殺しても死なない男。無敵なオレの意外な弱点。
オレとルナはナビに案内されて異世界の中心都市、天魔へとやってきていた。
都心部なだけあり人があふれている。
そんな中、人混みを掻き分け、鎧を身に纏った男が鬼の形相でやってくる。
「貴様、エニグマだな。匂いでわかる。正体を現せ」
身の丈程の大剣を背負った男にオレは絡まれた。
相手が何を言っているのか、まるで理解ができない。
「エニ、何? オレは普通の人間だけど」
オレが返すと男は舌打ちをして剣に手を掛ける。
「問題無用、世界を滅ぼす者よ、ここで逝ね」
「待つのじゃ、状況を考えよ」
男の背後から銀髪の少女が歩み寄り、オレの全身を眺めた後、冷めた口調で語り出す。
「確かにエニグマのようじゃな。しかし、ここでは場所が悪い、戦闘をすれば罪もない人々を巻き込むことになる。弁えよ」
「できません! 我が星を消された恨み、今ここで晴らしてくれる!」
少女の制止を振り切り、男は剥き出しの殺意でオレに襲い掛かる。
背負っていた大剣を機敏な動きで抜刀し、構えをとると、そのまま地を蹴り、一足飛びで距離を詰め、オレを袈裟斬りに斬りつけた。
オレの右肩口から入った大剣が、肉体を骨ごと切り裂き、そのまま左の脇腹にかけて一直線に振り斬る。
「……死を持って罪を贖え、憎きエニグマめ。妖狐様、討ち取りました。我々の勝利です」
勝ち誇った表情で男が告げると、銀髪の少女は険しい表情で叱責を始める。
「馬鹿者、お主の眼は節穴か。今一度、その目でシッカと見るが良い」
男が目を凝らしオレが立っていた場所を確認して愕然とする。
切り捨てたはずの人物が、無傷で立っている。
「なんだ貴様は、幻術の類か、しかし斬った感触がこの手に……」
にわかには信じ難い光景を前に、男は絶句した。
「オレには物理的なダメージも完全に無効らしい。斬ったけど、斬れなかったんだよ。説明が難しいな、まぁいいか。それより、いきなり斬りかかるのはよくないだろ。まぁ、そういう大会のルールだから仕方ないか」
オレの指先から七色に煌めく光玉が放たれ、男が手にする大剣に接触した途端、剣は世界から完全に消滅した。
「雷撃弾」
続け様に紫電一閃。街中を光速で雷が飛び、男の左肩を貫く。
住民がパニックを起こさないよう、威力を最小限に抑えたため、誰にも気付かれることなく、男を沈黙させた。
肩の傷口を抑え、鋭い痛みを堪えながら男は悶絶する。
「どうしてオレを憎むかは知らないけど、力の差がわかっただろ? リタイアするならしたほうがいい」
指先から稲光を放ちながらオレが言うと、男は拳に魔力を集中させていく。まだ諦めない。そんな意思が伝わり、オレが二発目の雷撃を撃ち込もうとした瞬間、男を庇うように銀髪の少女が前に出て、オレを見つめる。
冷たい殺意がオレの肉体を包み込む。彼女は強いとオレは瞬時に理解していた。
「やめておけ、お前は強い。ただし、一般的なレベルでだ。この雷を放つ男は、お主が戦うことができる次元の相手ではない。殺しても死なないのがエニグマじゃ。この場は引いて傷を癒やせ。あとは妾がやろう」
「……くちおしや。ナビ、脱落する」
【ハイハーイ! 妖記伝承チームのスレアさん、脱落でーす!】
スレアが脱落を宣言すると、天高くからナビの声が響き渡り、上空から降り注いだ光の柱に包まれて、男は消えた。
「さて、お主。今の能力は3番の力だな。ハッキリと申せ」
少女に言われてオレはギョッとする。心を読まれたのか、もしくは本当に3番について知っているのか。オレは逡巡し、少女を見つめる。
「確かに今、剣を消滅させたのは、3番の破壊の力だ。でもなぜ君がそれを? 見たところ君は普通だし、何か知っているのかな」
「なに、簡単なことよ、妾も奴に故郷を消された者の一人。流浪の果てにこの10番街にたどり着いた。これで通ずるな?」
「なんか、ごめんな。3番のせいで」
