月光の記憶。カグヤヒメなんて大嫌い。
「人類の皆様、ようこそ、私の世界へ。
えーと、まず何から話そうか……。ああそうだ、世界の真実から語るべきだね。神も天使も悪魔も勇者も、この世に実在するんだ」
教壇に立つ男が、よくわからないことを話している。
とても背の高い、軍服を着た男性。
頭が痛い。
あたしの記憶に間違いがなければ卒業式に参加していたはずなのに、どうして教室の中にいるのだろう。
記憶が曖昧で不鮮明で、この状況が夢なのかどうかも判断できない。
「ねぇね、何だかおかしくなぁい? ほら見てよ、軍人みたいなのがいっぱいいるし、こんなの絶対に夢だよね……?」
隣の席に座っている親友の陽神 美唯子がヒソヒソ声で話しかけてくる。
美唯子に促されて、ぐるりと教室の中を見渡す。
確かに迷彩服を着て、手に鉄砲を持った軍人が何人も立っていた。
クラスメイトもこの状況に困惑しているのか、あたし達のように密談したり、こっそりと何かを書き込んだ紙を回したり、連絡を取ろうとしているのか携帯をいじったりしている。
「君達が慣れ親しんでいる御伽話や英雄譚なんかも、作り話ではなく、宇宙の別の惑星で起こった実話を基に作成されたものだ。
君達にもわかりやすくと言うと、異世界での出来事と考えて欲しい」
(つまり地球以外の惑星が異世界で、そこには生命がいて、そこで起きた事柄が物語として伝わっているということ?)
何かを考えるには情報が不足しすぎていて、結果的には納得のいく答えは出なかった。
「論より証拠だ、入って来なさい」
教壇に立つ男性が手を叩いた。
教室の扉を開いて女性が一人歩いてくる。
綺麗な人。
単純だけど、そうとしか例えられない。
思わずハッと息を呑んでしまうような、凛々しくも儚い、現実離れした美貌と、身を裂かれるような緊張感を付き従えている。
「綺麗……」
口に出しながら、しばらく見惚れてしまっていた。
流れるような長髪、ブレザーに丈の短いスカート、スラリと伸びる脚を包むストッキング、全てが黒色で統一されている。
手には刀を持っていて、柄も鞘も、真っ黒だ。
あたしと同じくらいの年齢に見えるけど、彼女が異世界人なのだろうか。
「この娘は神を殺した伝説の勇者様だ。魔法なんかも使えるよ。どうだいすごいだろう。そしてもう一つ、どうしても説明しなければいけないものがある。この世を滅ぼす究極の悪、エニグマを……」
ブワッと熱気が周囲を包む。
手足を拘束された男性が数人の軍人に連れられて教室の中に入ってくる。
暑い、体が焼けてしまいそう。
壁に掛けられた温度計を見ると、見間違いでなければ100°Cを超えていた。
「貴様、レオナルド、焼き尽くしてやる……」
男性の身体から炎が噴き出した。
何かの冗談であってほしい。
教室中がパニックに陥る。
「落ち着けよ17番。いたいけな人類が怖がるだろう」
レオナルドと呼ばれた男性が目配せすると、隣に立っていた少女が刀を抜いて数回、振った……とおもう。
手の動きが速すぎて確認できなかった。
すると炎を出していた男性の手足がスパンと切れた。
脳が現実を受け入れようとしていない。
クラスメイトの誰もがマジックショーの一部だとでも思っているのか、あまりに現実離れした光景に口を開けず、水を打ったように静まり返っている。
「この化け物はエニグマという。不死身の存在で、事実上、この世界の全てを支配しているんだ。君達を今日ここに集めた理由はエニグマを倒すのに協力してほしいからだ。でないと地球が消されてしまうからね」
淡々と語る軍服の男性。
美唯子があたしの袖を何度も引っ張り、前方を指差している。
視線を向けると、手足を切り落とされた筈の男性の肢体が元どおりになっていた。
まるで漫画だ。恐怖と笑いが同時に込み上がってくる。
どちらが正しいのか、それすら判断できない。
「自己紹介が遅れたが私はレオナルド・オムニ・エンド。
