいのには驚いたけれど。相手は平民の年若い娘でしかない。報復方法は好みがあれど、大袈裟なものを与えたところでリターンもリカバリーもない。

 それにしても、刺繍針とは! カミソリレター、上履きやシューズに画鋲、おはぎに砂利。古い少女漫画でも見たことがあるような、昔ながらのやり口。逆に感心するわね。


「本当に故意だったかなんて、その子にしか分からないことだわ。今回は事故だったとして、見せしめになる程度の罰金をつけるだけで良しとしましょう。数字を見れば、自分が一体何をしたか分かるわ」

「承知いたしました」


 アスピスはすでにお給金を調べてあったらしく、何ヶ月か無給とした場合の額を書きつけて見せてくる。セレナのネックコルセットのためにかけた費用にも届かないが、そのお針子には十分すぎる大金だ。ここは非情になるしかない。

 ハンカチから顔を上げたテーラーがその紙上の金額を見、怒った声をあげる。


「いいえ! 無給ではなく罰金とし、解雇してください! 少なくとも、私はもう彼女とは働きたくありません! せっかくいい腕をしていたのに……ひどい裏切りです!」


 正直、被服の工房はテーラーがいないと成り立たない。その彼女が働くのを拒否したとなると、お針子としてこの商会においておくのは難しい。この様子だとテーラーは紹介状なんか書きそうにないし、若い身空で借金を持って転職も難しいとなると路頭に迷うこととなるのは必須。

 そうなると、恨みを買うでしょう? 悪役令嬢という身では、いつか刺されそうよね。あとでルドルフ――は絶対に無理そうだから、ルドルフを通さない伝手でどうにかしておかないと。アスピスもヴァイパーも無理でしょうし……第三者を雇うしかない。となると、今回は完全にマイナス収支ね。


「はあ……ヴァイパーにしてやられたわ。こんなことなら、顔出しなんてやめておけばよかった」

「いいえ、お嬢様。それは違います。ここはお嬢様の商会です。あと二年で戻られるでしょう。遅かれ早かれ、ですよ」


 ため息をつく私の言葉を、アスピスは穏やかに否定する。


「それよりお嬢様、よろしいのですか?」

「何が?」


 アスピスがドアを指差し、困った顔で笑う。しかし、私にはその表情の意味が分からない。


「ルドルフさんです。相手を殺しかねないくらい怒ってらっしゃいましたけど」

「殺……まさか。こんな時まで、たちの悪い冗談はやめてちょうだい」

「そうでしょうか? お嬢様が行かれないのであれば、私が参りますが」


 では、とアスピスが頭を下げ、部屋から出て行こうとする。

 まさか。いくら駄犬でもそれくらいの思慮は。そう思うが、確かに馬車の中では気が狂わんばかりに怒っていたし、アスピスがそうまで言うなら、私も行くしかないじゃない。そんな状態なら、アスピスだって危ないでしょう? 惚れた腫れたで刃傷沙汰が私の商会で起こるなんて、耐えられない屈辱だわ。

 そして両腕のふたりと商会の利益、ここでの人脈をもがれたら、セレナはおろか自分の身でさえ守れなくなる。


「待ちなさい、アスピス。私も行くわ。それで、あの駄犬はいったいどこへ行ったの?」

「嫌な感じのする方へ行けばいいんですよ。お嬢様には少し難しいかもしれませんが」

「どうせ貴方たちに比べたら私は鼻が馬鹿よ。いいから先導なさい」


 アスピスはもう駄犬がどこに行ったのか分かっているらしく、迷いなく急ぎ足で歩く。私はその背を追いかけていくしかない。程なくするとその足は止まり、窓の近くでしゃがみ込んだ。

 音が鳴らないようにアスピスはそっと窓の鍵を外し、ガラス戸を少しだけ開ける。


「よかった。かなり怒ってはいるけど、思ったよりは冷静みたいですね」


 こちらへ振り向きながらそう言うアスピスに倣い、私も窓辺に近寄る。

 耳を澄ますと、中庭から女性の泣き声が聞こえてきた。

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