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第19話 不安

「サーペンタイン様」


 学園に着いた途端、見知ったオナガザルの獣人――ジョナサンが声をかけてきた。何故、と咄嗟に周りを見渡すがジョナサンの主人はいない。その事実にとりあえずほっとする。

 

「ご無沙汰しております」

「こちらこそ。お久しぶりですね。私にご用ですの?」


 深々としたお辞儀から姿勢を戻し、ジョナサンはにっこりと笑う。その首元のループタイには王太子の廷臣にのみ与えられる紋章が入っている。この男は幼い頃から殿下に側仕えする腹心の部下。この声がけが殿下関連だと言うのは間違いない。今は昔の話だが、婚約解消で呼び出された時もこのジョナサンが私を呼びにきた。

 殿下と婚約していた頃は、婚約者として相応しいかの格付けを折に触れてしてきた。それはもう、常に私に目を光らせて、品定めするようなことをネチネチと、事あるごとに。どちらかと言えば、婚約者の側近と言うよりも『小姑』とでも言った方が私の受けた印象に近い。

 そもそも、あまり得意な相手じゃないのよね。頭が良くて、感情をあまり出さない何を考えているのか分からないタイプというか。セレナが【トゥルーエンド】は殿下関連のモブキャラの隠し好感度を上げないと辿り着けないって言っていたけど。あれはジョナサンのことかしら。

 そういえば気にもしてなかったがジョナサンも人間に近い容姿で、殿下ほどではないが顔も整っている。ゲームに実際に登場する人物はだいたいケモ度の低いイケメン説。それに従えば、確実にモブではないだろう。


「王子がお話をしたいと。放課後、お時間を頂けませんでしょうか」

「あら、何かしら? まったく心当たりがないわね」


 ジョナサンには私の真っ当な質問が聞こえなかったらしい。にこにこと笑うだけだ。これ以上はジョナサンをつついても何も出てこない。

 それしても、このタイミング。ずるいわよ。

 学園に皆がやってくる時間。公衆の面前。元婚約者の従者に呼び止められる婚約解消された侯爵令嬢。他の生徒たちが遠巻きながら好奇心を隠さずにこちらを見ている。ジョナサンの、私の性格をよく分かったやり口。大変不服だが、この場を切り上げるためには受けざるを得ない。


「……承知いたしました。お待ちしておりますわ」

「はい、では放課後に」


 ジョナサンが念を押すように繰り返す。そしてまた深いお辞儀をして去っていた。その背を楚々と見送るが、私の内心は大荒れだ。

 一体全体、なんなの!

 思い当たる節を探して記憶を巡るが、一生懸命考えたところでこれだという決定打は出てこない。深呼吸をして、目の前のことに集中しようとする。が、すぐに放課後のことが気になってしまって、殿下のことへ思考が流れてしまう。

 他の生徒の好奇の目を掻い潜り、ポーカーフェイスで授業に参加するも、私の頭は混乱したままだ。

 前世に比べれば、授業内容なんかたかが知れている。普段は教科書を読むふりをして考え事をしたり、メモを取るふりをして商会のあれやこれやを考えたりしている大切な思索の時間だ。

 それなのにああ、時間がもったいない。

 セレナとハクトウワシの件がバレた? いや、ならなぜ私なの。確かにふたりを巡り合わせたの私だけれど。それは殿下も悪い。だってあのハクトウワシが保健室に来たのは、殿下が医者を呼びに行ったからじゃない。

 それとも、初対面でセレナを失神させたこと? でも婚約解消の時は特に言ってこなかったじゃない。殿下は私ほど執念深くない。もしかして、私がセレナを虐めているとでも? いや、まさか。セレナとの関係は良好で、今日だってランチの約束をしている。

 考えたくもないけれど、セレナが殿下を受け入れないから復縁の申し込みとか?

 正直、最後が一番困る。でも一番可能性は低い。だから大丈夫よ、ディライア・サーペンタイン。落ち着きなさい。

 私の思考がぐるぐる回っているのは、周りから見てもわかるらしい。お昼の時間、中庭の東屋で顔を合わした途端、セレナが心配そうな声をかけてきた。


「ディル、どうしたの? なんか疲れてない?」

「いいえ。いつも通りよ」

「そう?」


 ジョナサンからの呼び出しのことをセレナに言ったら、揉めそう。黙っている方が絶対にいいわよね。何があっても、私だけは冷静でいないと。

 気持ちを切り替え、まだ心配そうにこちらの顔を覗き込んでくるセレナを安心させるために別の話題を振る。


「……このランチは食堂かお弁当、っていうのが日本のゲームって感じよね」


 家政婦長が朝渡してきたカゴを開く。中には、フリットと野菜の挟まったバゲットが入っている。セレナも可愛らしい布のかかった手さげカゴを持ってきている。


「そうだね。普通に受け入れていたけど。でも逆にお肉はないけど、お魚は食べるみたいなの、前世を思うと変だよね」


 そう言ってセレナが自分のカゴから取り出したツナの入ったサンドイッチを見せてくる。


「そうね。ブタとかウシ型の獣人がいるから、動物系はダメなのよね。服飾も綿かシルクで、ウールや羽毛が超高級品ってのも不思議な感覚だわ。早く化繊が出てきてくれればいいんだけど」

「設定に細く指示されていないことって、こういう風に反映されちゃうんだね。でも日本ベースだから、桜が咲いたりするのはいいよね」


 セレナの言葉に、学園の桜並木を見る。もう葉桜になっているが、確かに前世で見た景色だ。

 セレナは前世では大学に入ったばかりだったと言っていたかしら。新しい年度の始まりの桜。これはきっと学生ならではの感覚。今まで忘れていたけれど、なんだか懐かしい。


「そうね……」


 さっきまでの不安がやっと静まってきた。思えば、去年の今頃の方が実際苦痛だった。学園の貴族を見張り、同級生のゴシップを探り、殿下の後をつけてヒロインを待ち続ける日々。こうして庭をゆっくり眺める時間もなかった気がする。

 結局、去年に関しては全部杞憂だったわけだけど。こういう状態になるとは思っていなかったもの。

 横にいるセレナを見る。セレナはその星浮かぶ瞳をキラキラと輝かせて空を見上げている。


「私ね、来年には絶対空からあの桜並木を見るんだ。今は羽ばたくための筋肉が足りないから難しいけど。今、先生に診てもらって、リハビリをしてるのよ」


 思いがけないタイミングで飛べない原理が分かる。確かに、他の有翼の獣人に比べて、その金色の翼は小さい。しかし同じトリ型で医学的知識のあるあのハクトウワシがいれば、きっとセレナの助けになってくれることだろう。


「……そうだったの。それは良いわね」


 セレナは、前向きだ。今の自分に必要なことや未来のことを考えている。

 私も去年とは違って、殿下とは婚約解消してるし、ヒロインとは良好。悪役令嬢ルートからは脱出している。殿下から復縁でも何でも、何を言われたって受けなければ良いだけ。

 セレナの明るさには、本当に救われる。まるで攻略されているみたい。

 私はそこまで考えて、自分の考えに思わず笑ってしまった。

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