エニグマに対抗するための組織のリーダーだ」
聞いた事のある名前だった。
確かあれは何ヶ月も前の事、全ての人類が同じ日に、全く同じ白昼夢を見るという異常事態が起きた。
そこに出て来たのがレオナルドとエニグマという単語。
ニュースや新聞でも大きく取り沙汰され、様々な角度から議論や研究もされたが、原因や因果関係が判明されず、世界の終わりや、集団的未来予知など、色々な意見が上がる中、いつしか人々の記憶から風化していった。
「実は君達は偶然、選ばれたわけではない。
君達全員が歴史に名を連ねる英雄達の生まれ変わりや子孫なんだよ。机に入っているプリントを見ていただけるかな?」
レオナルドが言い終えるとクラスメイトが一斉に机の中に手を入れてプリントを取り出す。
あたしもそれに倣ってプリントを取り出した。
①コードネーム・赫奕姫。
②武器や嗜好品など希望する物を全て与える。
③不死性や転移魔法、共通能力を付与済み。
④上記とは別に希望する個人能力を付与する。
⑤希望能力( )
⑥私達は世界を守るためにエニグマと戦います。
(はい・承諾)
⑦指名入力欄 印
何かの契約書だろうか。
美唯子が困った顔であたしにプリントを見せつけてくる。
コードネームの欄には天造日女命と書かれていた。
「……おい、レオナルドっツったなぁ?」
ぶっきらぼうな声を出しクラスメイトの國裂 信長くんが席から立ち上がる。
「何か質問かな?」
信長くんを見たレオナルドが優しく微笑む。
心なしか周囲にいる軍人達がピリついているように思える。
信長くんはボサボサの髪を掻きながら、ゆったりとしたペースでレオナルドの側まで歩いて行く。
軍人達が鉄砲を構える。
もしかしたら本当に撃つのかもしれない。
「…………刀」
「うん?」
「俺に刀を、よこせやぁ」
あたしには何がなんだか理解出来なかった。
「どうしますか、射殺しますか」
髭を生やした軍人が、怖い顔で信長くんを睨んでいる。
「落ち着きなさい。この子達は世界を救う希望の光だよ。信長くんだね? 説明も聞かずにいきなり武器を欲しがる理由はなんだい」
「あんなん見せられたら、疼くだろうが、さっさと刀をよこせや。んで、その女と戦らせろ」
勇者様を指差しながら、信長くんが即答する。
信長くんは剣術大会のインター杯で何度も優勝している実力者。
世間では無敗の男や、現世に生きる最強の侍なんて持て囃されて、メディアからの注目も集めていた。
エニグマを斬った勇者様の斬撃を気に入ったのが武器を欲しがる理由らしい。
強い相手と戦いたくて我慢できなくなるなんて、なんだか子供みたいだと思った。
「君は中々に度胸があって面白いね。いいだろう、彼に刀を渡してあげなさい」
レオナルドに言われても、軍人は無礼な態度が許せないのか、武器を取り出すことを渋っていた。
「おいヒゲ、聞いたろ、さっさとしろや。愚図かよ」
顔を真っ赤にしながらヒゲの軍人が部下に指示を出す。
教室を出て行った軍人が、しばらくすると数本の日本刀を持ってきて信長くんに手渡した。
「お前、名前は」
刀を抜いて、鞘を放り投げながら信長くんが尋ねる。
まるで時代劇のワンシーンのようだ。
「貴様に名乗る名などない」
凛々しい表情をして端的に答える勇者様は、容姿だけでなく声まで透き通っていて綺麗だった。
「へぇ……言うじゃん。お前ほどの剣士は地球にいなかったぜ。今のところ俺が日本で最強の侍らしくてな、もうまともに斬りあえる敵がいねぇんだ。だから相手しろや」
動きやすくするためか、学ランを脱ぎ捨て刀を構える。
レオナルド程ではないけど、信長くんは背が高く、筋骨逞しい。
遠くから見比べると勇者様との対比は歴然で、どう考えても線の細い女の子が勝てる相手ではないように思える。
「ハッ! イクゼ女勇者! さっきの剣戟、見せてみろや」
気合いと共に信長くんが飛びだした。
勇者様はその場を動かず、めんどくさそうに刀を構える。
カンカンカン!
