捧げたくても心臓がない。簡単にできる呪詛返し。
異世界、10番街に夜の帳が下りていた。
月が顔を出すことはなく、雷雲が空を支配している。
薄暗い夜道をムスッとした顔でオレが早足に歩き、その後をルナが従順に付いていく。
「あの……オレ、さん?」
「どうかした?」
ルナが遠慮がちに話しかけると、オレは振り返ることなく返事をする。不意に雷雲がゴロゴロと唸りをあげ、思わずルナが身をすくめた。
「えっと、手を繋いでくれませんか? 稲光が怖くて……」
「大丈夫だよ、落ちやしないから。オレがコントロールしてるし」
不機嫌な背中でオレが語ると、ルナは寂しそうな顔をする。
「そう、ですか。ごめんなさい……」
今にも泣き出しそうな声でルナが言うのを聞いて、オレは立ち止まり、何も言わずに、そっと手を差し出した。
ルナは口元に笑みを浮かべ、オレの手をしっかりと握る。
「オレさんの手、大きくて温かくて素敵ですね」
オレは無言でまた歩き出す。
しばらく歩くと、2人の前に人影が現れた。
その正体は中年小太りの人型小妖精だ。
「君は、ラブラブチームのオレくんだよな」
「チッ」
オレの舌打ちと同時に空を裂くほどの強烈な稲光が走り、暗い夜道を一瞬にして真昼のように色付けた。
「何を怒っているんだ。君はラブラブチームのオレくんじゃないのか?」
「ラブラブチームって言うんじゃねえ……。そう言われるのを1番危惧していたんだ。焼き払うぞ。オレは今、機嫌が悪いんだ」
右の拳に雷を集めてオレが威嚇する。
強く睨まれたドワーフは両手を上げながら後退りした。
「落ち着いてくれよ。暴力反対。俺は交渉に来たんだよ。お互い、楽に勝ち上がりたいだろ?」
ドワーフの言葉をオレは無視している。腹の虫が治らないようだ。
「オレさん、ごめんなさい。そんなに嫌でしたか?」
「いや、大丈夫。ただ人に言われると、どうしても嫌味や皮肉の類に聞こえるんだよ。ルナのせいじゃないから」
「なんだよ、ほんとにラブラブだな。手まで繋いで羨ましいねぇ、そんなに可愛い天使ちゃんと一緒にいられてさ」
ルナの言葉によって鎮まりかけていたオレの感情に、ドワーフが再度火をつけた。
「お前、死にたいらしいな」
オレの頭上で雷鳴が轟き、男の顔面すれすれを落雷が掠めた。雷が落ちた地面には大穴が空いている。
「うぉっ!? たんまたんま、平和にいこう、ピースピース。ほんとに雷を操れるんだな。さすがは優勝候補! おっ、俺の相方も来たみたいだ。詳しい話をこれからしよう」
「おーい! ラブラブチームとの交渉終わっ──ギャー!!」
手を振りながら歩いてきていたもう1人のドワーフの頭上から雷が落ちる。今度は掠めることなく、直撃した。
「パイルー!」
倒れた仲間のもとに駆け寄ったドワーフが脈を取り、生存確認をすると、安堵した顔を見せながら、2人のそばに戻ってくる。
「すまん。我慢の限度を超えた。加減したから気絶しただけだ」
「あはは……いや、気にするなよ。俺の名はトッド、情報屋だ。大会に参加しているが、戦闘力は皆無だから安心してくれ」
額に溜まった冷や汗をハンカチで拭いながらドワーフが言う。
「情報屋がオレになんのようだ」
相手の意図が読み取れず、オレが警戒したまま尋ねると、ドワーフは胸元から小型端末を取り出して2人に画面を見せる。
「俺は勝ち馬に乗るのが得意でね。あんたと、そこの天使ちゃんの情報を仕入れた時点で勝ちの目が高いと思い、交渉に来たんだ」
端末の画面には大会参加者のデータがビッシリと詰まっていた。
先程登録をしたばかりのオレのデータもしっかりと掲載されており、現時点で対処法なし、優勝候補。との一文が添えられている。
「もうオレの情報が出回っているのか。早すぎないか」