オレに謝罪されたからか、少女は驚いた顔をし、直後に不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ、殊勝な心掛けじゃな。二人の出会いに、握手でもするかの、ほれ、はよう手を出さんか」
「え? あぁ、よろしく」
悪意のない顔で手を差し出されて、少女の小さな手を握る。
「──お主の心が一番落ち着く場所はどこじゃ」
「なんだよ急に。……自宅とか?」
オレが返答をした途端、八重歯を見せながら少女が微笑む。
いつの間にか少女の頭部にピョコンと獣耳が生えている。
「そうかそうか。ならばゆるりとしてまいれ。遥か遠くは桃源郷」
「──しまっ……」
街全体が眩い光に飲み込まれ、オレの肉体を強烈な浮遊感が襲う。
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくとオレは懐かしの我が家に辿りついていた。
慌てて家の中を駆け回り、10番街に戻るためにノノをさがすが、まだ帰宅していなかった。
そのまま階段を駆け上がり、2階の和室へ入るための襖に手をかける。
「神様、ただいま! 久しぶり!」
ミカはふんぞり返って煎餅を食べていた。
「みふぁ様と呼びな。まは一日しか経っていないらろ」
口をもごもごさせながら話すミカをみて、オレは笑う。
「だらしない神様だな。あと、オレって無敵じゃなかった?」
「なんだい、藪から棒に」
煎餅をお茶で胃に流し込み、ミカが尋ねると、オレは焦っているためか、早口で捲し立てる。
「今戦ってる奴の能力で飛ばされてきてさ、前にルナの言霊にも操られたし、よくわからない状況なんだ。神様教えてくれ!」
「質問が多い! ルナって誰さ、もういい、面倒だ、頭を出しな」
苛立った顔でオレの額に手を当て、神の能力で直近の記憶を読み取ると、ミカはいやらしい笑みを浮かべながらニヤつく。
「へぇ、可愛い娘だね。アンタの女かい。アレスティラと同じくらい、いい女じゃないか」
「そんなんじゃないよ。無駄話はいいから、記憶を読んだなら時間が無いのわかるだろ! それで、何かわかった?」
オレに一括されてミカはつまならそうな顔をする。
神だというのに下世話な話が好きなのかもしれない。オレはそんなことを考えていた。
「まぁ、推測にはなるが、アンタは化け物になりかけている途中で、人間と奴らの間で揺れ動いている状況だ、つまり瞬間的に無防備になる状況がある。まだ人間味が残っている証拠さ。それか不可能殺しと同じで、あんたらに能力を通せる奴等がいるのかもね。今の妖怪女とかルナみたいにね」
ミカが淡々と話すのを、オレは時折頷きながら、黙って聞いている。
「前者の場合、人間の部分が濃い時に異能をくらえば、人間並みに受けるしかない。そういうことさね」
「そっか、斬られた時じゃなくてよかったな。気をつけよう」
オレが納得しかかっているところに、ミカが付け足すように言葉を加える。
「簡単に考えるんじゃないよ、その状態で即死魔法でも使われたら、ほんとに死ぬからね。まぁ、そのほうが人間らしいけどな」
ミカの言葉を深く呑み込み、オレは腹を括る。
「わかった、気をつける。神様、オレを10番街に戻せるかな」
「アンタもノノやアレスティラみたいに空間を切り裂いて移動すればいいじゃないか。試してないのかい」
「あれは、まだできない。ルナが危ないから早く戻りたいんだけど」
催促するようにオレが言うと、ミカは軽く舌打ちし、めんどくさそうに立ち上がり、両腕に力を収束させていく。
「全く、世話が焼けるね。今回だけだよ。アタシの力はほんとに残り少ないんだから。これで昨日から溜めてた分がパァだよ」
「煎餅食べてただけだろ……」
「うるさいね! 人にはそれぞれやり方があるのさ、神に口出しするんじゃないよ。とっとと行きな、天照! ……負けんなよ」
空間が渦巻き、光のゲートが出現する。
ミカは渦の中心を指差し、「飛び込みな」と囁いた。
「色々ありがとう。あぁ、負けない! とりあえずは妖怪退治だ!」