刀と刀がぶつかる乾いた音が教室に響く。
「この程度か、児戯にも劣る剣技で何が最強か。恥を知れ」
勇者様が呟くのと同時に姿を消した。
次の瞬間には信長くんの背後に立っている。
まるで瞬間移動だ。
勇者様は切れ長の瞳で信長君の背中を見つめ、そのまま一気に黒刀を突き刺した。
漆黒の刃が背中から入り、胸から飛び出す。
このときあたしは思った。
ああ、やっぱりこれは夢なんだって。
頭の中が真っ白になっていく。
もう何も考えたくない。
「キ、キャー!?」
逃避しかけていたあたしの思考回路をクラスメイトの叫び声が無理矢理、現実世界に引き戻す。
信長くんは自分の胸から飛び出している刀の切っ先を不思議そうな顔で眺めていた。
勇者様は信長くんの後頭部を足蹴にして、無理やり刀を引っこ抜く。
そして床に倒れた信長くんに向けて右手を突き出した。
「──黒の弾丸」
呪文を唱えて勇者様が魔法を使う。
真っ黒な弾丸が次々に飛び出して、信長くんの腕を、足を、一本ずつ吹き飛ばしていく。
吐き気が込み上げてくる。気分が悪い。
周りの友達もみんな青ざめた顔で事の成り行きを見守っている。
ここはきっと地獄なんだ。
何かの間違いで地獄に落ちてしまったんだ。
誰でもいいから助けてほしい。現実世界に帰りたい。
「やはり人間のままだとこの程度か、調整が必要だな。そこまで、もう下がってよろしい」
レオナルドが言うと勇者様は素直に攻撃をやめた。
そして、どういうことか信長くんの肉体が何事もなかったかのように復活していた。
プリントに書かれていた不死性の付与というものだろうか。
これではまるで、さっき見たエニグマと同じだ。
だとしたら、あたしも美唯子もあんな怪物のような存在になっているのかも知れない。そう考えると、不思議と悲しくなった。
「さてと、余興も済んだし、本題に移ろう。ご覧の通り、君達は特別な力を手に入れた。だが、これだけではエニグマには勝てない。奴らはこの世に存在しているが、存在しない化け物だからね」
レオナルドの言っていることは矛盾している。
存在しているのに存在しない。
そんな空想や妄想のような敵を倒せなんて、できるはずがない。
「今、君達はこう考えたね? そんな相手を倒せるはずがないと。そこで私から秘策のプレゼントだ。君達が思い描く、無敵を倒す力を実現してあげよう。いいかい? 発想力が大事だよ。プリントにエニグマを試すために欲しい能力を書いて提出しなさい。でないと彼のように生きたまま斬り刻まれてしまうよ。さぁ、始め」
レオナルドが手を叩くと全員が一斉にペンを取った。
まるで謎々だ。
倒せない敵を倒す能力。そんなもの皆目見当もつかない。
刻々と時間だけが過ぎていく。
隣を見ると美唯子も懸命に頭を働かせている様子だった。
「さて、頃合いか。出席番号順に行こう。1番、阿部星盟くん……」
「ひゃ、ひゃい!?」
レオナルドの声が死の宣告のように感じられる。
星盟くんが身体を震わせながら、ゆっくりとレオナルドにプリントを見せる。
「能力名、インビジブルマイン。成る程、能力に名前を付けるのは悪くないよ。愛着が湧くと予期せぬ真価を発揮する場合があるからね。それで、肝心の内容は? 自身をこの世の理から外し無敵にする。これじゃ逆だよ、倒さないと。理由は?」
「はい、あの……僕は戦いとか苦手なので、透明になってエニグマの気持ちを知ろうかと思いまして……駄目ですかね?」
「ハッ、笑わせんなよ、やる気あんのかっツーの」
今まで床に倒れたまま呆けていた信長くんが突然立ち上がり、プリントに何かを書き殴ってレオナルドに見せつける。
プリントを見たレオナルドが邪悪な笑みを浮かべた。
彼は本当に世界を救う正義の味方なのだろうか。
「能力名、真剣勝負? 内容は、対象と自らの……なるほど、信長くん。君には失望していたが、どうやら戦闘に関するセンスは本物らしい。では正解かどうか試してみようか」
レオナルドの指先が光り、信長くんと星盟くんの体を光が覆った。次の瞬間には星盟くんの体が消えて見えなくなった。
「はっ、はは! やったぞ、僕は無敵だ! もう怖くないぞ!」
星盟くんの声だけがハッキリと聞こえる。
