オレがお前を追う理由。第三の男。
10番街へと帰還した四人は、口には出さないものの、各々がその違和感に気がついていた。
世界が呼吸をしていない。生命の躍動を感じない。
まるで、作り物の世界。 ──空の空間。
「なんじゃ、気持ちが悪いの。妾達以外の生命、いや、世界が死んでいるようじゃ」
曄が呟くとナビが険しい表情で周囲を見渡し、何かを求めるように高く、高く、天へと飛翔していく。
「やはり、世界の時が止まっていますね。先程までは普通だったのに……こんなことができるのは…………」
「……アレスティラ」
上空に留まるナビを見つめ、オレがポツリと囁く。
なんの気なしに出た言葉ではない。直感めいた予感があった。
彼女が世界にいる。オレはそう感じ取っていた。
「……ッ!? 警戒しろ、何かが起きるぞ」
緊張の声音でカズキが叫ぶ。
直後、全員の視界が暗転した。
強制的に、世界の彩が塗り替えられる。
青い空が、緑の木々が、美しい水面が、その様相を変えていく。
「なんだ……これ」
眼前に突然広がった風景に、オレが息を飲む。
空は重たい鉛色。
遠方に見えるのは朽ちた都市。
吐き気を催しそうになる水銀の海。
機械仕掛けの太陽が異様に輝き、場に合わない黄昏の情景を創り出す。
空を埋め尽くすほどの歯車が、規則正しく、時に逆回転しながらも、一定の間隔で廻り続ける。
自然でいて不自然。
暖かく、冷たい。
生きているのに死んでいる世界。
存在するのに存在しない光景。
「悪趣味な……まるでエニグマそのものを象徴するような……」
曄が言い掛けて、しまったと口を噤む。オレもカズキもナビも、エニグマなのだから。
『──お久しぶりですね。同胞の皆さん』
機械仕掛けの太陽の中心に立つ少女が声を出した。
全員が目をこらして声がする方を見つめる。
涙が出そうになるほどに美しい黄昏を背に喋る少女は、この世のものとは思えぬほどに可憐で気品に満ちていた。
『オレさん、貴方はやはりあの場で盤上から外れるべきでした。貴方を巻き込みたくないから封印したのに、それすら破って行動するとは。やはり貴方は強い人です。ワタシがこの世で唯一認めた存在。ですが、もう本当に消えてください。これ以上、ワタシを惑わせないで。一人で戦うと決めた決意が、揺らいでしまうから』
金髪紅眼の少女が、憂いと憤りの言葉をぶつける。
全員に向けたものでない。ただ一人の、特別な男性に向けての言葉。
「アレスティラッ!」
オレが雷を操り、飛び上がる。
彼女の顔を見た瞬間、考えることを放棄した。
世界を救うのも、アレスティラを止めるというのも、オレの中では絶対に守るべき信念で、その覚悟もできている。だが、今飛び出しいていくのはそれとは別の特別な感情。色恋沙汰に鈍い男がようやく気づいた思いの表れ。
「こっ、これ、どこにいくか! 危険じゃ!」
太陽に向かって一直線に飛んでいくオレを曄が静止しようとするが時すでに遅し。
アレスティラが右手を翳し、飛来するオレを撃墜するために魔力を集める。が、できない。
『オレ……さん』
アレスティラの細腕を力強く、オレが掴む。
彼女なら、容易に振りほどくこともできるだろう。
今この場でオレを抹殺することすら可能だろう。
だが彼女の紅く輝く瞳を真っ直ぐに見つめる、オレの熱い眼差しを見つめ返すと決意が揺らぐ。脳が蕩けていくように感じる。
「アレ……聞いてくれ、何をしていても、いつも頭の片隅でアレスティラの事を考えていた。今思えば、初めて会ったあの日から、オレはお前に惹かれていた。アレはオレの人生を変えてくれた特別な人だ。世界を敵に回してもいい、化け物になってもいい……できれば人間がいいけどな。アレがオレを嫌いじゃないなら、オレはどこまでだってお前を追い続ける。オレは絶対に諦めない」
アレスティラの華奢な体をオレが熱く抱擁する。
時間が止まった世界の中で、永遠のような刻が流れる。
「あぁ、若いの。青春じゃの。これにて一件落着か」
「まるで意味が分からん。なぜオレくんが5番と抱き合っているのだ。仇同士ではなかったのか」
「ほんと、イノシシ馬鹿。あんた、そんなんじゃ一生結婚できないから。でも素敵ね、私も誰かから愛を囁かれたいものだわ」
