誰を殺すかはオレが決める。第二フロアの悪夢。
階段を上り2階のフロアにでると、またしても現実的で馴染みの深いオフィスフロアのような光景が目に飛び込んでくる。
白い机に、キャスターの付いた椅子。
ホワイトボードにカラーコピー機。
とても超空間の狭間に聳える塔の内部とは思えない。
オレとナビが周囲の様子を伺っていると、全体的にくたびれた姿の中年男性が、息せき切って走ってくるのが見えた。
男性に襟元を掴まれるも、オレは戦闘体勢をとらない。
殺意が感じられなかったし、意味もなくただ殺すという行為はしたくなかった。
「きっ、君と同じ一生命として懇願する。我々に逃げる権利を与えてくれ。私は警備課の課長なだけで、戦えるわけではないんだ。外での様子も、一階での出来事も、全てモニターで見ていた。君達は人類が手を出してはいけない存在だと理解した。私には家族がいる。だから、頼む……殺さないで……」
額に汗を浮かべ、目には涙を溜めながら、男性が必死の想いをオレに伝える。
その様子を彼の部下達であろう屈強な男達が半笑いで見ていた。
(全員殺せ、情けは捨てろ)
オレの頭の中で氷駕の声がコダマする。
(人類につくか、我々の仲間となるか、中途半端は許さん)
「うるせえ! 誰を殺すかはオレが決める。オレは殺人マシンじゃない! 化け物でも感情があって生きてんだよ!」
頭の中を反響する声を掻き消すようにオレは叫んだ。
中年男性はオレの突然の激昂に目を白黒させている。
「いいよ、アンタは逃げなよ。家族のためにも元気で生きてくれ。ナビさん、このオッちゃんを自宅まで送ってやってくれ。その間に残りを片付けとくから」
「了解しました! それでは私の手を取って、帰りたい場所を強く意識してくださいね」
中年男性はオレに何度も何度も頭を下げると、ナビの手を取り、家族が待つ我が家へと帰っていった。
「あーあ、あのオッサン、職務放棄して逃げやがった。せっかくの出世のチャンスを逃すなんて馬鹿だねー!」
「レオナルド様に報告してあのオヤジは一家諸共、ぶち殺さないとな」
「おいガキ、生きたままバラバラにしてやるぜ」
品のない野次が次々に飛ぶ。
なんともわかりやすい輩の言動。オレにはそれが嬉しかった。
「やっぱ、敵はお前等みたいなのがいいな。なんの躊躇いもなく殺せるから、──なっ!」
フロアの中を雷が駆ける。
殺意を剥き出しにしていた男の腕を掴み、力任せに強引に捻じ切る。フロア全体に獣のような男の断末魔が響き渡り、綺麗な鮮血の華が咲く。
血の雨が開戦の合図となった。
仲間の死を目にした男達が次々に襲いかかる。
今までの怒りや迷いを晴らすかのようにオレは暴れる。
軽く腕を振るだけで頭部をぶち抜き、脳漿を撒き散らしながら敵が死ぬ。
蹴りを入れれば刃物のような鋭さで、筋肉質な男の体を両断できる。
雷すら必要ない。
できるだけ惨たらしく凄惨に。
刃向かう気力すら起きなくなるまで、強烈な悪夢を敵に植え付ける。そのために、手段は選ばない。
「捕まえたぜ、ガキぃ!」
オレの頭部を鷲掴みにして、敵の一人がしたり顔を見せる。
握力に自身があるのか、男は勝利を確信した様子で、熊のように大きな手の平に力を入れる。
ジュウジュウと音がした。骨の軋むミシミシという音ではない。
肉が焼けているような香ばしい匂いが風に乗ってフロアに漂う。
「お前さ、電熱って知ってるか?」
「あぁ? てめえ、何を……ギェアっ!? 俺の手がぁアアァあ!」
気づいた時にはすでに遅かった。
オレは雷撃を熱エネルギーに変換し、顔の周りに集めていた。
それは素手で溶鉱炉の中に手を入れる行為に等しい。
男の手の平の肉は溶解し、骨が剥き出しになっている。
手首の先から生えている白骨を見つめ、狂ったかのように踊っている男の頭部をオレが掴む。