どうやら望み通りの能力を手に入れたようだ。
「うるせぇよ……」
「え? なになに信長くん? 勇者に負けた信長くん? 今なら僕でも勝てるかな? こうしてコッソリ近づいて鼻を摘まめば……」
星盟くんが調子に乗っているのが目に見えなくてもわかる。
信長くんはその事に苛立っている様子だ。
「ごちゃごちゃウルセーっツってんだろうがぁ!」
信長くんが何もない空間に向かって刀を振る。
「ギッ……ギョエああああああああぁィィっ…………」
教室に鮮血の華が咲く。
血飛沫が走り回り、しばらくすると何かがバタリと地面に倒れる音がした。
「おめでとう信長くん。正解だよ、さすがは第六天魔王。君は今、不死身の男を斬る事に成功した。君ならエニグマも倒せるよ」
満足そうに微笑むレオナルド。
鼻で笑う信長くん。
床には自身の血に染まってようやく姿を取り戻した星盟くん。
何年も一緒に苦楽を共にしてきた学友が目の前で斬り殺された。
意識が遠のいていく。
今まで我慢してたけど、これ以上は耐えられそうにない。
これは現実じゃない。これは現実じゃない。これは現実じゃない。
「えっ!? 輝夜? ちょっと大丈夫!? ヒカリッ!」
あたしを気遣う美唯子の声が、子守唄のように心地よくて……。
◇ ◇ ◇ ◇
あたしの中で記憶が揺れる──
風にたなびく木の葉のように。
地球で過ごした楽しい日々が、遥か遠くに歪んで映る。
手を伸ばしても届かない。目を凝らしても霞んで見える。
やがて記憶は星となり、思い出すことも、思い出される必要もなくなっていく。
忘れたことすら忘れてしまう。
そんな日がいつかきっと来る。
あたしは輝夜ヒカリを忘れない。
──赫奕姫なんて大嫌い。
「おはよ、ヒカリ」
気が付いたらあたしはベッドで眠っていた。
どうやらあのまま意識を失って運びこまれたらしい。
周囲を見渡す。
カーテンで仕切られたベッド、身長計に体重計。
消毒液の匂いが鼻をツンと吐く。
学校の中にある見慣れた保健室の中だった。
あたしの顔を覗き込む美唯子の笑顔は今日も眩しい。
「おはよう。みぃ、あれからどうなったのか教えてくれるかな」
本当は思い出したくもないけれど、現実を受け入れるいいチャンスだと思ったし、現状を把握したかった。
美唯子はしばらく沈黙をみせてから口を開いた。
「信長くんが星盟くんを殺したでしょ? その後も何ごともなく能力付与の時間が続いて、"正解者“とそうでない人でクラス分けがされたの。エリート達は新校舎、ウチらは旧校舎みたいな感じでね」
現実はやはり残酷だった。
星盟くんが死んだのが間違いのない事実なんだと改めて認識したとき、心臓が締め付けられるような感覚を覚えた。
「正解者って?」
「エニグマを殺せるかどうかだねー。答えが考えつかなくて普通の能力をもらった人が半数以上だったから、ヒカリも安心して。正解を出した数人のエリートは、もう戦闘訓練を始めてるらしいよ」
まるで本物の軍隊だ。
戦闘訓練と聞いて、あたしは能力を思いつかないで良かったと胸を撫で下ろした。
クラスの皆んなは突然連れてこられて戦いを強要されて何も思わないのだろうか。
「あたしは、殺すためじゃなくて、人を生き返らせる能力にしようかな。誰かが死ぬのを見たくないし、星盟くんも今ならまだ間に合うかもしれない」
戦うなんて嫌だけど、せめて誰かの役に立つ能力にしたい。
そうなると傷を癒すとか、蘇生なんかが理想なのかな。
「あー、それは無理みたい。クラスの女子にも何人か似たような申請をした子達がいてさー、そこでレオナルドが言ったの。この世界で唯一にして絶対のルールが一つある。
死んだものは生き返らない。まあ、現実世界もそうだったけど、魔法とか特殊能力がある世界くらいでは期待したかったよねぇ」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。
神様とか勇者様とか、本当に実在するなら蘇生なんて簡単にできそうなものだけど、どうやら事情が違うらしい。
「みぃはレオナルドのこと、どう思う?」
一見すると人当たりが良くて、誰かのために頑張っていますって雰囲気を出しているようには思う。