曄がニヤつき、カズキが驚き、ナビが落ち込む。
「この展開はいけない、いけないよなぁ。それだと少しばかり都合が悪いんだなぁ、コレが」
優しさに包まれかけていた世界にノイズが混じる。
凶兆を運ぶ足音。世界を乱す邪悪な声音。
人類でもエニグマでもない、第三の男。
やって来たのは調停者総帥、レオナルド・オムニ・エンド。
「アレスティラくん、君がこの世界に来た本来の目的は?」
『……帰還しない3番の代わりに10番を連れ帰ること』
「だったらそれをさっさと遂行しねぇかぁッ! そういう協定だろうがクソがァ、本来の計画を忘れて、惚れた男に愛を囁かれたくらいで簡単にメッキ剥がしやガッてよぉ、我々は自己完結できる至高の存在だろうが、愛なんてもんは犬にでも食わしちまえ、使えない駒だぜ。……ふひ、おっといけない。紳士は優雅にスマートに、私は総帥なのだから」
レオナルドの言葉を反芻し、逡巡し、アレスティラはそっとオレの体を突き放す。
『オレさん、ごめんなさい。やはり、永遠にさよならです。ワタシは貴方が思うような女ではありません。巻き込んでしまってごめんなさい』
「アレ、大丈夫だ。オレ達の全てに何か理由があるんだろ? 必ず最後は上手くいくから。地球の、特に日本の男は一途で絶対に諦めたりなんかしない。一つだけ聞かせてくれ、オレが化け物になったのは、アレのせいじゃないよな?」
『……ワタシは、……好きな人にそんこなこと、しません』
か細い声で遠慮がちに話すアレの顔をじっと見つめる。
嘘を言っている目ではない。最初からわかっていたことだった。
「あぁ、だよな。少しでも疑ってたオレが馬鹿だった。でもこれで十分だ。これでなんの気兼ねなしに戦える。全てが終わったら、ゆっくり話そう。その時は、真相を教えてくれ」
名残り惜しく思う気持ちを押し殺し、オレがアレスティラを見送るとアレは空間を引き裂き何処かへと消えていった。
「やっと自分の気持ちに気がついたのに、オレ達はずっとすれ違いだな。……カズキさん、あれが36番のレニーなのか?」
オレが尋ねるとカズキは深く嘆息する。
「いいや、オレくん、あんな奴は見たこともない。恐ろしいことに、我々の仲間ですらない。完全に別のナニかだ」
不思議と驚くことはなかった。
むしろ、そうでないと納得できない。
それほどまでにレオナルドという存在は異質だった。
オレは考える。彼の放つ言葉は全てが虚偽であり真実。概念を強制的に塗り替える力を有しているのではないかと。それが例え自身という存在でさえも、彼が創り出した何かなのかもしれない。
「さてさて、私も私の目的を遂行しようかなと。前回の伝令で世界の半分は君達を悪だと思い込んだ、最初はそれでいい、人々の心に不安の種を撒いた状態だからね。興味深いことに、生き物は一度心に疑念が生じると、それを払拭するのは絶対に不可能らしい」
レオナルドがゆっくりとオレと曄を指差す。
カズキとナビは眼中にないようで、視界に留めてすらいない。
「君達にはここで完全に世界のための必要悪になってもらおうか。残りの半分を手なづけてしまえば、世界を手中に収めたも同然。色々とやりやすくなるし、我々、調停者は完全な存在となる。悪華なしには正義が生まれないからねぇ、オレくぅん?」
好き放題にいわれたオレは怒りに燃えていた。全身に雷光を纏い、天が呼応し、雷鳴が鳴り響く。
オレがそっとカズキに目配せすると、腹が立っていたのは同じだったようで、紅蓮の闘気が大気を震わせ、灼熱の炎が辺り一面を焼き払い、大地を侵食していく。
「すごい力じゃ、天変地異か、まるで世界が怒っておるようじゃな。ナビ、我々は時が止まった住民がどうなったか見に行こうぞ」
「そうですね。私には彼等ほどの戦闘力はありませんし、5番が向かった先にいる10番の様子も気になります。行きましょう」
ナビと曄が立ち去ったのを確認し、オレとカズキが能力を全開に解放する。
「カズキさん、やろう。骨の髄まで焦がしてやろうぜ」
「あぁ、燃えるぜ、焼き尽くしてやる」
雷が天を裂き、獄炎が大地を穿つ。
炎雷が共鳴し、破滅の閃光が世界を照らす。




