無からの脱出。そして死がやって来る。
存在の墓場からの脱出方法が見つからず、オレと曄は途方に暮れていた。
状況を打破しようとオレは自身の能力について考えている。
戦闘の要、ジェイドから譲り受けた雷撃の力。
イマイチ信用ならない欠陥がある半不死性。
気がつくと行使できるようになっていた3番の破壊と創造の力。
どれも脱出には向かない能力だった。
しかし、まだ試していない能力がある。先程、目が覚めると新たに使えるようになっていた次空間移動能力。
アレやソレが利用しているのをさんざ見てきた、空間を引き裂き、次元を捻じ曲げ、思いのままに世界を渡り歩ける能力である。
この能力を曄に明かすかどうか、オレは思案を重ねる。
彼女はエニグマを憎んでいる。その仇敵とも言える存在の能力で窮地を切り抜けることを許してくれるのだろうか。
オレがそんなことを考えていると、銀髪の少女が顔を覗き込み、気軽な声音で話しかけてくる。
「なんじゃ、浮かない顔をして、腹でも下したか。……冗談はさておき、何か迷いがあれば遠慮なく言うが良い。これでも数千年は生きておる、年の功では誰にも負けぬからな」
曄の気遣いに気の迷いが幾らか晴れたオレは、自身の能力について明かすことを決心した。
「えーと、もしかすると、脱出できる……かも」
オレが言うと曄は顔をパッと明るくする。
「なんと! それは真か! して、どんな方法か」
「さっき、覚醒が進んでるって言ったろ? それで、また奴らの能力が使えるようになった。多分、頭で思い描いた場所にどこでも行けて、存在が消えるここでも使える。能力制限の影響を受けない。反則級の技だよ」
咎められかもしれないと、曄の反応が怖かった。
次々と新能力が使えるようになるのはありがたかったが、それは確実に人間離れしている証拠でもある。
人間に戻りたいと言った手前、人外の力に頼るのも心苦しい。
オレが祈るような気持ちで返答を待っていると、曄は淡々とした口調で答える。
「よし、では脱出じゃ。行き先は本当に自由なのじゃな」
余りにあっさりした曄の言葉に、思わず面食らう。
「さすがに行ったこともない、完全当てずっぽうは無理だろうけど、知っている場所なら大丈夫だと思う。あの、怒ってない?」
オレが恐る恐るといった感じで尋ねると、曄は明るく微笑む。
「お主が何を心配しているかは知らぬが、利用できるものは、なんであろうと使っておけ、臨機応変に立ち回れなければ生き残ることはできぬ。世の理じゃ」
「……脱出できれば、人間に戻れるかも知れないって言ったよな。疑うわけじゃないけど、そんなこと、本当にできるのか?」
「お主、獅子の群れの中に飛び込む勇気はあるか?」
「え?」
曄の突飛な発言に、オレが間の抜けた声で返した。
何かの暗喩だとは理解していたが、さすがに今のを即答できる者はいないだろう。
「今から妾が所属する機関の長に会いに行こうと考えておる。彼ならばきっと、お主を人間に戻す方法を知っていると確信しておる。しかし、機関に属する者は、皆一様にエニグマを憎んでおる。お主が半分は人間だと説明しても、そのことを理解し、尊重してくれるかはわからぬ。その上で敢えて敵陣突入する度胸があるのか、今一度、問いたい」
答えは決まっていた。
オレは決意に満ちた表情で曄を見据える。
「行くよ。可能性が少しでもあるなら、何でも試したい」
「脅かすようなことを言ったが、心配は無用じゃ、お主が助かるよう妾も尽力する」
オレが頷き、腕を真一文字に薙ぐと、空間が炸裂し、直後に裂けた。
空気中に広がる穴が徐々に大きくなっていき、やがて闇となる。
灰色の世界にポッカリと浮かぶ闇の中には宇宙が広がっている。
身を乗り出せば、そのまま永遠の闇の中に引き摺り込まれてしまうではないかと錯覚するほどの引力に魂が惹かれる。
「不思議じゃ、怖くない。むしろ、心の安寧を覚える。これは、エニグマの世界か?」
曄が囁くとオレは真っ直ぐな視線で答える。