でもレオナルドからは、それとは別の悪意に近い何かを感じる。
「うーん……胡散臭いよね。だってさ、エニグマを殺せる能力をウチらに授けられるくらいなら自分でも倒せるって事だよね。
最初から自分でやればよくない? わざわざ平凡な学生を拉致して、力を試すような事をして何がしたいのって思うよねぇ」
美唯子もあたしと同じ意見を持っていてくれたのが嬉しかった。
確かにその通りだと思う。
彼なら軍人の部下もいるわけだし、その人達に能力を与えるのが筋だと思う。
「ねぇね、それよりさ、私達が戦う敵、見たくなぁい?」
美唯子が目を輝かせながら聞いてくる。
こういう時の美唯子は肯定しか求めていない。
あたしが小さく頷くと、美唯子は微笑み、鞄の中から一枚のDVDを取り出した。
「それ、どうしたの?」
「ヒカリが寝てる間に色々うろついてさ、資料室で見つけたんだ〜。私はもう見たけど、ヒカリも見ようよ!」
ウキウキとしながら保健室のテレビでDVDを再生する。
一体何をこんなに喜んでいるのだろうか。
映像が始まると黒髪の男の子が映し出された。
背は170後半くらい。顔はまぁ、カッコいい……かも?
その男の子が指先から真っ黒な雷を撃ち、背中に羽の生えた天使や悪魔、ペガサスとかドラゴンを薙ぎ払っている。
情け容赦なく、一方的に。少し怖い。
「今映ってるのが私達の討伐対象、叛逆者。
てっきりオジサンかと思ってたけどイケメンでビックリしたぁ。歳も私達とそう変わらないみたいだし、意外だよね!」
ここに来て美唯子の機嫌がいい理由がわかった。
彼の容姿が好みということなのだろう。
親友が浮ついている様子はあまりみていたくない。
「でもなんか悲しそうな顔をしてるね。それにちょっと人を寄せ付けない雰囲気を出してるかな。訳アリって感じしない?」
「男はそれくらいがいいって! ペラペラ話しかけてくるチャラ男より全然いいよね。こんな素敵な人初めて見たなぁ。はぁ〜レオナルドより叛逆者様に捕まりたかったなぁ……カッコいいよぉ」
ペルセウス様と来ましたか。
恋は盲目ってことなのかな。
昔から色恋の話は苦手だ。
気になることも色々とあるし、あたしは甘い空気の中から退散することに決めた。
「あたし、レオナルドと会って話してくる」
「え? 一人で大丈夫? 私達の学校がそのまま施設として使われてるみたいだから、迷うことはないと思うけど……。
レオナルドは多分、校長室にいると思うよ」
映像を食い入るように見ている親友を置いて、あたしは保健室を出た。
時間は午後10時。
人気のない廊下を一人歩く。
棚に飾られたトロフィー、卒業生が寄贈した振子時計、ひび割れた壁や染みの一つ一つまで、完璧に同じだ。
本当にここが異世界なのかと勘繰ってしまうほどにあたし達の校舎は忠実に再現されていた。
しばらく歩くと闇の中、ぼんやりと光る自販機が見える。
目を凝らすと人影が一つ立っているのがわかる。
信長くんだった。
学生服が血に染まったからか着流しに着替えている。
刀もしっかり持っているし、本物の侍みたいだ。
不意に星盟くんが斬り殺された映像がフラッシュバックする。
できれば気づかれたくない。関わりたくない。
抜き足差し足で信長くんの背後をすり抜けられればいいのだけど。
「よぉ、御姫様」
足を一歩踏み出した途端に気付かれてしまう。
自販機を見つめているのに背後のあたしに気づくなんて、彼の背中には目でも付いているのだろうか。
「お姫様じゃない、輝夜です」
「ウルセーよ。なぁ、月の世界ってどうなってんだ。昔から興味あったんだよ。兎でもいるのかよ」
彼はあたしを本物の赫奕姫だと思い込んでいるのだろうか。
それともただ揶揄われているだけなのだろうか。
平然と人を斬る人の思考回路なんて理解したくもない。
「どうして星盟くんを殺したの」
声が震えてしまったが、なんとか言葉にできた。
信長くんはゆっくりと振り返り、あたしの目を見つめる。
「逆に聞くが、なぜ斬り殺しちゃいけねーんだよ、教えてくれよ」
負けたくないから目を逸らさないようにしてるけど、やっぱり怖い。もしかしたら、あたしも斬られてしまうかもしれない。