「戦いは情報が命だからな。その筋のプロも大勢いるのさ。長年情報屋をやっていて、人を見る目はある。君達なら交渉しても問題ないと判断した。どうだろう、話だけでも聞いてみないかな?」
オレの心は揺れていた。今まで敵意剥き出しの相手ばかり見てきたせいで、安易に人を信じられなくなっている。
「とりあえず、話を聞くだけなら……」
「実はこの大会、生き残り上位勢にも報酬がでるんだ。あんたは優勝したい、俺は少しでも上位に食い込みたい。違うか? 俺は情報を提供するから、君達はガンガンライバルを倒してくれればいい。どうだろう、ギブアンドテイクでいかないか」
トッドの提案についてオレが考えていると、どこからか獣の咆哮が響いた。
何かが駆けてくるような不気味な足音が聞こえ、オレがルナを背後へと隠すと、トッドもそれに便乗して身を隠す。
「この大会も地に落ちたもんだぜ、堂々と裏工作を持ちかけるなんてなぁ。ラブラブチームのオレだな? 新顔は早めに殺すのが吉。死んでもらうぜ」
狼の顔に人間の体。ギラギラとした眼に鋭い牙。狼男、または獣人は、ヘッヘッと荒い呼吸で涎を垂らしながら、天に向かって咆哮を上げる。
「なんだこのオオカミは。ラブラブチームって言うなよな。せめてオレルナチームにしろよ……獣にまでバカにされたら終わりだよ」
オレがブツブツと文句を言っていると、背後で端末を操作していたトッドが獣人のデータを呼び出し、叫ぶ。
「そいつは獣人族の暗殺者、ギリナス。獲物の心臓を抜き取ることに何千年も費し得た秘術は強力で、心臓を離れた位置からも抜き取れるらしい。どうだ、対処法を知りたくないか?」
「トッド、クソやろう! 人の情報ペラペラ喋るんじゃねぇ、お前から殺すぞ。生存能力だけ高いダニ野郎がッ!」
ギリナスが憎らしげにトッドを見つめて吠えている。
「お前、心臓を抜き取れるんだって?」
オレが尋ねるとギリナスは牙を剥き出しにして得意げに語る。
「あぁ、そうだよ。生き物は心臓なしには生きられねぇからなぁ。どうだ、怖いだろ。その天使を俺に渡せば、初日脱落だけは回避できるかもしれないぜぇ……へっへ」
「ルナを渡せって、なんでだ」
「上物の天使は高く売れるからな。相棒として扱き使った後、売り飛ばしてやるのさ。おい天使、相棒の心臓を取られたくないなら、こっちに来な」
ルナがオレの背後から出てきて、彼女にできる精一杯の怒り顔でギリナスを睨みつける。
「私、オレさんの側を離れるつもりはありませんから。絶対に、ぜーったいにお断りします!」
「ルナ、心配しなくても、絶対に誰にも渡さないから」
オレが手を取り、瞳を真っ直ぐに見つめて伝えると、ルナはコクンと小さく頷く。
「あー! うぜぇっ! 人前で盛ってんじゃねえぞ! 何がラブラブチームだ、ムカつくガキどもが、本気で心臓抉るぞ」
「やってみろよ」
オレが言うと同時に雷雲轟き、ポツポツと雨が降り出した。
ギリナスが額に青スジを立てて、一際大きく吠える。
「何ぃ? ガキが、腕に自信があるか知らんが調子に乗るなよ」
「おいっ、オレくん、対処法を知らないとホントに死んじまうよ。ギリナスの技は強烈な呪詛で、心臓を確実に抉り出す。見栄を張ってないで、俺と手を組もう」
「獣臭いから、やるなら早くやれよ。オレの故郷じゃ、お前みたいなのを負け犬って言うんだぜ」
トッドの言葉を聞かずにオレはギリナスを挑発する。
「クソガキがぁ、そんなに死にたきゃ殺ってやる! 血塗られた手に握る物ゥ!」
ギリナスが咆哮と共に力を放った。
「あちゃー。発動しちゃったよ。俺も歳かな、感が鈍ったな……」
諦めた表情で呟き、トッドは端末を胸元へとしまった。
ギリナスが放った呪詛の線光が、オレの体を突き抜けた。