「オレもさ、自分でどうしたらいいか、わからなくなってきた。何が正義で、何が悪なのか。教えてくれよ。オレはどうすればいい? ダメだ、また弱音を吐いてる。覚悟したはずなのに……」
男の顔面が焼け爛れ、肉がみるみると禿げていく。
まるで塗装を落とすように。電熱を利用し無理矢理に。
それを数秒も続けると床には出来立てのシャレコウベが一つ、転がっていた。
「まだ来るのか……これだけやっても。何で死に急ぐ。生命なんてバカだ。勝てないとわかって、戦いを挑んで……」
扉を開いて新たに現れた強化装甲を身に纏った男達がオレを囲う。
「一階の連中がシコシコ作っていた究極耐電装甲だ。これでお前の雷も怖くないぜ、やってみな!」
オレが投げやりに雷を放つと耐電装甲はその役割を果たし、雷撃を本当に霧散させた。
男達は歓喜の雄叫びを上げる。
「やぁぁったぜぇぇぇイッ!」
「これでお前の死が確定しました! 死ぬ前に遺言はあるかな?」
「これで昇進だな! 金、女、酒! ヒャッホーイ!!」
男達はポキポキと指を鳴らしながらオレを威嚇し、もう勝った気にでもなっているのか、ハイタッチまで交わしていた。
男達の態度に苛立ちを覚えたオレは軽く舌打ちをする。
「お前等さ、人間の体内にも電気が多少流れてるって知ってるか」
「はぁ? だったらどうした」
「それをオレが操れるって言ったら、どうする? だとしたら、装甲なんて関係ないよな」
「てめぇ、この期に及んで何を……大人しく死んどきゃいいんだよ」
男達の体内で血液が沸騰する。
異変を感じた男達が眼球が飛び出しそうになるのを必死に両手で押さえ込んでいる。
ゆっくりと少しづつ、体が膨張していく。
体の中で何かが暴れ回っているように皮膚が脈動している。
「やめで……ぐるじぃよ、、弾けちまうょ……ぉ」
「……BANG!」
オレが指を鳴らすと、男達の体は全員同時に装甲の内側から炸裂した。
不快な破裂音と共に第二フロアの悪夢は終了した。
生存者はいない。
死屍累々。
嘆息をする男が一人。
「オレさん!」
帰ってきたナビが、オフィスの椅子に腰掛けていたオレを見つめてニッコリと微笑む。
「あぁ、おかえり」
「お疲れですか?」
少し疲れた様子のオレを見て、ナビが心配そうな顔を見せる。
「少しね。疲労よりも心労が酷いかな。決心が鈍る」
「平和のための犠牲、ですね」
「そう。世界のためにやってるつもりだったけど、結局オレがやってるのは殺戮なんだよな。強く、なりすぎたかもしれない」
自然とオレはナビに心中を吐露していた。
ナビは明るい顔のまま、オレの隣の椅子に腰掛ける。
「先程の男性、本当に感謝していました。救われている者も必ずいます。今まで倒してきたレオナルドの傭兵も、放置していたら何の罪もない人を襲っていたかもしれません。だから自分を攻めないで、前向きに前向きに考えましょう。それにオレさんが諦めたら、10番街の人々は誰が救うのですか」
「……ナビさんの言う通りだな。今まで皆んなが上から目線であーしろ、こーしろ、オレの意思なんて関係ないみたいにさ、まるでオレは操り人形。これじゃネガティブにもなるよ。前向きに、か。オレは決めた。自分のやりたいようにやる。誰にも縛られたくはないから。その上で全員救って、守ってみせる」
「その意気ですよ! それと朗報です。この塔にいた戦力は今までの騒ぎで全員逃げ出したようです。もぬけの殻の今がチャンスです。一気に10番のもとへと急ぎましょう!」
「そう……なのか。そういえば10番って元人間だったんだよな? オレと同じ境遇の男か。なんだか会うのが楽しみになってきた!」
オレはこれまでで一番の笑顔を見せる。
それを見てナビも小さく微笑みを返した。