「それは……法律もあるし、お巡りさんに捕まるから……」
あたしが言うと信長くんは高笑いをあげる。
彼は本当に同級生なのだろうか。
迫力も威圧感もすごくて、すぐにでも逃げ出したい。
「フフ、ハッハッハ! お巡りさんか! お前、頭の中お花畑だな。もしかして馬に乗って現れる王子様とかも信じてるクチかよ」
なんだかものすごくバカにされてる気がする。
いくらなんでもそこまで幼稚ではない。
震える足に無理矢理力を入れて、歩き出す。
「もういいです、さようなら」
立ち去ろうとしたあたしの腕を信長くんが引っ張る。
とても力が強い。脱出するのも、振り払うのも不可能だ。
「待てよ、俺は今まで生きてきて、ずっと抑圧されていた。子供の頃から殺人衝動を堪えて生きてきた。なぜ知りもしない連中が勝手に作ったルールを守って生きなければならない。ずっと不満だった。退屈で窮屈で、気が狂いそうだった。それで、だ。レオナルドの言葉を聞いた時、全てが吹っ切れた。あぁ、俺は生まれ変わる時代を間違えたのだとな」
強い口調で信長くんが言い切った。
彼は自分を侍の生まれ変わりだと信じる異常者だ。
そうとしか考えられない。
「生まれ変わりとか、本当に信じてるの? それに、星盟くんを殺す理由になってない。彼は怖かっただけなのよ」
「それだよ、星盟の目は怯えていた。だから、楽にしてやった。奴にこれから先の困難を乗り越える力はない。言うなれば人助けさ」
「そんな勝手な理屈……」
自分勝手でワガママでどうしようもない男。
これでは星盟くんは浮かばれない。
こんな男を放置していてはいけない。
「お前の目は怯えていない、俺を真っ直ぐ見据える度胸もある。
気に入ったぜ、お前、俺の女になれや」
「……普通に嫌です、お断りします。急いでますから」
求愛の仕方まで最低だ。
多分、揶揄われているだけなのだろうけど、それでも不快で仕方なかった。
「気の強い女だ、余計に気に入った」
「痛ぃ、離してよ!」
「──ホォアタッ!」
視界の外から何かが飛んできた。
その程度にしか認識出来なかった。
突然に腕が自由になる。
あたしの腕を離した信長くんは、刀の鞘で誰かの足を防いでいた。
あたしを救ってくれた存在を確認する。
クラスに何人かいる交換留学生の一人、李・暁竜くんだった。
どうやら飛び蹴りであたしの窮地を救ってくれたらしい。
暁竜くんは学校の内外で武術の神様と呼ばれている。
カンフー、テコンドー、カラテ、その他全てを極めた拳の達人。
信長くんは剣の達人で、あともう一人、うちのクラスにはケ・ン・の達人がいるのだけれど、今はそれどころじゃない。
お礼を言って早く逃げよう。
「よお、中国人、こんな夜分に何のようだ」
「第六天魔王、学友を斬った時点でお前は悪だ。許してはおけない。アマツさえ婦女子にまで手を出すとは貴様、それでも漢か」
「齊天大聖、武術の達人。面白ぇ、斬らせろや」
男子二人がものすごく盛り上がっている。
口出しできる雰囲気ではないけど、お礼だけはしたい。
「あの、暁竜くん。助けてくれてありがとう! あたし、先に行ってもいいかな」
「考えるな、己の意思に従え」
よく意味がわからないけど、逃げていいよってことだと思う。
あたしが駆け出すのと同時に信長くんと暁竜くんの戦いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
校長室前まで全速力で駆けてきたあたしの心臓は、早鐘のようになっていた。
胸が高鳴る理由には、これから得体の知れない相手と対峙するという緊張感も含まれていると思う。
ドアをノックして、意を決してドアノブに手を掛けると、すんなりと扉は開いた。
「──失礼します」
「ごきげんよう。お姫様」
あたしが来るのをわかっていたかのように、悠然とした態度で出迎えるレオナルド。
最初に教室で見たときからわかっていたけど、背がとても高い。2メートル、いや、3メートル近くあるかも知れない。
その上、筋肉質で軍服を着ているから、まるで山が目の前にいるかのような迫力だ。
「あたしは輝夜です。色々と聞きたいことがあって来ました」