ギリナスは勝利を確信する。あとは自身の手中にオレの心臓が届くのを待つだけでいい。
数秒、数十秒と時間が過ぎる。獣人は何度も何度も自身の手の平を見つめるが、何も変化が起きない。
「オレは生きてるぞ、抉った心臓はどこだ?」
たっぷりと間をおいて、オレが尋ねると、青ざめた顔でギリナスが呟く。
「そんな、馬鹿な。人間相手なら致死率100%の技だぞ、呪術耐性が異様に高いのか、呪詛返しの加護か、だとしても無傷はありえねぇ、ありえねぇよ。呪いの後遺症で死ぬはずだ、ありえ……ない」
ギリナスが狼狽しているのを見て、オレが背後にいるルナに語りかける。
「ルナ、心臓が手の中にないことを嘆いている。オオカミ男の望み通りにしてやってくれ」
「はい! ちゃんとありますよ、アナタの心臓が手の中に」
ルナが言霊をギリナスに送る。
すると獣人の胸部から心臓が飛び出し、ストンと手の平の中に収まった。
「あっ、俺の心臓、赤い。違うっ、こうじゃない、こうじゃないんだ、──がフっ」
自身の心臓を見つめたまま、ギリナスは絶命した。
「トッドさん、気遣ってくれて、ありがとな。見てただろ? オレ達に助けはいらないから」
衝撃的な出来事に、トッドは腰を抜かしていた。
オレが手を差し出すと、トッドはゆっくりと立ち上がる。
「……そう、みたいだな。いやはや、すごい新人が現れたな。今まで何組も優勝候補を見てきたが、君達は別次元だよ」
「もし困ったことがあったら、いつでも訪ねてくれ。アンタの相方を傷つけた分だけでも借りは返すから」
オレが言うと、トッドはニコリと笑う。
「なんとも頼もしいお言葉をどうも、アテにしているよ」
倒れた相方を抱え上げ、トッドは去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
澄み渡る夜空の中で星が瞬く。
いつしか雷雲は消え去っていた。
満天の星の海を見つめながら、オレとルナが歩いていく。
「ルナ、怪我はないか」
「平気です。それにしても、どうやって相手の呪いを打ち破ったのですか?」
「あぁ、オレ、心臓がないんだ。少し前に潰されてね。そもそも呪いの類も受けつけないだろうしな。今のオレは」
「すごい! オレさんってほんとに不死身なんですね。昔から強かったのですか?」
ルナに問われて、オレは過去を振り返る。
様々な記憶が同時に蘇り、懐かしい気持ちに浸る。
「いやいや、何をやってもダメで、負けて負けて、ただの置き物の役立たずだったよ。でも努力だけは続けたら、最近ようやく戦えるようになってきた」
オレの言葉を、ルナが神妙な面持ちで聞いている。
何か思うところがあったのか、ルナは憂いを帯びた瞳で、普段よりも一層優しい声音で語り出す。
「……やっぱり、オレさんはすごいです。貴方は私を変えてくれた、私に自信を持たせてくれた。私の特別な人です」
「ありがとう。オレにもいるよ、オレの人生を変えてくれた人が。アレ、……アレスティラ……なんでだよ…………アレ」
歩いていたオレが突然立ち止まり、空を見上げる。
天を仰いでいるオレの瞳に、光るものが見えたルナは気付かないフリでそっと肩に手を置いた。
「オレさん?」
「ごめんな、何か抑えていた感情が爆発してさ。体の変化で情緒不安定になってるのかな。……とりあえず、これからどうしようか」
「夜も更けてきましたし、大会施設のホテルで休みましょう。戦闘禁止区域なので、安心して私をイジメテくださいね!」
オレを気遣うように、ルナが明るい口調で言う。
「イジメるのは、やだよ」
「もー、遠慮しないでくださいよ。スキンシップだと思って!」
ルナの優しさにオレは内心感謝をしていた。




