ただいまとサヨナラと。月を見据え一人思ふ。29番の涙。
──エニグマ専用転移超空間。暗黒の運河。
氷駕と合流したオレは10番街への帰路に就く。
「女勇者を置いてきて本当に未練はないんだな」
「ああ。刹那のことを信じてるからこそ、別の道を進むことを選んだ。過程はどうでもいいんだ。結果さえよければ」
運河を疾るエニグマ二人。
17番と刹那の救出を目的とした今回の作戦。
結果的にいえば失敗と言える。
カズキはこの世を去り、刹那は第三惑星に残る形となった。
だがオレの心に後悔はなかった。
何も行動を起こさなかったら、その方が余程悔いていただろうと考えている。
「そうか。お前が納得してるならいいさ。──それと、なんだこのバカ女は!」
「ペル様〜。真剣なお顔も素敵〜」
オレに抱きかかえられた美唯子が氷駕には目もくれず、愛しのペル様を撮影している。
氷駕は苛立っていた。
この場にいるのが同属帯仲間である17番ではなく、なぜコレなのかと思うと悔しい気持ちが込み上がってきていた。
「新人類の美唯子だ。訳あってオレが連れてくことになった。殺さないでくれよ」
「これが新人類だと? あの侍とは随分違うな。全てがコイツのような奴なら、一瞬で方が付きそうだぜ」
氷駕の言う通りである。
戦闘能力だけを見れば、同じ新人類でも鬼神信長と比べて月とスッポン。
それどころか木星とミジンコほどには差があるだろう。
「個性があっていいじゃないか。エニグマにも強い弱い色々あるんだし。まぁ、これからは仲間として仲良くしてやってくれ」
氷駕は特に何を言うでもなく、美唯子を見て舌打ちをした。
「17番のことはどうする。29番のことを考えるなら、黙っていたほうがいいだろう」
「それはダメだ」
オレが否定すると氷駕は驚きの表情を見せる。
「ダメだと? お前の従者だろ。意味もなく心を傷つけるような真似はするべきではない」
「だからこそ、だよ。オレ達は死ねないんだぞ。帰らぬ人を思って永遠の時を過ごさせるほうがどれだけ酷いことか。
全ての責任はオレが持つ。サラには真実を伝える」
「……好きにしろ。どうなっても知らんぞ」
「大丈夫。彼女は強いから。きっと必ず乗り越えられる」
二人の会話が終わる頃、10番街へと辿り着く。
◇ ◇ ◇ ◇
「オレさん。おかえりなさい! 無事に帰ってくださって本当に嬉しいです。この後は約束通り、しっかりと休んでくださいね」
10番街に帰還したオレ達を真っ先に出迎えたのは29番であった。
屈託のない笑顔が眩しい。
氷駕、そして事情を聞いた美唯子は沈黙を貫く。
17番の事を29番になんと伝えるか。
全てはオレに託された。
「……ただいま。サラ」
「あっ……」
29番はその一言で全てを察した。
カズキしか知らないはずの真名を主人が口にした。
だと言うのに17番の姿は見えない。
ともなれば答えは一つしかない。
心のどこかでは諦めていた。
昔馴染みはもう戻らない。
大切な人に二度と会えない。
諦めていたはずなのにサラの目からは涙が溢れていた。
「ごめんな。オレが不甲斐ないから、カズキさんを救えなかった。恨むならオレを恨んでくれていいから」
嗚咽を漏らし、直後に泣き崩れたサラの身体を、オレが優しく抱き止める。
「ごめんなさい、……あたし、これから、どうし、よう……。一人に……なっちゃいました……」
とめどなく流れる涙が頬を伝って大地に落ちる。
「オレがいるよ。氷駕もいるし、10番街の全員がサラの味方だから。だから、泣くな。カズキさんはいつもそばに居るから」
17番が生前身につけていた真紅のマフラー。
オレがそっと差し出すと、サラは静かに受け取った。
「昔、私があげたんです。一生つけるって言ってくれて……ほんと、バカ……」
オレも氷駕も美唯子もメアも、気づけばその場にいた全員が泣いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
月が見える小高い丘に、サラは一人佇む。
手には真紅のマフラー。
昔馴染みがこの世に残した唯一の存在証明。
カズキに対する感情が恋心だったのか憧れか。
サラは最後までわからなかった。
涙は枯れても、想いだけは変わらない。
「さよなら。カズくん。忘れないよ。ずっと」
サラが放った別れの言葉が、風に乗って闇夜に消える。
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