「わかっているよ、私は人の心を読めるからね。証拠を見せようか。君は今、ある人物に恋をしているね?」
人間を異世界に連れてきて、能力を与えられるくらいだから、心が読めたとしても不思議ではない。
それでも彼の発言には驚いた。
恋をしている自覚も心当たりもなかったから。
レオナルドはあたしを試しているのだろうか。
「……何を言っているのかわかりません」
「嘘はいけない、親友の手前、心を殺しているが、ビデオで彼の横顔を一目見た瞬間、君は心を奪われた。完璧な一目惚れで、今も彼のことが気になって仕方がない。違うかな?」
レオナルドの発言は見当違いも甚だしい。
やはりあたしを試すか揶揄っている。
【彼】と言われて一人の人物の顔が浮かんだけれど、事実ではないから掻き消した。
心を乱されている。惑わされてはいけない。
意思をしっかりと持ってレオナルドの本質を見抜き、真実が知りたい。
それがあたしの目的なのだから。
「……違います。そんな出鱈目で誤魔化さないでください」
「君は強い子だ。つい応援したくなる。老婆心ながらアドバイスさせてもらうと、彼は非常にモテるし鈍い。ジッと待っていたら誰かに取られてしまうよ。積極的にアタックしなさい」
「勝手に決めつけないで! それにペルセウスを討伐しろというのが貴方の命令なんでしょう? ふざけるのもいい加減にしてください!」
思わず声を荒げてしまい、後悔する。
レオナルドの術中にハマってしまったと理解した時にはもう遅かった。
いやらしい笑顔を浮かべて、反応を愉しむように見つめてくる。
レオナルドの蒼い瞳が、ただただ憎らしかった。
「おや? 確かに私は君が寝ている間に叛逆者を倒せと司令は出したが、君の恋の相手の名前は一言も言っていないはずだが? なぜ、彼だと思ったのかな?」
「それは……誘導されて混乱しただけで……」
何かがオカシイ。そう口にするよう暗示をかけれた?
もしくは恋をしているという偽りの記憶を植え付けられのかもしれない。
何でもありの魔法使いのような男なのだから、その可能性が高い。
「ハハッ! ウブだなぁ。人間は自分の心に嘘はつけないんだよ。……さて、少しは緊張もほぐれただろう? 君の質問に答えようか。私の目的と正体についてだね」
戦う前から敗北してしまった。
彼はあたしが美唯子と資料室の映像を見ていたことも知っているし、本当に心が読めるということを敗北感を突き付ける形で証明して見せた。
全てが見透かされている。
この悪意の塊のような男に勝てるのだろうか。
「ズバリ言うと、私の正体は無であり全てだ。わかるかな?」
気持ちを立て直す前に、畳み掛けるように言葉を投げてくる。
余計に頭が混乱する。気持ちを切り替えなくてはいけない。
「ふざけないで、もっと論理的に説明してください」
「別にふざけてなんかいないさ、人類にも理解できるように言うとなれば、そう、、願い……かな。厳密に言うと少し違うが、とりあえずはそんなモノ程度に考えてくれたらいいよ」
今まで人生を生きて来て、人を見る目もそれなりに培ってきたつもりだった。
でもこの男にはそんなものは通用しないことがわかった。
底が見えないのもそうだけど、人類が相手にしてはいけない存在のように思える。
それこそ、自然災害や超常現象のように、知恵のある人類であれど手の打ちようがない場合もある。
それがレオナルドという存在なんだ。
でもこれだけは直感でわかる。今の願いという発言はウソだ。
願いが人の形をして歩き回るだろうか。
考えるだけでもバカバカしい。そんなことはありえない。
「わかりました。ではそうだと仮定して、エニグマもそれと同じ理屈なんですか」
小馬鹿にされているとわかってもあたしは意地で会話を続ける。
少しでも多く情報を引き出したいから。
恐らくこの思考すら読まれている。
だとしても構わない。
これ以上、学友の死は見たくない。
宇宙の悪意に奪われた日常を取り戻すんだ。
そのために全力を尽くす。
「いやいや、エニグマは私とは真逆の存在だよ。
現実的で、リアルで、人類にとって身近なモノさ。
