ソレ
「コンコーン!」
アレがオレを部屋へ送り届けてからしばらく経った頃。軽妙なリズムで扉が叩かれ、返事もまたずに中へと人が入ってくる。
「お前、さっきの少年……何しにきた」
現れたのは闇の世界でアレと激闘を繰り広げた少年だった。
少年はオレに笑顔を向け、楽しそうに語り出す。
「そんな嫌そうな顔しないでよ! 僕達もっとお互いを知るべきじゃかいかな? 僕ならきっと君の役に立てると思うよ!」
「いいから目的を言え」
「大丈夫、敵意はないよ。さっきは邪魔が入ったからね。お話の続きに来たんだよ、お兄さん」
「面倒はごめんだ、出て行ってくれ」
少年はオレの唇に指を当てて、静かにしてとジェスチャーをする。オレが従うと少年は可愛げにウィンクしてみせた。
「一応この空間に細工はしてきたけど、あんまり大きな声を出すと彼女に気づかれちゃうよ? そのほうが僕は面倒だと思うな?」
「……目的はなんだ」
「怖い顔しないで、少なくとも僕はオレくんの事、好きなんだからさっ!」
胸に飛び込んできた少年の勢いに押され、バタリとベッドの上に倒れ込んでしまう。少年はオレの腹の上で無邪気に笑っているが、どこか中性的で、見様によっては少女のようにも映る少年の笑顔に、オレは″不覚″にも胸がトキメイてしまう。
「ドキッとした? 僕のこと可愛いと思ったんでしょ? もー、オレは可愛いなー」
「ふざけるな!」
好きと言われても素直には喜べない。
元々この少年は得体が知れないし、闇の世界でアレが酷く嫌悪感を抱いていたように感じる。
オレは警戒するに越したことはないという結論に至る。
「ごめんごめん、冗談だって! でもこれは本気、僕の力を分けてあげるよ。だからさ、僕とも契約しようよ」
藪から棒に飛び出した【契約】という単語に、一瞬理解が追いつかないが、これ以上面倒事はごめんだと少年を突っぱねる。
「オレには必要ないし、力をもらう理由がない。丁重にお断りする」
「つれないなー! ずっと見てたからわかるけど、いくら体を鍛えたって言っても、お兄さんは普通の人間なんだよ? この先多分、どうしても乗り越えられない壁が出てくると思う。その時だけでもいいから僕を信じて力を使ってほしいな!
大丈夫、見返りなんて求めないよ! 僕の全てを君にあげたいんだ」
この少年はとても押しが強い。
受け入れない限り帰ってくれそうにもないと結論を出し、オレは渋々口を開く。
「契約すると言ったら、すぐにでも消えてくれるか? もしアレが現れたらこの部屋が戦場になってしまう。それは避けたい」
「やたっ! じゃあ契約成立だね!」
少年は満面の笑顔で、オレの唇に自身の唇を軽く当てた。
大人の真似事のような児戯に等しいキス。
そんな行為に反応してゴシゴシと口を拭いてしまうオレも精神レベル的には少年と同程度であろうか。
「なっ!? 何をするんだ! アレはこんな事しなかったぞ」
「ごめんね、してみたかっただけ。もしかして……初めてだった? だとしたら嬉しいな!」
少年は悪びれる様子もなく、舌を出し悪戯な笑みを浮かべる。
「でも契約はちゃんと完了したよ。
これでお兄さんは彼女と僕、二人と契約したことになるね。ふふっ、彼女はどうでるかな……楽しみ楽しみ」
「用がすんだらさっさと帰れ! じゃあな少年。もう二度と会わない事を願っている」
「少年少年って、僕一度でも自分が男だって言ったかなぁ……」
「は?」
「あっ! 赤くなってる! んふふ……僕は男と女、どっちでしょうね〜」
「このガキ! 人をおちょくるのもいい加減に……」
「……ソレ」
「ん?」
「アレとかオレとか楽しそうだから、僕のことはソレって呼んでよ。じゃーねーお兄さん。また来るねー」
それだけ言うとソレはアレと同様、空間の裂け目に姿を消した。
「──ッ二度と来るなぁーッ!」