妖狐の秘策。戦慄の百鬼夜行。
ミカの能力によって異世界へと戻ってきたオレは、雷力浮遊で浮き上がると、そのまま風に乗って飛行する。
目指すは天魔にいる妖狐の曄。
「コラー! 異世界からの無許可での侵入は許しませんよ。あれ、オレさんじゃないですか」
異世界からの来訪者の対応に現れたナビが、オレの顔をキョトンとした顔で見つめている。
「ナビさん、この大会に場外負けみたいなルールはあるかな」
「そういったルールは特に設けていません。生きるか死ぬかです」
「良かった、じゃあ戦闘続行だな。行ってくるよ」
その場を去ろうとしたオレの腕をナビが引く。
「──お待ちください。妖狐の曄さんから、一騎打ちの要望が届いています。受けるかどうかはオレさん次第。どうしますか?」
「……伝えてくれ、受けて立つ」
オレが戦闘の意思を伝えると、ナビが能力を発動し二人は妖狐が待つ異空間へと転移した。
「ふふん、小童め、よくぞ逃げずに戻ってきたな、褒めてやろう」
真っ白な空間の中央に佇み、妖しく微笑む曄。
オレはゆっくりと歩みを進め、妖狐の前まで辿り着くと、体から稲光を放射し、威嚇するように曄を見据える。
「逃げるわけないだろ。変な術で人を翻弄しておいてよく言うよ」
「なに、妾も本気でやりたいのでな、準備のための時間稼ぎをしたまでのこと。お主達のような化け物が存在しては世界が危うい、危急存亡じゃ。消された世界のためにも、今を生きる世界のためにも、お主をここで消さなければならない」
「むしろオレは世界を救いたいんだって……。まぁ、エドに故郷を消されたみたいだし、オレ達が一緒くたに憎いのも理解は出来るけどさ、それにしても3番のこととか色々と知りすぎてないか?」
「……知っていて当然、正体の掴めないお主らのことは便宜上、【エニグマ】と呼んでいるが、妾はそのエニグマを世界から完全に抹消するために組織された機関の一員でな、不死の化け物についての情報は嫌というほどに知っておる」
「へぇ、それは大変だ。また敵が増えたな」
ゲンナリとしてオレが言う。
しかしその態度にはどこか余裕があった。
それを不遜に思ったのか、妖狐が吠える。
「悠長に構えていられるのも今のうちじゃ、お主の戦闘データもこの世界に足を踏み入れた時点から我々の仲間が全て記録し、解析されている、もはや勝ちの目はないぞ!」
「そうかい、なら試してみるか、雷撃弾」
高速で指先から放たれる雷の弾丸。
迫り来る弾丸を目にして曄は口角を上げる。
「無駄じゃ、避雷神!」
曄の前方に淡い紫色をした光の盾が現れ、雷撃弾を掻き消していく。
雷の出力を上げ、再度弾丸を数発撃ち出すも、全てが胡散無償に消える。
「妾は妖姫、この世に存在する全ての妖の力を行使できる。今のは雷獣の加護を一点に集中し障壁を張った。雷は効かぬ。次の手じゃ、不死の化け物を貪り殺せ──百鬼夜行……」
曄が能力を行使すると、空中に禍々しいオーラを放つ扉が現れた。扉からドス黒い瘴気が溢れ出している。
曄が右腕を上げ、振り下ろすと、不快な音を奏でて扉が開く。
異次元の門の中から現れたのは無量大数に達した魑魅魍魎。空気中に漂う負のエネルギーを糧にして彷徨う微小の妖怪達が、羽虫の大群を思わせるような速度と勢いでオレに襲いかかる。
「クソっ、なんだこれは、雷撃弾」
飛来する魍魎に向けて弾丸を撃ち放つも、数匹撃ち落としたところで絶対数が多すぎて勢いは止まらず話にならない。さらに空中をフラフラと漂う魍魎の軌道は複雑怪奇で、蛇行し、旋回し、かと思えば直進する。狙いを定めることも、殲滅することも叶わない。
「──だめだ、多すぎる。いっつッ!」
複数匹の魍魎がオレの体に張り付くと、体ごと弾けて小爆発を起こし、オレにダメージを与える。自身がダメージを負っていることに愕然としている間にも、次々と魑魅魍魎が特攻を繰り返し、オレの身体が次第に小爆発の連鎖によって生じた爆煙に包まれていく。
まさに数の暴威、負の旋風。
「いい加減に、しろっ!」
怒りを込めた全方位放電で群がる魍魎を鎧袖一触にする。
そのまま後方に跳躍し、一気に距離を取り、原初の光を構築していく。
「ゾンビと一緒だ、数が多くても、まとめて消滅させればいい」
屍兵を蹴散らした、星をも滅する絶無の輝きを両の腕に集め、一気に解き放った。
「──それを待っておったぞ、不死をも殺す消滅の輝きを! 妖力全開、虎視眈々とエニグマを殺す方法を考えて編み出した秘術、妖鏡反照ッ!」
魑魅魍魎が曄の手元に集結し、巨大な鏡へと変容し、あろうことか究極の波動を受け止めた。
「──消え去れぇぇ!」
