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第15話 イベント

 あくる週。

 学園の廊下を歩いていると、周りの生徒たちが隅に寄り始めた。私もそれに倣い、前方から歩いてくるであろう人物を待った。

 すれ違い様に生徒たちは一礼し、その人が歩き去った後にすぐ元通り歩き出す。どんな貴族も使用人のようだが、国の王子相手なのだから仕方ない。赤銅色したライオンの瞳の前には、どんな獣人も逆らえない。

 私たちは名ばかりの婚約者であったので、婚約解消以前と何も変わらない。こういった場で出会したとしても、パーティ以外の人前で馴れ馴れしく声を掛け合うことなどしなかった。

 通り過ぎたのが分かると、私もさっさと歩き出す。すると、後ろの方から嫌に明るい殿下の声が響いた。


「セレナ!」


 周りの生徒がその声に振り向く。見なくても分かる。殿下がセレナを見つけて話しかけたのだ。ここで振り向いたりしてはいけないことはわかっている。殿下に振り返った生徒たちが、今度は私を見ている。

 何も、問題はない。殿下とはもう臣下の関係でしかない。殿下が話しかけているのは、殿下曰くの『運命の番』なのだ。その子には本当の『運命』がいて、そちらと結ばれたがっていると知っていても。殿下の恋愛事情には私は全く関係がなくなった。

 公示はすでに先週出ている。これで殿下と私が本当に婚約解消となったということがよく分かるだろう。幼い頃から婚約を結んでいた私を捨ててより下位の女性に走ったというのがここまではっきりと分かることはない。今、彼らは殿下がセレナを『運命』だと思っているなんて知りようがない。悪役令嬢の人生を突っ走っている状態なら、きっといい気味だとせせら笑われただろう。しかし私は悪役令嬢にはならないように努めてきた。だから今、そんな私に向けられているのは好奇の目と同情だ。

 彼ら彼女らには、殿下と私は今までどう映っていたのだろう? 自分のため、と積み上げてきた名声。きっと正妃候補として相応しくなろうと努力する女とでも思われていたのだろう。それが今、分かってしまった。誰も私の心なんて、私の前世なんて。これっぽっちも知らないのだから。

 周りの目には、殿下に好かれようとしたものの袖にされた女しか映っていない。


「…………」

 

 また何を思っているの、ディライア。想定してきたことでしょう。あなたが望んだことなのに。見栄っ張りも、ここまで来れば病気よ。

 周りがディライア・サーペンタインを見ている。ここから足早に逃げたら、本当に『心変わりにショックを受けたディライア』になってしまう。私は、平然と、ゆっくり、優雅に歩き去らなければならない。

 この先、私には楽しいことしかないのよ。それこそ、ルドルフの言うように、学園を辞めたっていいのだから。商会に領地経営もある。セレナのリクエストで作成を始めたネックコルセットも、今週末には試作品が出てくるように進めている。

 だから、自分が好きでもない男からフラれたからと言って、落ち込んではいけない。



 

「……ディル!」


 甘い声が聞こえ、振り返ると同時に腕にセレナの腕が巻きついてきた。

 いつの間にか人気のない回廊の方にまで歩いてきてしまっていた。周りに人がいないのに気がつき、無意識に周りの視線から逃げてきたのを自覚した私は自分を苦々しく思った。


「殿下は?」

「周りに威嚇するんだもん。逃げてきちゃった。それに、デザインの宿題を出していたのはディルでしょう?」


 さも当然とも言った調子でセレナが笑う。

 殿下が人目を憚らずそんなことをするなんて、どれだけセレナに夢中なのかと思うと、頭が痛い。セレナは殿下と番うつもりがないから余計に。


「それにさっきのアレ、多分ライオネルルート序盤の悪役令嬢イベントだったんだよね。時系列が前後してるけど、それなら途中キャンセルするしかなくない?」

「はぁ……貴女、はやくあのハクトウワシと番ってしまいなさい」

「……それが出来たら一番良いんだけどね」


 セレナは微妙な顔で笑った。

 何か事情があるのかしら。

 保険医は運命だと分かっているとセレナは言った。それに、ルドルフに調べさせたら、あのハクトウワシは王族の御典医の家系で伯爵家。先々代には王族の女性が降嫁している。それ以前にも何度か王族や公爵家と婚姻を結んでいる。身分や家柄は申し分ないはずだ。強いて言えば、立場上は生徒と臨時とはいえ学園勤めの医師であるし、少し歳も離れている。しかし、『運命の番』という関係の前では些細なことだ。


「それにしても、同じ学園でも学年が違うと全然会わないのね」

「そうね」

「ねぇ、もしディルが気にしないならお昼とか一緒に食べない?」

「いいわよ」


 ……ルドルフに私がセレナに甘いなどと文句を言われたが、確かにそうかもしれない。

 ふと、遠くにハクトウワシの獣人を視認する。白い頭と白衣という分かりやすいキャラデザで大変助かる。


「ほら、貴女の先生がこっち見てるわよ」

「えっ、どこどこ? あっ! 先生〜」


 私が指差す方へセレナが振り返り、嬉しそうに恥ずかしそうに手をふる。ハクトウワシはそんなセレナに少しびっくりしたようだった。ややあって私がセレナをいじめていると心配していたのではないかと思い当たる。

 前に保健室の前ですれ違った時のぼんやりとした印象しかないから、驚く。

 番ってもないのに心配性だこと。

 しかし、ハクトウワシの方もセレナを好意的に思い、守ろうとしているなら問題はない。早くこの二人がくっついてくれたら万事解決なのに。なんでこの状況でさっさと番わないかについては後で確認する必要があるわね。

 ハクトウワシへ駆け寄っていくセレナを見ながら、私は小さくため息をついた。

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