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第21話 針・1

「お嬢! 遅かったね! 迎えにきたよ!」


 迎えに来た侯爵家の馬車へ近づくと、駄犬がキャビンから飛び出てきた。先ほどまで殿下やジョナサンといった面倒な相手ばかりを相手にしていたので、嬉しそうに尻尾を振っている姿を見ると脱力する。が、すぐそばまで寄ると、ルドルフは耳を垂らして唸った。


「……なんか、王子とかあいつの匂いがする」


 私の周りをうろうろしながら、機嫌の悪い声でそう言う。ルドルフは殿下もそれに連なるジョナサンも好きではない。特にジョナサンについては小姑状態だった頃に私がよく愚痴を溢していたせいか、下手すれば殿下よりも毛嫌いしている節もある。


「ちょっとね。呼び出されてたのよ」

「王子は匂いが強いから、会っただけでもすぐ分かる。だから余計に嫌なんだ」


 あのふたりのせいで精神的に疲れたので、駄犬の機嫌なんてどうでもいい。そう思っているのが伝わったのか、ルドルフはすぐに嗅ぎ回るのを止め、私が乗車するために手を差し出してくる。


「早く乗って。今日はいいものがあるから、そのために迎えにまで来たんだ」

「あら、何かしら?」


 ついに自分で切り替えが出来るようになったのかと思ったけれど。何かを見て欲しいからなのね。

 ルドルフがせっつくままキャビンに入り座席へ腰を落とす。すると馬車が動き出すかの前に、ルドルフが商会の紋章の入った小箱を見せてきた。


「ネックコルセットね?」

「うん、今日アスピスから連絡が来て取りに行ってたんだ」

「よくやったわ。ちょうどスケジュールを早めようと思っていたとこだった――殿下とは何も無いわ。セレナのためよ」


 話している途中で、ルドルフの耳がぴくりと動いたので、ちゃんと訂正をしておく。そんなことよりも早く完成品を見たい。ようやく疑い深い目をした駄犬から小箱を受け取り、開く。と、2つのネックコルセットが入っていた。


「白はセレナで、黒は私のものかしら? 私のは試作品とはだいぶ違うのね」


 前回ルドルフに噛みつかせた試作品は装飾のないオフホワイトだったが、黒色になっている。セレナと色違いで対になるような意匠だ。

 セレナのものが甘いロリータなら、私のは正当なゴシックと言った感じかしら。


「あれは、俺が噛み付いたり、お嬢が俺やヴァイパーに無理やりつけさせようとしたりでぼろぼろになってたからね。ボーンの位置も調節するしで張り替えたんだ。それに、セレナ様がお嬢用にデザインを追加して送ってきて……」


 服飾道楽のテーラーが短期間でやり遂げてしまったと。そう言うことね。やっぱりセレナを連れて行ったのが正解だったわ。

 セレナのデザインだと知り、納得する。セレナのイメージする『悪役令嬢ディライア・サーペンタイン』というのはこういう感じなのだ。黒髪と蛇の金目、高貴なゴシックさ。それが黒い薔薇の刺繍が入ったレースと金色のバスク、黒い真珠から見て取れる。

 セレナの理想とするキャラクターとは私はかけ離れている気もするけれど、まあありがたく受け取りましょう。


「早速着けてみる?」

「そうね。手伝ってちょうだい」


 ルドルフがすぐに調節紐を解き始める。すぐに、その手が止まった。


「どうしたの?」

「なんか、ね」


 ルドルフが見ているその指先に、小さな赤い玉が乗っている。血だ。


「……」


 ルドルフが紐をすべて抜き取り、ボーンをぐねぐねと歪ませながら端から漏れのないようにビロードの内布を探る。うなじに当たる面でその手が止まる。少しの格闘の後、ルドルフが何かを抜き取る。その指の間には長い刺繍針が挟まっていた。

 何も知らずに着けていたら、私は結構痛い思いをしたかもしれない。

 危なかったわね、と言う前にルドルフの顔を見てはっとする。


「お嬢、ごめん。商会に行っていい?」


 ルドルフがそう言う。その言い方には有無を言わせないものがあり、私は黙って頷く。ルドルフはすぐに御者に話しかけ、行き先を変えさせた。

 商会で作らせている服飾品については、出荷する前に検針と検品の作業をさせている。そこを調べさせれば、責任の所在は分かる。字が書けない者も多いので、特別なハンコを持たせて担当者が誰だったかが分かるようにしている。その担当者に処分なり処罰を与えれば良い。ただ、それはこの刺繍針が怠慢によって残っていた場合だ。

 このルドルフの反応。どう見ても、ルドルフは故意だと思っているようだ。


「検品係と検針係を確認させて、長期間の減給としておきなさい。まだ商会関係の私だったから良いものを」

「良くないよ!」


 珍しくルドルフが声を上げる。少しびっくりするが、そこまで興奮することではない。確かに針が出てきた時はゾッとしたが、もし着けたとしても死に至るようなものはなかった。私の目線でに我に帰ったらしいルドルフは、眉根をぎゅっと押さえながら深呼吸する。荒くなった息はそれで落ち着いたようだったが、ルドルフが激怒しているのは変わらない。

 言いたいことを噛み殺すように奥歯を噛みしめている、って感じね。まだ故意と決まったわけではないのだから、そこまで怒らなくても良いのに。


「だってそうじゃない。これが他のご令嬢へ行っていたら、商会が潰れてたわよ」

「……そうなんだけど。そういう問題じゃないよ」


 ルドルフが首を横に振り、それから黙り込んでしまう。黙ってはいるが、その不機嫌な者がかもしだす周囲への圧力はうるさい限りだ。御者用の小さな窓からこちらを覗き込んできた御者と目があって、肩をすくめて見せる。

 さっきの殿下も凄まじかったけれど、ルドルフもだいぶ近い線いってるわね。やっぱり、捕食者側の動物がモチーフの獣人の方が強い仕組みに間違いなさそうね。なら豹や蛇は捕食者側だけれど、私もセレナからはこういう風に見えるのかしら。そうだとしたら、ショックだわ。

 私は気まずさを紛らわせるために、途中で気づいたルドルフに取り上げられるまで、セレナのネックコルセットに針がないかを確認するしかなかった。

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