光の反転。オレが放った波動を鏡が取り込み、反射させて逆流させる。
破滅の光が、今度はオレを抹消するために襲いかかる。
「雷滅波動」
咄嗟に放った最大出力の雷撃波。
反射された光と雷撃が衝突し、眩い爆光に世界が包まれる。
電子と質量を持った破滅の光子の壮絶な鬩ぎ合いは、互角の均衡を保っているようで、そうではない。
「ふふん、我が最大にして究極の秘策、自身の力で滅ぶがよい」
光の波動に曄が追撃の妖力波を打ち込み、押し込む。
消滅の光に妖力を織り交ぜた妖狐の光線が、ジリジリと雷撃波を蝕み、押し込んでいく。
迫り来る破滅の光を前に、オレは焦りの表情を浮かべる。
「ダメだ、押されてる」
(……諦めてんじゃねぇよ、人間)
「なんだ……声が聞こえて、まさか……白衣の男なのか」
(白衣の男じゃねえ、ジェイドだ)
「お前、死んだはずだろ」
(あぁ、間違いなく死んだな。今の俺はお前にくれてやった雷の力に残ったほんの少しの意思、残留思念みたいなものだ)
「だとしたら、タイミング最悪だぞ、今生きるか死ぬかなのに」
(安心しろ、すぐに消える。俺が言いたいのは、妖狐なんて雑魚に負けてんじゃねぇよ。俺達は無敵だ)
「確かに、お前の雷撃にいつも助けられてるよ、勝てるかな……ジェイド」
(ケッ、勝つんだよ。置き土産だ、その身に刻め。俺の雷の本質を見せてやる。3番の光にも不可能殺しにも負けねぇ。お前が、この世で一番になるんだよ。俺を馬鹿にしたやつらを全て超えてな)
「何をブツブツと言っておるのじゃ、気でも触れたか」
突如として独り言を始めたオレを見て、不吉なものを感じた曄は妖力波をさらに勢いよく放出し、仕留めにかかる。
(加熱、爆熱、灼熱、焦熱、無限上昇……無限雷撃)
ジェイドが呟くと、オレが放出を続ける雷の熱量が無限に上昇していく。雷の閃光が色味を持ち、黄、白、青、次々と様相を変えて、最終的に漆黒の雷光となる。
単純で明快な破壊の極致、消滅の波動すら飲み込む、破壊と熱の過剰乗算。
「なんじゃ、これは一体……まるで理にかなっておらん、消滅の波動を掻き消しおったわ。この熱量、このままでは世界が終わる。何か手を打たねば……」
原初の光を掻き消してなお、止まることのない純然たる熱量が、ナビが生み出した世界までも溶かしていく。
ペリペリと音を立てて世界の皮が剥がれ、異空間と世界の狭間の境界線を断ち切って行く。
「まずいですね……この感じは15番ですか。死んだと聞きましたが余計なことを、また一段階、彼が覚醒してしまいました。これも誰かが意図したことか、偶然か、どちらにしても危険です」
異空間が崩壊していく様子を、ナビが冷静に眺めている。
(まだだ、俺達の力はこんなもんじゃねえ、俺とオレの力が合わされば、1番だろうと倒せるぜ。見てろよソレ、俺は強いんだ)
膨大なエネルギーの放出により、意識が消えかかっているオレに構うことなく破壊の雷撃を繰り出し続けるジェイドは、斟酌することなく、破壊の更なる高みを目指して雷撃を加熱させていく。
肉体を焦がすような熱から身を守るため、水神の加護を纏った曄が血相を変えてナビのもとに駆けていく。
「ナビよ、あの男を覚醒させた妾に全ての責任がある、楽に倒せると思ったが、まさかこれほどまでとは、力を貸してくれ。見ろ、本人の意識が消えかかっているのに力の放出を続けておる、肉体を支配されているのだ。奴を操る悪魂を浄化する。お主とて、この状況が続けば世界が崩壊することを理解しているであろう」
「それは……そうですが、今は一騎打ちの最中ですし」
ナビは判断に困っていた。
確かにこのまま放置すれば、異空間は崩壊し、やがて異世界にまで被害が及ぶであろう。しかし、案内人として10番から与えらた職務を忠実に遂行する責務があった。
「あー! 融通が利かんのう! これだから杓子定規で物事を考える奴は好かんのじゃ、ならばこうしよう、妾は脱落を宣言する。これで一市民じゃ、神の使いよ、この世界と民を救うために助力してくれんか」
「……わかりました。オレさんを隔離します。曄さんは、15番、いえ、ジェイドの魂を祓ってあげてください」
枷が外れた途端、ナビは柔軟な対応をみせる。
曄は小さく嘆息した後、パンと両手を叩く。
「よくぞ言うてくれた! さぁ、やろうぞ!」
「今から使う技は、異世界の異世界、次元の裏側へと肉体を転移させます。帰ってこれる保証はありませんよ」
「もとより、覚悟の上じゃ! 時間がない、異空間ごと消滅してしまうぞ」
「──裏次元強制隔離!」
オレと曄の肉体はこの世の理を外れ、次元の隙間へと消えていった。