「3番が言っていた、オレ達は生き物にとって何よりも近しい存在。この空間もきっと、生命の起源に直結している、永遠。あと少しで、オレは理解できそうだ。あと少しで……」
曄が闇の中に手を翳す。そのまま身を委ねてしまいそうになる。
懐かしく、そして心地よい。母の胎内にいるかのような、絶対的な安らぎと安心感が存在している。
「オレの手を握って、行きたい場所を頭に思い描いてくれ」
「把握した。直接、長の場所まで行く。面倒は御免だからの」
曄がオレの手を取る。
妖狐が頭に浮かべた場所を感知し、オレが行き先を定める。
そしてそのまま闇の中へと一気に飛び込み、二人は存在の墓場から離脱した。
◇ ◇ ◇ ◇
29番のナビが崩壊寸前の自身の世界を眺めている。
隣には長身男性、昔馴染みの17番が腕を組んで立っている。
短いスパンで色々とありすぎたことと、大会進行の激務が重なり、精神的にも不安定になっていたナビが相談も兼ねて、対等な立場の話し合い手を呼び出したのだ。
17番は特異な仲間達の中でも唯一と言っていい程に裏表がなく、直情的で思い込みが激しく、扱いやすい。
よく言えば英雄気質の熱血漢。悪く言えば単細胞。ナビはそんな17番を昔から信頼していた。
「これを、やったって? 半人間が? ありえないな」
「そうよね、でも事実だから。私も何がなんだかわからないのよ」
17番が異空間の穴の空いた天井を指差して言うと、ナビは職務遂行中の口調ではなく、普段通りの語り口で話し、深く嘆息する。
物理的に破壊不可能の特異空間を、オレは焼き、破壊した。
それは天地がひっくり返ろうとありえない事だった。
「ねぇ、無意識にわけのわからない言葉を口走った事はある? 例えば、──消えてしまう、とか」
俯きながら喋るナビを、横目でチラリと見やり、17番は語る。
「ないな。第一、俺もお前も絶対に消えたりしない。疲れているんだ、気にするな」
「じゃあ、5番と6番について、何か知ってるかな」
「5番に6番? 雲の上の存在だな。あまりいい噂は聞かない。ここ最近、10番より上の間でトラブルが続いているらしい。下手をすればこの世界が銀河ごと消失するというような話も聞いた。銀河が崩壊しても、我々には支障はない、だが、懸命に生きている普通の生き物の未来はどうなる。そんなこと、許されるはずがない」
熱く語る17番の隣で、ナビは遠い目をする。
「いつの間にかそんなことになってたんだ。仕事ばっかで、知らなかったな。オレさんなら、なんとかしてくれる……かな」
「オレ? この空間を壊した男か。たしかに破天荒ではあるな」
「そうなの。それに、何故か期待してしまう。貴方も会えばわかる。私達は彼を昔から知っている。希望という言葉の意味は、きっと彼のことなのよ」
「俺としては、不可能殺しが気になる。恐らく銀河崩壊の噂にも絡んでいるだろう。悪しき芽は摘まねばならない」
「不可能殺しね。なんか、実感なさすぎて、逆に怖くないかな」
ナビが疲れた表情で、ポツリと呟いたのを聞いて、17番は顔を顰める。
「お前は考えが緩すぎるぞ、あの2番が殺されたんだ、気を引き締めろ」
「そっ、そう、ね。あ、それとね、10番のことなんだけど……」
話途中で、突然17番がコメカミに指をあて、ナビの言葉を遮る。
「待て、《◇◇○=から伝令が入った」
「えっ? 私には入ってないけど」
ナビの言葉に反応せず、17番は誰かと会話をしているようで、適度に相槌をし、最後に重い口調で「わかった」と呟いた。
「お前は戦闘要員ではないからな。気にするな」
「ふーん、なーんか、仲間外れな気分。それで、内容は?」
空気が一気に重く張り詰める。
17番の雰囲気が変わった。その様子は緊張しているようでもあり、恐怖に慄いているようでもある。
数分後、俯いたまま沈黙を貫いた17番が、意を決したように口を開く。
「とんでもない事になったぞ、不可能殺しが見つかった。間の悪い事に10番街に向かっているらしい。俺達は、死ぬかもしれんな」
「ウソ……でしょ?」
壊れた世界の中心で、ナビが震駭する。




