最強の喫茶店員。働くエニグマ雪翔さん。
ユキトさん大活躍。
氷駕雪翔は考えていた。
暗黒物質を屠る方法を。
世界は暗黒物質に満たされている。
敵がその気になれば人類など一瞬で喰い尽くされるだろう。
暗黒物質を倒すだけなら、一番手っ取り早い方法は宇宙そのものを破壊すること。
幸いにも氷駕にはそれだけの力があった。
17番から引き継いだ究極の炎を解き放つだけでいい。
宇宙は一瞬で蒸発し、暗黒物質も完全に消滅するだろう。
氷駕雪翔はエニグマであり、この世に存在しない者。
自らが放った究極の炎に巻き込まれることもない。
宇宙は消え去り、エニグマだけが生き残る。
だがそれでは意味がない。
今回地球に赴いた理由は破壊ではなく救済。
人類を守るための戦い。だとしたら、どうするべきか。
暗黒物質の支配者を探し出して直接頭を潰すしかない。
氷駕はそう結論付けた。
「雪翔さん。おーい! 起きてますかぁ?」
氷蜜茶房のアルバイト店員、愛州 由紀子が一生懸命に氷駕の肩を揺すっている。
「あっ、ああ。少し考え事をしていた」
目をこすりながら氷駕は答えた。
暗黒物質との戦いに向けて焦りが募るあまり、意識が完全に別世界に行っていたようである。
不死身の怪物エニグマである氷駕は人間として喫茶店員の職務に従事していた。
損失した左腕を魔力で生成した氷の義手と手袋で補っているため、見た目は完全に普通の人間の青年である。
「雪翔さんはどうしてこのお店で働くことにしたんですか?」
昼時を少し過ぎた時間帯。
一日の中で一番暇をもて遊ぶ。
カウンター内にいる二人は自然と会話を始めていた。
「知人のツテだ。氷をつくるのも得意だしな」
氷蜜茶房の最大の売りは春夏秋冬問わずに食べられる、かき氷のバリエーションの豊富さにある。
定番ものから創作まで幅が広く、甘味を求めてやったくる女性客の心を掴んで離さない。
「なるほどですね。私は今年から大学生になったんですけど、家賃とか色々苦しくて、アルバイトすることにしたんです。親の仕送りにも出来れば頼りたくないですから。お母さん、今独り身だし」
由紀子はハッキリとした口調で言った。
「歳のわりにしっかりしているな。俺の妹とは大違いだ」
「妹さんがいるんですね。どんな子なんですか?」
「俺の妹がバカ過ぎて困っている。惚れた男の名前を一日中、口に出すから新種の病気ではないかと疑っているくらいだ」
言うまでもなく美唯子のことである。
人間として生活する中で、関係を疑われるのも面倒だと、美唯子と口裏を合わせ兄妹という設定にすることを決めていた。
「でも恋ってそうですよ。好きになった人の事で頭がいっぱいで、考えるより先に行動しちゃう。それだけ妹さんの愛が深いってことだと思うなぁ。お兄ちゃんとしては、複雑ですか?」
「別にそうでもないさ。ただ相手にも難があってな、俺の友人なのだが、やたら女から慕われるのだ。理解不能なレベルでな」
「あー。モテ男さんですか。それは確かに心配ですよね」
二人の会話が弾んできたところで氷蜜茶房のドアベルが鳴る。
男性客が二人、乱暴に扉を開けて入ってきた。
「あっ、また……どうしよう……」
由紀子がテーブル席を横目で見やり小さく呟く。
見ると先程入ってきたガラの悪い男性客が二人、テーブルの上に足を投げ出して座っていた。
「なんだあれは。知っているのか」
「駅前で声をかけられて、話を聞いたらナンパだったんです。お断りしたんだけど、しつこく付き纏われて、バイト先までくるようになってしまって……警察に相談した方がいいのかな」
右の手首を押さえながら、由紀子が影のある表情で語る。
手首には包帯が巻かれており、じんわりとピンク色に染まっている。つい最近できたばかりの傷跡のようだ。
「その怪我も関係あるのか」
「え、あ……、はい。今朝も突き飛ばされて転んでしまって……」
「そうか。ならば俺が話を付けてきてやる。
お前は厨房に入っていろ。叫び声がしても絶対に出てくるんじゃないぞ」
「えっ!? 大丈夫なんですか? ……お願いします」
由紀子が厨房に入っていくのを確認すると、氷駕はカウンターを出て真っ直ぐに男達に向かって歩いていく。
男の二人組は氷駕の顔を訝しむようにして見ていた。
「おいなんだテメェはよ。メンチ切ってんじゃねぞ、剥くぞコラ」
バキィッン!
