暗黒の運河。前哨戦。
エニグマ専用移動用超空間転移、通称【暗黒の運河】あらゆる事象概念を無視して目的地まで瞬時に辿りつくことができる夢のような転移魔法である。
恒星間移動はもちろんのこと、異空間、亜空間、明確な目的地さえ把握できていれば、立ち入れない場所など存在しない。
オレと氷駕は第三惑星への転移途中、超空間の中で予期せぬ人物と遭遇していた。
「やあ! 随分と久しぶりだなぁ! 元気にしていたかい?」
気さくに話しかけてくるレオナルド・オムニ・エンド。
オレとは先程まで顔を合わせていたというのに、この口ぶりである。
「お前、あちこち動き回りすぎだろ。よくそんなんで組織のリーダーが務まるよな……」
呆れて言葉も出ないとはこのことか。
オレは段々とレオナルドへの対応がわかってきた自分に嫌気がさしている。
「私はアクティブだし、部下を信用していないのでね。この世で一番信用できるのは自分だけ。決して他人に期待してはいけないよ? 希望というのは大抵あっさり裏切られるものだ。アッハッハ!」
存在そのものが冗談のような男。
口からでる言葉のほぼ全てが嘘偽り。
宇宙で最も信用ならない人物と言っても過言ではない。
エニグマを悪と決めつけ、世界中の晒し者にした男。
仲間意識の強い氷駕はレオナルドを何よりも憎んでいる。
当然、目の前に敵が立っているので、苛立ちの表情で攻撃を仕掛けようとすも、相手にするだけ時間の無駄だと知っているオレに攻勢を止められる。
「落ち着け氷駕。今はこいつの相手をしてる場合じゃない」
「ふっ、18番。随分とまぁ惨めな姿になったものだ。いや、逆に貫禄が出たか。どうだい、私の新人類は? 強かっただろう」
氷駕の姿を見て嘲笑い、挑発をするレオナルド。
「貴様……殺すぞレオナルド」
「ほお、面白いことを言うじゃないか。人間に負けたくせに私を倒せると本気で思っているならお笑いだ。エニグマをやめてコメディアンにでもなったらどうだい」
このままでは不毛な挑発合戦が永遠に続いてしまう。
必要な問答だけして退散するのが吉と判断し、オレが口を開く。
「レオナルド、お前一体、なんのつもりでこんなことをした。本物はどこだ。まさか、力だけ与えて殺したなんてことはないよな」
腕に抱えた少女を見せてオレが言う。
輝夜を意図的に寄越した目的を知りたかった。
罠だとしても露骨すぎるし、信長が氷駕にした行為の詫びだとしたら用意周到がすぎる。
「やはりバレてしまったか。君も中々に観察眼が鋭くなってきたね。だとしたら、偽物はいらないか。記憶まで精巧に模して作ったのに、無駄になってしまったな」
レオナルドが指を鳴らす。
オレの腕の中にいた輝夜は砂のように崩れ落ちて消滅した。
「……お前の相手をしてたら嫌でもこうなる。それで本物はどうした」
「いやね、ここだけの話、本物には逃げられてしまったんだよ。今から探しにいこうとしていたところなんだ。人形はあくまでも繋ぎで、本物をみつけたら約束通り、君にあげるから安心してくれ。心からの謝罪の気持ちのプレゼントさ、他意はないよ。あしからず」
悪びれる様子もなくレオナルドは語る。
今の言葉が事実だとしても、人間を贈り物にするのは度し難い。
生命をぞんざいに扱う男が、現時点で人類の頂点に立っている。
そんなことを考え、複雑な心境のままオレは会話を続ける。
「逃げられた? 逃したの間違いじゃないのか」
「それはそれで面白いな。だがワイルドカードは不可能殺しだけで十分さ。彼女はとても賢いからね。見つけておかないと心配だ」
「お前と同等の力ってのは本当か? だとしたら、お前はやはり狂っているな」
「そうね、その気になれば銀河を消し去れるくらいの力は与えてあるよ。まあ、元が人間だからそこまでの度胸はないだろうがね」
レオナルドと同程度の力を持った存在が宇宙に野放しにされている。想定していた以上に深刻な事態であった。
オレはこれから先の気苦労を考えて深く嘆息する。
「……もういい。オレの質問は終わりだ。戦う気がないのなら、もう消えてくれ」
「最後に一つ、忠告しよう。今の状態でこの先には行かないほうがいい。彼女は強いからね。それでもと言うなら第三惑星に行くのは君の自由だ。だが犬死にはするなよ?」
オレと氷駕の目的を知っていて、敢えて受け入れるレオナルド。
本来ならば自分の拠点に敵を招き入れる敵将などいるはずもない。
余裕の表れか、絶対の自信があるのか、レオナルドは不敵に笑っていた。
「お前、刹那に何かしたのか」
これまでにないほどの殺気を放つオレを見て、レオナルドの眉が小さく動く。
「しようとしたが、拒否された。自然体のままで生きたいそうだ。それでも第二段階に入った新人類より強いのだから驚きだよな」
「なんで刹那が……お前なんかと……」
「それが知りたいなら先に行くしかないな。直接会って、話すがいいさ。言っておくが、洗脳なんて無粋な真似はしてないよ。全て彼女の意思なのさ」
オレに向かって優しい口調でいい終えると、一転してゴミでも見るような目でレオナルドは氷駕を見据える。
「そして18番、お前はもう、認めてしまえ、自分は弱いと。10番以下のエニグマはゴミ同然。存在自体が足手纏いなんだよ。真剣勝負の場にかませ犬は必要ない。理解できるかな? これから先の戦いについてこられないだろう。引退することをオススメする」
「待てよレオナルド。氷駕は強いぜ。これ以上、オレの友人を侮辱するならどんな手を使ってもお前を殺してやる」
「……それならば早く人間を捨てることだな。そうすれば、君は宇宙の頂点に立てる。逆に今のままでは、どう足掻いても私を殺すことはできない。その日が来るのを指折り数えて待っている」
言いたいだけ言って、レオナルドは姿を消した。
黙り込む氷駕を気遣いつつ、オレは第三惑星へと急いだ。
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