俺とお前で人類抹殺。新たな刺客は女子高生。
突然暗闇に包まれた10番街の空を不安気に見つめながら、ナビは走っていた。
「ダメな女、主人の言いつけ一つこなせないで何が従者か……」
主人の下へと駆ける道中、ナビは自分を責めていた。
オレに氷駕の治療を頼まれたものの、手の施しようがなかったからだ。
信長に斬り落とされた左腕も、潰された右眼も、考え得るありとあらゆる治療行為を試しても再生しなかった。
本来ならエニグマに治療行為は必要ない。ダメージを受けること自体皆無だし、仮に攻撃が通ったとしてもその場で即、再生するからだ。その事実がナビを余計に困惑させた。
万策尽き途方に暮れていると氷駕に冷たく突き放され、逃げ出すも同然に飛び出してきた。
そのまましばらく走ると地面に倒れているオレを発見し、沈む気持ちを押し殺し、無理矢理に笑顔を作る。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか」
地面に倒れているオレの顔を見つめながらナビが尋ねる。
「ちょっと無理しすぎたかな。指一本も動かない」
「突然夜になりましたけど、これもオレさんがやったのですか」
「ああ、少しでも早く同調を使いこなしたくてね。色々試してる」
オレの返答を聞いたナビが困ったように微笑む。
「少しばかり、急ぎすぎるのではないでしょうか。こんな無茶を続けていたら、力に慣れる前に体が壊れてしまいます」
同調能力は精神に多大な負担がかかる。
人と繋がる程度なら魔法使いが魔力を行使するに等しいが、世界と繋がるとなると話しが違ってくる。
アリシアから同調能力の説明を受けていたナビはオレが無茶な行為をこの後も続けるのではないかと危惧していた。
「……オレには時間がないんだ。それに争いを止められるなら、オレは体が壊れても、死んでも構わない」
「それは私が許しませんから。私はアリシアさんにアナタを支えるよう頼まれました。貴方に仕えることが私の使命なのです。ですから、アナタが死んだら私も死にます」
理屈では通じないと悟ったのか、ナビが心情に訴えるように言葉を投げる。
ナビの迫力に押されオレはしばらく黙り込む。
「それはちょっと困るかな」
「でしたら生きてください。それだけが私の望みですから」
「……善処するよ。それで、氷駕の容態はどうだった」
ナビの表情が一気に曇る。
唇を舐め、逡巡した後、意を決したように口を開いた。
「かろうじて命は繋ぎ止めることができましたが、左腕と右眼は再生不可能でした。それと、これを見てください」
ナビが懐から血に染まった馬手差しを取り出して、オレの目の前に持っていく。
「これは?」
「氷駕さんの右目に突き刺さっていた短刀です。物理攻撃を受けつない私達の肉体を切り裂いたので、何か秘密があるのかと調べてみました」
オレは辛そうな表情をしながらゆっくりと上体を起こし、ナビを見つめる。
「何かわかったのか? これ、普通の刀だよな」
一見するとただの刃物しかみえない物体を、オレはじっくりと眺める。手にとって見てもただの刃物だとおもう以外に何も感じない。
「はい。何の変哲もない刀です。つまり、武器の力ではなく、あの剣士由来の能力で氷駕さんは斬り裂かれたことになります」
レオナルドが新人類と呼んでいた敵。
特徴はエニグマと同じ能力を使い、不死身の肉体を持つ。
それをレオナルドは三年かけて進化させると言っていたのをオレは思い出す。
確かに最初に遭遇した時は知性もなく、ただ目の前の敵を排除するための機械のような存在であった。
それが短時間で他者と意思疎通ができるまでに知性が向上し、自我と個性を持つまでになっていた。
このまま進化を続ければエニグマは負ける。
オレはそんな事を考えていた。
「あいつらは……俺達の模造品だ。クソ忌々しい猿共が……」
ふらつく足取りで、氷駕がやってくる。
左肩口にグルグルに巻きつけてある包帯も、眼帯代わりにしているタオルも見ていられないほどに鮮血にまみれている。
時間が経過したからか、一部はドス黒く変色していた。
「氷駕!? 動いて平気なのかよ」
さながらミイラ男のような様相を呈している氷駕を見てオレが叫んだ。
平気なわけがないのは一目みればわかる。
だと言うのに氷駕は語気を強めて叫び返す。
「貴様こそ何をしている! 早くアイツらをぶち殺さないと世界が終わるぞ。今すぐ殺しにいくんだ、俺とお前で……」
「今はまだ無理だ。アイツらを完全に倒す術がない。冷静になろう、数も多いし、他の仲間にも相談して、な?」
今にも倒れそうにしている氷駕を宥めるように言うが、氷駕の勢いは止まらない。
「違う、元を断つのだ。つまり、これ以上、新人類とかいうふざけた化け物を増やさないためにも、人類を皆殺しにするしかない。完全に抹殺するんだ……宇宙を守るためにな……」
「また氷駕の皆殺し病が始まった。心配しなくていいよ、オレが何とかするから。頼むから安静にしてくれって」
宇宙と同調したツケは大きく、オレもまともに動ける状態ではなかったが、身体に鞭を打ち、無理やり立ち上がり氷駕を支えた。
「お前一人で何ができる! いいか、俺達の中でまともに戦力になるのは1から20番までだ。だが散り散りになって行方すらわからん連中が大半だ。それに加えて不可能殺しとかいうふざけた野郎が勝手気ままに仲間を殺し回ってる。減る一方で増える事はない……比べて人類は星の数ほどいて、時間が経つほどウジャウジャ増えやがる。化け物になる前の今のうちに数を減らすしかないんだよ」
「レオナルドと協定を結んだから、とりあえず三年は平気だ。それまでにオレが人類を解放するよ。さっきの仮面の連中も、レオナルドに利用されてるだけだと思うし。できれば争いたくないんだ」
「何を悠長に構えてやがる……奴らは現時点で俺より強いんだぞ。三年も待っていて、もしお前の計画が失敗したらどうなる。誰も奴等を止められなくなる……んだぞ、──くっ」
ついに氷駕の身体が崩れ落ち、腕に力の入らないオレ諸共地面に倒れ込んだ。
氷駕はそのまま意識を失った。
「死にかけてるのに興奮するからだよ。無理しないでくれ……」
「オレさんもです。しばらくは戦わずに休んでください。いいですね?」
ナビに強い口調で言われ、オレは反論もせずに頷いた。
「あの……今の話は本当…………ですか?」
可愛らしい声が聞こえた方に目をやり、オレは仰天する。
仮面を付けた少女が一人、立っている。
セーラー服にミニスカートの女子高生、に見える新人類だった。
「マジかよ、今は戦える状況じゃないぞ……」
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