ソレを倒す唯一の方法。動き出す闇の零属。
美唯子に連れられてオレは氷駕が働いている職場へとやってきていた。
オレがカウンター席に着くと氷駕は何も言わずにカップを出してコーヒーを注ぐ。
「ようやくお目覚めか。それで、地球までどうやって来たのだ。他の仲間はどうなった」
氷駕に問われたオレはコーヒーに伸ばそうとしていた手を引っ込めて、一瞬間を開けてから口を開いた。
「……今地球はかなり複雑な状況らしい。4番を知っているよな? 彼女の力を借りてなんとかオレだけやってこれた」
「複雑だと? 宇宙から消えている以上に複雑なことがあるのか」
「ああ。どうやら地球は宇宙から隔離されてるだけじゃなく、何か別の目的のために利用されているらしい。4番が宇宙の果てまで探しても見つからず、地球の意思と対話して、現時点で地球が存在している場所に直接オレを飛ばすとか言ってたな」
相も変わらずオレの説明は下手なままであった。
氷駕は話の内容を理解しようと懸命に思案している様子だった。
「こんにちは! 少しお話ししてもいいですかっ!」
美唯子の友人である妃里がオレの肩をポンと叩いて気軽に声をかける。
会話を邪魔された氷駕は渋い表情で軽く舌打ちをした。
「えっと、妃里さんだよね。オレに何か用事?」
「あっ! はい! ミコと付き合ってどれくらいになるんですかぁ?」
「え、付き合うって……」
突然の質問に困惑したオレが聞き返すと、テーブル席でくつろいでいた美唯子が血相を変えて立ち上がる。
「わーワー! ニャーニャー!! ダメダメだめーっ!!!」
美唯子が両手を振りながら妃里に飛びかかった。
友人を床に押し倒し、必死の表情で首をブンブンと振っている。
「あ、察し」
妃里は何かを察した。
「なんだよミコー! まだ付き合ってもないんじゃんか!」
美唯子をテーブル席に座らせた妃里がイタズラっ子のように言う。
「そうだね、そうですよ! 完全に私の片思い状態です!」
美唯子は開き直った。
「なんだぁ、なら言ってよー! 私、断然応援するし。ミコと彼、お似合いだと思うなー」
「ゆり〜、ごめ〜ん。なんかいい出せなくて〜」
「いいっていいって、友達だろー? その代わり、今度ミコのお兄さん紹介してよね」
「ウゲ、お兄ちゃんはやめといたほうがいいと思うけどな……」
テーブル席で騒いでいる二人のせいで、オレも氷駕も会話ができないでいた。
「いい加減に黙れ。話の邪魔だ、二階で待っていろ」
氷駕に怒鳴られた美唯子は体をビクンと震わせた後、黙って頷く。
「は〜い。じゃあ上で女子会でもしよっかー! 由紀子さんもどーぞー」
氷駕の言葉の意図を読み取っていた美唯子がカウンターの奥で食器を洗っていた由紀子にも声をかけた。
「え? でも私まだ勤務中で」
「いーのいーの。強盗が来てもペル様が退治してくれるし、男同士の話がしたいみたいだからー」
美唯子は半ば強引に由紀子の手を取り、妃里と共に階段を上がっていった。
女性陣がいなくなると室内が途端に静かになる。
氷駕は疲れた顔でため息をつき、オレを見据えた。
「ようやく静かになったな。戦力についてはどうする。俺とお前の二人だけのようなものだ。それに暗黒物質の親玉の居場所もわからん。地球から脱出もできんし、八方塞がりだ」
「レオナルドが言っていた。今の暗黒物質はソレ、つまり6番だと。しかも不可能殺しの正体らしい」
初めて聞いた情報に氷駕は愕然としいてた。
大切な仲間を殺し回っていた悪党が実はエニグマだったとは想像もしていなかったのだろう。
「なっ……んだと? だが例え不可能殺しだとしても、地球を救うためには立ち向かうしかない。倒す方法は見当もつかんが、一か八かやってみるか」
「……いや、多分オレなら倒せる。というかオレしか倒せない」
「どういうことだ」
「オレは以前、3番と戦ったことがある。当時の実力では到底勝てる相手ではなかった。だというのにオレは勝った」
確かな事実である。
まだ力を使い始めたばかりのオレがこの世に存在しないはずの不死身の3番の肉体を貫き勝利した。
その場にいた同じエニグマであるサラでさえ驚いていた。
「3番だと!? 確かにお前は創造の能力を使っていたな。だがあり得ない。奴を倒せるものなど1番か不可能殺しくらいしか……」
「そうだ。当時は無我夢中だったけど、その後ずっと疑問に思っていた。だがレオナルドと話したときに理解したんだ」
「不可能を倒す方法か」
「ああ。6番、ソレは不可能殺しだった。オレはソレと契約している。つまり、オレも無意識にソレの不可能殺しとしての力を発揮していたんだ。