「グベラ!」
無言のまま繰り出した氷駕の右ストレートが男の顔面に炸裂する。
男の身体は人形のように吹き飛んで床に倒れた。
「失せろ。殺されたくなければな」
倒れる男の顔を覗き込み、ドスの効いた声で氷駕が言うと、男は滝のように流れ出る鼻血を手で抑えながら困惑の表情を浮かべていた。
「な、何しやがんだテメェ。鼻が、鼻が折れちまったぁ……」
「タクちゃんコイツ、やっちまおうぜ!」
「おっ、おお、殺す。殺してやんよクズ野朗がぁッ!」
仲間に促された鼻血男はポケットからナイフを取り出した。
威嚇するように氷駕を見据え、ナイフのグリップを両手で握りしめて真っ直ぐに走り出す。
氷駕は微動だにしない。
「俺を舐めると、どうなるか、わからせてやるぜー!!!」
トス。
実に簡単に、アッサリと銀色の刃は氷駕の左胸に突き刺さった。
「タクちゃんさすがだぜぇ! さすが渋高一の悪だなぁ!」
「はっは! これで少しは懲りたかよ! 俺を殴って高い代償になったなオッサンよ! ざまぁみやがれや!」
男達は余程嬉しいのか声高らかに叫び、はしゃいでいた。
「貴様の中では刃物で刺せば勝ちなのか。オメデタイ猿野朗だ」
「いっ!?」
「うぇぇ!?」
氷駕はナイフが刺さったことなど気にもせず、ゆっくりと男達のもとへ歩いて行く。
チンピラ二人は目の前の光景に目を白黒させていた。
「お前等のような奴がいるから、いつまでも女性が泣きを見るだけの世界が終わらんのだ。男としての誇りもないようなクズが、俺が教育してやる」
氷駕がチンピラ二人の頭部を鷲掴みにした。
一人には熱気が、一人には冷気が身体中に走る。
「グヘェ……やめ、やめて……なんだこれ、熱い、熱いぃぃ!」
「すんませんしたぁ……反省してますからぁ、凍え死ぬー!」
氷駕に頭を掴まれたまま男達は泣きじゃくり、ペコペコと頭を下げようとしている。
氷駕は許す気がなかった。
「お前はあの女性に拒絶されたとき、大人しく聞き入れたのか。違うから今ここにいるのだろう。ならば当然の報いだ。──俺は炎と氷、両方操れる。火炎か凍気、追加のご注文を伺いましょうか、お客様」
氷駕の両手に勢いを増した熱気と冷気が強烈に逆巻く。
「「いっ、いえ、どちらも遠慮しまひゅ……」」
「なに遠慮することはない。暴れて腹が減っただろうよ。俺の奢りだクライヤガレ」
氷駕は力を解放する。
「「ギョェエエェェエエェェ!!!」」
熱気と冷気がチンピラ二人に裁きを下した。
◇ ◇ ◇ ◇
──数分後。
チンピラ二人は床に頭をこすりつけながら由紀子に何度も何度も土下座していた。
芸術的なほどに美しい土下座である。
「二度とこの女性に近寄るなよ猿。また悪さしたら、次は容赦なく貴様等を殺す」
「はぃ、ひっ、もう二度と、女性を、く、軽視、しま……せん」
「すま、せんしたぁ……」
男達は涙と鼻水まみれの顔で何度も頭を下げながら店を出て行った。
以前の氷駕なら、なんの躊躇いもなくチンピラを殺害していただろう。しかし今回は明らかに手加減をしていた。
それはエニグマでありながら人間として成長している証であった。
「雪翔さんナイフが刺さって……すぐに救急車を呼びますから」
由紀子が氷駕の胸に刺さっているナイフを見て心配そうに言う。
「気にすることはない。職場の仲間としてお前にだけは話しておこう。俺は人間じゃないんだ。怖いか?」
そう言うと氷駕の胸に刺さっていたナイフが炎に包まれ消滅した。
傷口も何事もなかったかのように一瞬で塞がる。
「いっ、いえ……あの、助けてくれてありがとう……雪翔さん」
由紀子は静かに氷駕を見つめていた。
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