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幕間 出会い

 家庭教師との勉強のスピードを上げることと、勉強の範囲を広げることを両親に認めさせるのは簡単だった。子どもがもっと勉強をしたいと言って嫌がる親は少ない。幸運にも、私の両親はそれを喜ばしく思うタイプだった。むしろ、子供の望むことなら出来るだけ叶えようとしてくれるタイプだ。愛着形成がなされることはいいことだが、過剰な愛情は無責任でもある。

 両親――『運命の番』同士の幸せなカップルであるふたりにとって、その結果生まれてきた私が可愛くて仕方ないらしい。でたらめな愛情は貴族として社会に出ていない幼少期だけなのかもしれない。しかしもし記憶もなく、両親がこのまま変わらなかったら、私は将来的にとんでもないわがままな女になっていただろう。

 私がほうっとため息を吐くと、目の前に座っていた侍女がぱっと顔を上げた。


「寒いですか? 馬車は冷えますからね。やはりこちらをおかけください」


 この世界には4つ足のウマなんていないのに、馬車が馬車と呼ばれる。確かに足腰の強いウマ型やウシ型の獣人がキャビンを牽くことは多い。しかしその言葉を聞くたびに、ここがなんらかの物語世界なのだと痛感させられる。

 

「……ありがとう」

「また熱を出されたら、大変です。奥様に叱られてしまいます」


 侍女が手渡してきたショールのやり場に困り、膝にかける。冷えるといっても、もうすでに外套に帽子に手袋にマフラーに、と私は着込めるだけ着込んでいる。これ以上どこを温めろと言うのだろう。

 前世を思い出した時の知恵熱以来、お父様お母様を筆頭に周りの者が異常に私の体調に気を使うようになった。もともとお父様のヘビ型が混ざっているから、冬は苦手だ。というのを侯爵家の使用人は知っている。特にお母様の生家から来たネコ型の侍女たちは、お父様に仕えるヘビ型の使用人の言う寒さというのが自分の感覚としてわからないせいか、過剰に着込ませようとする。

 大事にされるのは悪い気はしない。とはいえ、周りが過保護過ぎると動きにくい。私はこの異世界を生き抜くためにやらなくてはいけないことがたくさんあるのだ。深窓の侯爵令嬢では困る。今日だって雪が降りだしたと言うだけで、お茶会から私だけ先に帰された。

 私は嫌だったけれど、お母様が白といえばネコ型の獣人達にとっては黒だって白になる。結局、うちに居る使用人はヘビならお父様、ネコならお母様に第一に従う。私を第一にしたがってくれる者は居ない。私の生存戦略に喜んで手を貸してくれるような味方は、いない。


「…………」


 ため息を堪えて、馬車の窓から外を見つめる。馬車に乗る前は牡丹のような重たい雪が降っていた。それがいつの間にか綿飴のような軽い雪になり、先日降った雪の上に積もり始めている。空気も染み入るように冷えてきた。

 馬車は平民街に差し掛かるが、人出は無い。道端に子供たちの作ったらしい雪だるまが並んでいるだけ。それらにも綿雪がかかり、街はどんどん色を失いつつあった。この辺りは貧民街とも近い。普段は汚れた道も、雪化粧で真白くなっている。だから、大きなボロ切れが落ちているのは、よく目についた。


「止めて!」


 御者に叫ぶ。すると、馬車を曳いていたウマの獣人は驚きつつもゆっくりと減速した。御者を待てずに、扉の窓を勝手に開け、外に飛び出す。

 近づくと、見間違いではなかったと確信する。雪の降り積もる中、あまり雪が積もっていない茶褐色のボロボロの布。


「お嬢様! 一体どうしたんです!?」


 そのボロをはごうとすると、腕を掴まれる。振り向くと、血相を変えた使用人達が居た。腕を掴んでいる侍女に至っては毛が逆立って瞳孔がまんまるになっている。

 そりゃあそうだ。普通のお嬢様なら、全速力で馬車から飛び出したりしない。でも、見つけてしまったのだ。ただのゴミなんかじゃない。

 握った汚ない布の隙間から、血の気のない小さな手が見える。子どもだ。侍女の腕を振り払い、ボロ切れを持ち上げると、凍えて息も絶え絶えの眼光のない金眼と目が合った。


「…………」


 死を迎える諦め境地といった表情のその子は、ガリガリに痩せ細っていて、酸っぱいような不衛生な匂いがする。

 見るからにイヌ型の獣人のようだけれど、自分で鼻が曲がったりしないのかしら。

 手入れされていない長い銀髪も汚いけれど、それ以外よりはマシで相対的に綺麗に見える。貧相だけれど、泥に汚れた顔は整っている方だ。

 この子、私の侍女にできないかしら?

 不意に孤児を拾って自分のそばに置くという。アイデアが頭に浮かぶ。

 そうよ、そうじゃない。だって定番の行動でしょう? 何も持たない者に名前や居場所を与えて、依存させて、絶対に裏切らない存在にする。どんなに綺麗な結末でも、その過程に違いはない。

 私は咳払いをし、使用人たちによく見えるようにボロ切れを指差した。


「助けてちょうだい」


 使用人達は不思議な顔をする。しかし、ボロを完全に剥がすと、私が何を言っているのかようやく分かったらしい。今度はどうして良いやらと困った顔をした。


「いや、いくらお嬢様のお願いでも……それは……」

「旦那様がなんて仰るか……」


 みな歯切れの悪い言葉をぼそぼそとこぼしては、言い淀む。理解は出来るが、私はそれを聞いていると、無性にイライラしてきた。

 

「お父様やお母様なら、私がどうにかするわ。私、この子を助けたいの」

「その子はきっと孤児です。だから……」


 それもそうよね? ここは階級社会。だけど、侍女に、御者に私。この中で、一番偉いのは誰?

 

「言い方を間違えたわ。これは命令よ。この子を助けなさい」


 私の言い方に使用人たちは顔を合わせる。

 私は使用人たちが話し合っている間に、侍女からもらったショールをその子にかけてやる。子どもはぼんやりした表情だが、私の顔を食い入るように見つめてくる。


「分かりました、分かりました。お嬢様のおっしゃる通りに致しますよ」

 

 結論、一番付き合いの長い侍女がこうなったら仕方ないと御者たちを説き伏せて、子どもを馬車に乗せることを了承させたようだった。

 侍女には後でお母様に言ってご褒美をあげなくては。

 子どもは相変わらず私から目を離さない。私に手を引かれ馬車に乗っても、その金色の瞳が逸らされることはなかった。

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