全世界共通の敵オレは不可能殺し。そんな君を私は喰べたい。
ズッシーン!!
机と椅子しかない簡素な部屋に、それは落ちてきた。
室内だというのに空から降ってきた二人組の男女は、勢いよく立ち上がると途端に口論を始めた。
「いったぁ! 女性はもう少し丁寧に扱わぬか、うつけ者!」
「悪かったよ、この技使うのは初めてだから、加減できないんだ」
豪奢な椅子に腰掛け、書類に目を通していた軍服姿の男性は、異常な出来事にも眉ひとつ動かさず、落ち着き払った態度で尋ねる。
「今の転移術は、エニグマの技だな。君は何番か」
「………………」
「こっ、これは総帥殿、お見苦しいところをお見せしました。この者はエニグマですが、少しばかりワケありで……その、まだ人間なのです」
オレが黙っているのをみて、曄が代わりに回答する。
「それは一目みたときからわかっていた。自己紹介から始めようか、私は調停者の総帥、レオナルドだ。気軽にレオかレニーとでも呼んでくれ」
「…………」
「こっ、これ、何をしておる、頭を下げぬか」
無言を貫くオレの頭部を押さえ、曄が無理矢理に頭を下げようとするが、オレは頑として動かない。
「どうやら、ご機嫌ななめのようだな。曄くん、ここに来た目的な何かな」
「はい、この者はエニグマになることが本意にあらず、人間に戻りたいと申しますので、何か方法はないかと尋ねに参りました。エニグマから人々を救済するのが我々の使命ですから」
曄が言い終えると男は椅子から立ち上がり、二人の側まで歩いて来ると、オレの顔に手を当て、品定めでもするかのように瞳を見つめる。
「この場所には特別な結界が張ってある。並のエニグマはもちろん、高位の存在にも立ち入ることはできない。君は何者だ」
「オレにさわるなっ!」
レオナルドの手を、オレは乱暴に振り払う。
それを見て曄が焦りの表情を浮かべる。
思えばこの場所に来てからオレの様子がおかしかった。
愛想が良いほうではないが、ここまで不躾な男ではなかった。
どうしていいかわからず、黙っていると、今度はオレが曄に尋ねる。
「曄、こいつが、エニグマを滅ぼすための組織のリーダーで、こいつを慕っている仲間がたくさんいるんだろ?」
「そうじゃ、憎きエニグマに星を消された多くの仲間を救い、養い、寝る間も惜しんで日夜、戦いを続けておる。このお方は世界の救世主であり、未来の希望、お主も心を開いて救いを求めるのじゃ」
「曄、君達は騙されている。どうしてエニグマを滅ぼそうとしているのにエニグマに従うんだよ」
曄の目が点になる。
オレの言った言葉が理解できずに、思考が停止する。
「お主、何を……」
曄が搾り出すように言葉を放つと、それを隣で見ていたレオナルドが顔を両手で覆いしゃがみ込み、しばらくすると堰を切ったように笑い出した。
「ハッハッハッハ! これは愉快だ、笑いが止まらん。やはり同じモノどうしだな、匂いを隠していたが、バレてしまうか」
「お前の目的は何だ」
男の態度に憎しみしか浮かばない。
オレが強く睨みつけるが、レオナルドは目に涙を浮かべて笑い続けている。
「ふっ、ひひっ、私はエニグマを喰べるエニグマなのさ。初めは人間だった、しかし、ある日エニグマを喰べて化け物になった。そして奴らを喰べるほどにランクを上げ、今に至る。最終的には1番を食べてゼロになる。この組織は効率的にエニグマを捕獲するための狩場。ここで働くものは全て私の道具に過ぎない」
「ゼロとはなんだ、お前が目的を達成したとき、お前を慕っている者達はどうなる」
「君は新人だからまだ理解していないだろうが、世界も異世界も宇宙も銀河も、我々がいるから成立している。つまり、エニグマが死ぬたびに世界は破滅への道を一歩ずつ進んでいることになるのだ。そんなことも知らずに毎日一生懸命働いている奴らが最後はどうなるかって? 全員ゴミみたいに死ぬのさ、消えてなくなってな!」
こわれた人形のように泣き笑いでレオナルドが喋り続ける。
「曄、逃げるぞ。状況が悪すぎる。こいつは本物の異常者だ」
「しっ、しかし……」
曄は悩んでいた。
今まで慕ってきた人間の真意を知り、咄嗟には判断がつかず、答えを出せないでいる。
曄が葛藤している姿を見て、レオナルドはさらに狂ったかのような嘲笑をあげる。
「この後に及んでまだ迷っているのかい? 大した忠誠心だ。しかし、曄くん、君は彼を連れてきてしまった。私の計画が大きく狂ってしまった。君はもういらない、彼と君は全世界共通の敵になってもらう。罪名はそうだなぁ、エニグマ側には不可能殺しとその共犯者、人類側には世界を消し去る3番の正体とその信奉者、とでもしようか」
「お前、真性のクズだな」
「その通り。仲間を喰っているうちに頭のネジはとうに消えたよ」
レオナルドが指を鳴らすと、小さな波紋が宇宙を駆け抜け、友人に手紙を送るかのような気軽さで、全宇宙の生きとし生けるもの全てにその伝令は伝わった。
オレは不可能殺しで破壊神。世界を滅ぼす絶対悪。
死にたくなければ抗いたまえ。
「これで全宇宙中に君達の悪名が轟いた。オレくん、君は今日から不可能殺しだ。それと、早く覚醒してくれよ? 私は君を喰べたい。特別で、純粋で、究極の君を、早く喰べてしまいたい……楽しみだぁ……」
迸る雷光。
怒りの頂点に達したオレが漆黒の閃光でレオナルドの頭部を吹き飛ばすも、次の瞬間には再生した顔で憎らしげな微笑みを見せる。
それを見て曄は自身が信じていた存在が憎むべき敵だと、ようやく理解し、腹を括る。
「曄、オレのせいで巻き込んでごめん。どうやら史上最大の悪役になったみたいだ。まぁ、オレは気にしないけどな! 憎まれても、嫌われても、信じた事を貫く。オレは絶対に諦めない」
「ええい、もうよい! 妾も吹っ切れたわ! こうなったら全世界を敵に回そうが己が正義を貫くぞ。世界に平和をもたらすために」
レオナルドが笑いながら拍手を数回。どこまでも人をおちょくるのが上手い男だった。
「ほれ、早く逃げろよ。警備を呼んだ、罪もない人間を殺したくないだろ? 不可能殺しのオレくん?」
両手を広げて、人を小馬鹿にした態度でレオナルドが挑発する。
オレは戦闘を続行しようかとも考えたが、扉の外から複数の足音が近づいて来るのを察知し、苦渋の思いで撤退の判断をする。
「くっ、曄、手を取れ、悔しいがとりあえず離脱だ」
空間を切り裂き、曄とオレは転移していった。
レオナルドはコメカミに指を当て仲間への連絡のため、思念を飛ばす。
「あー、17番か、久しぶりだね、レニーだよ。大変な事になったよ。既に連絡はいってると思うけど、例の不可能殺しが10番街に向かっている。私も援軍を送るから、持ち堪えてくれ。大切な仲間を失いたくないんだ、うん、それじゃ、またね、10番によろしく。 ──ふふっ、エニグマで調停者総帥、忙しいけど充実してるね。私は悪魔で正義のヒーロー。いゃあ、人気者って楽しいなぁ!!!」