……フッ、その表情、素晴らしい。人が何かを解き明かそうとする時に見せる顔だな。考えなさい、エニグマは君たちがよく知っているものだから、知恵を絞れば必ず理解できるよ」
獲物をいたぶる嗜虐の目。
何が本当で何が嘘なのか。
その境界線すらわからない。
「もしかして、今まで話して来たこと全てが嘘ですか。
あたしをからかって遊んでるんですね」
「そうかもね。真実を見極めるのはキミ自身だよ。頑張りなさい」
またしても、はぐらかすように言うレオナルド。
まともな対話は成立しないだろうと諦めつつも、やられっぱなしは癪だと思うようになっていた。まだ諦めるわけにはいかない。
「一生に一度でいいから、真面目に話をしてください。あたし達はろくに説明もされないまま、戦って死ぬかも知れないんですよ」
この人には心があるのかさえ疑わしいけど、感情に訴えてみる。少なくとも何もしないよりはマシだと思えた。
「一生に一度……か。
なるほど、ではこうしよう。私がもし死ぬような事があれば、その時は君にだけ、特別に何でも一つ、答えを教えてあげよう。エニグマの正体でも、この世の真理でも、それ以上の存在についてもね、とにかく何でもだ。ほら、人間の儀式をしよう」
スッと小指を出すレオナルド。
指切りげんまん。
今日初めて見せる心からの優しい笑顔。
嘘にまみれていない言葉。
この約束は本物だと確信できた。
今この瞬間、あたしはレオナルドと会話することに成功した。
「なんでだろう……今の貴方はとても人間らしい? 気がします」
「──少し歩こうか。君の二つ目の疑問に答えよう」
レオナルドと並んで夜の校舎を歩く。
ルームプレートに実験室と書かれた部屋に入って電気をつける。
薄気味悪い部屋だった。
怪しげな機械に実験器具。
本や書類があちこちに散らばっている。
そして何よりも目を引いたのが、円柱状の巨大なカプセル。
中には人間のようなものが入っており、青い色をした液体の中にぷかぷかと浮かんでいる。
「ご覧、これは新人類、第一号だ。
完全なる失敗作で、意思を持たない機械人形にしかならなかった。これではエニグマを倒せても本末転倒だから、廃棄することにしたんだ」
レオナルドはカプセルの中を指差し淡々と語る。
話し終えると、今度はあたしの瞳をジッと見つめてくる。
「そして今、私の目の前にいる君が試作品の第二段階。
人類の意思を尊重して、人、本来の強さを引き出すための実験をしている。私の目的はね、君達人類をこの宇宙で唯一にして絶対の存在にすることなのさ。全てを越えるべきは人類なのだから」
レオナルドの表情が悪意のそれに戻っていた。
命を冒涜している。
胃が痛くなるようなストレスと共に憎悪の感情が込み上がる。
「実験って……人の命をなんだと思っているんですか!
貴方に人間味を感じたあたしが馬鹿でした、やはり貴方は最低です」
ありったけの言葉で罵倒しても、レオナルドは意に介さない。
頭でわかっていても口に出さずにはいられなかった。
「平和に犠牲は付き物だからね。なんと言われても構わないさ。
私は今から三年以内に、あと二段階、人類を進化させるつもりでいる。どう進化させるかは君達の活躍次第だ、期待しているよ」
感情のない声で言い、あたしの肩に手を掛ける。
あたしは決意した。
人類が戦うべき相手はエニグマではない。
この男なんだと。
「あたし、希望する能力を決めました。今貰ってもいいですか」
「ほぅ……なるほど、面白いな。やはり君は頭のいい子だ。私は拒まないから口に出して言ってごらん。求めよ、さらば与えられん」
頭の中の思考を読んでレオナルドが邪悪に微笑む。
望むところだ、といった感じなのだろう。
それはあたしだって同じだ。
「貴方を倒せる力が欲しい、貴方を倒すための能力をください」
レオナルドの指先に閃光が宿り、飛び出した光線を受けたあたしの体を光が覆った。
そしてレオナルドは両手を広げ声高らかに叫び出す。
「君は最善の答えを出した! 望み通り、これで君は私すら倒せるこの宇宙で最強の能力者だ! さて、ここからは男同士の話になるからね。おやすみなさい、 赫奕姫──」
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