契約の仕組みはまだよく分かっていないが、ソレが僕の力をあげたいとか、そんなことを言っていた。恐らく能力共有のような効果もあるんだと思う」
「なるほどな。それならば辻褄が合う。いや、そうでなければ3番を倒すなんて絶対に不可能だろう」
「そうだ。だからもしオレもエニグマを倒せる力を使いこなせるようになれば、暗黒物質ごとソレを倒せる。その場合は間違いなくオレも死ぬだろうけどな」
オレはシレッと言い放ったが、それを氷駕は気に食わなかったのか、鋭い目つきで睨みつける。
「お前、6番と刺し違えるつもりか。そんなことは俺が許さんぞ。もうこれ以上、仲間が消えていくのは見たくない」
「でもそれしか方法がないんだ。だから、もし、オレが死んだ場合、力を託す相手を氷駕にだけ言っておく。オレの意思を継ぐものを……」
オレの言葉を遮るように氷駕はカウンターテーブルを叩く。あまりの衝撃にカップが砕け、コーヒーが溢れる。
氷駕は本気で怒っているようだった。
「縁起でもない事を言うな。お前が死んだら残された者はどうなる」
「残された者って、オレには家族もいないし……」
「確かに昔はそうだったかも知れん。だが今は違う。
お前には仲間が大勢できただろ。サラ、メア、俺のバカな妹だってそうだ。
これからもきっとお前を頼っていろんな奴が集まってくるだろう。世界の希望が簡単に死ぬなんて言うんじゃねえ」
「でも、他に方法がないだろ。やるしかないんだ」
「そうだとしても、命を捨てずに勝利する方法を考えろ。俺の妹を泣かせたら許さんからな」
氷駕と美唯子が兄妹関係だと偽っているというのをオレは聞いていた。
しかし氷駕は新人類である美唯子を嫌悪していると認識していたオレは困惑していた。
「なんだよ、急にお兄ちゃんだな。何あったのか?」
「ああ。アイツはすごい奴だよ。人間に毛の生えた程度の奴が5番に躊躇なくケンカを売りやがった。全てお前のためだ。
その時、俺は理解したよ。何かを守るために自分より上の存在に立ち向かっていく勇気が必要なのだとな。わかるか? 俺は人間から学んだんだ」
氷駕の目つきは真剣そのものだ。
少し前まで人類を皆殺しにすると言っていた氷駕とはまるで別人のようになっている事に驚きつつも、オレは微笑んでいた。
「……わかったよ、善処する。お前、本当に丸くなったな。いや、人間くさくなったというか」
「世界のために俺も変わらなければならないと悟っただけだ。──待て、どうやら客がきたらしい」
扉の外を見つめ、氷駕は小さく呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
──闇。
暗黒物質の侵略は静かに始まっていた。
「タクちゃん。最近ついてないっすね。やられてばっかだ」
「黙れハル。アイツらに必ず復讐してやる……覚えてやがれ」
人が避ける深夜の路地裏。
タクヤとハルヤはあてもなく歩いていた。
まるで何かに導かれでもするように。
「ヤッホー! 元気ー!?」
闇夜に響く明るい声音。
「たっ、タクちゃん! あれ、あれ、なんだ、なんだ」
「うるせーぞ、ハル。どうしたんだ」
チンピラ二人組の前にいるのは視認できない黒塗りの光。
そしてその隣には気流しを着た大柄な男。
「タクちゃん、なんなんだよあれは、俺おっかねーよ」
「落ち着けよ。コイツ、知ってるぞ、テレビに出ていた國裂信長って剣の達人だ。面白い、やる気なら相手になるぜ、こいや」
「タクちゃんはな、渋高一の悪だ、逃げるなら今だぜ!」
息巻くチンピラ二人を見た鬼が笑う。
「ハッ! チンピラ風情が吠えんなっツーのォッ!」
「──えっ!?」
一瞬。
白い閃光が走る。
ハルヤは死んだ。
不可視の斬撃に両断され、目に見えぬ闇に体を喰い尽くされこの世から完全に消え去った。
「あーあ、やっちゃったぁ。君らもバカだなあ。悪には悪がいるんですよー?」
黒塗りの光がケタケタと笑う。
「ハルヤァァァーッ!!?」
闇の中、悲痛な叫び声がこだまする。
「へぇ。君達みたいなゲス野郎にも友情って概念があるんだね」
涙を流して立ち尽くすタクヤの体を闇が包んでいく。
「喜んでいいよ。君はオレの暗黒物質としての記念すべき犠牲者第一号であり、全てを無にするための実験体に選ばれた闇の零属なのだから。オレの名は素零。セカイを統べる闇の支配者……ってもう聞こえてないかー!」
闇。
全ては闇の中。
世界を覆うような深淵。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




