決別。世界を殺してお前も殺す。
ありがとう、勇者様。
大切な家族を守ってくれて──
神の奇跡など起こる筈もなく、あの後トッドは静かに息を引き取った。
オレが知っている未来はオレ自身の手で歪に塗り替えられてしまった。
「──たまたま、だったんだ……」
亜人種が住まう森の奥深く、彩とりどりの花に囲まれた霊園。墓前に手を合わせながら勇者が呟く。
「あの日、私は自分の力を試したくて、魔獣を狩りに森に出かけた。そしたら偶然、エルフや妖精を売買する目的で捕まえに来たハンターと遭遇した」
「そいつらを退治したら感謝された……か」
「笑っちゃうでしょ? 私は労せずして森を救った英雄になった。気に食わない雑魚を殺しただけなのにさ。
そっからあのオッサンがどこまでもついて来て、ペコペコペコペコ、奴隷のように扱ってくださいって、傅くの。
こっちは罪悪感でおかしくなりそうなのにね」
少女にとっては皮肉な運命。
暴れることしか考えず、森に亜人種達が住んでいることなど気にもかけていなかった。それが真実。
森の住民からの感謝も、言うならばただの勘違い。
だとしても、そこには確かに絆が生まれた。
亜人種達が平安を望み、歪んでいても、打算があったとしてもレアがそれに応えた時、想いが形となって平和を築いたのだ。
「ねぇ、あんた……さ。
死人を蘇らせる方法を知っているのよね」
「……ああ、知っているよ。
この目で見たし、なんなら実践も可能だろうな」
「──ッ! だったら! 友達なんでしょう?」
「……トッドの想いが無駄になる。
あの時、トッドはお前のためなら死んでもいいと判断したのだろう。人生を賭けた決死の想いだ。
だからこそお前は今生きている。
そうやって命は続いていくんだよ。
人は死んだら生き返らない。それでいいんだ」
「でも、でもそんなのって……わた、私のせいで……」
少女の涙が花弁へ落ちる。
レアは嗚咽し崩れ落ち、大地を叩いて泣きじゃくる。
気の済むまで泣くといい。
お前が守った森が全てを包んでくれるから。
ザッ、ザッ……
遠くから耳障りな足音が近づいてくるのが分かる。
枝木を腕で払いながら、足音は段々と距離を詰めてくる。そして丁度オレの最後に辿り着いた時──
「──よう。オレも祈っていいかな」
「……丁重にお断りする。お引き取り願おうか」
背後から投げられた質問に振り返らず答える。
オレの答えにオレは鼻で笑った。
「そう言うなよな。
昔、世話になったし、礼くらいしないとな──」
背後にいるオレはそのまま無遠慮に墓前へと歩み寄り、自らが殺した人物に手を合わせる。
沸々と怒りが込み上がる。
胸の中でマグマのように滾る感情に耐えられない。
「ッテメェ! お前だけは私が必ず殺してやる……」
「……なんだと、チビガキ……。お前は──
仁義を殴り倒した8頭身のデカチチ女か……。
やはり繋がっていたんだな。名を名乗れよ、ガキ」
「デカチッ!? 突然何を言ってんだよ!
私はレイアだ! 文句あるのか!!」
「零愛。やはり零の一族か。
これで全て繋がったよ。オレは間違っていなかった」
レアが喚き立てているのを見て自身の感情を抑制。
相手の意図を伺うためにも、努めて冷静に声を出す。
「何を勝手に納得しているか知らないが、お前の行動は全て悪手だ。敢えて聞こう、お前は誰だ」
聞かずとも分かり切っている。
目の前にいるのはオレだ。
複製でも何者かが化けているわけでもない。
純然たるオレでしか有り得ない。
「──オレはオレだよ。自分でもわかってんだよな?
オレは今から全てのエニグマを取り込み世界を殺す。
そして最終的にはお前も殺す。
……手始めに目障りな陽神美唯子を消しに行く。
どうせ邪魔するんだよな? また会おうぜ、鉄仮面」
「鉄仮面だと? お前は何を言っている」
オレの問いかけにオレは答えない。
オレはヒラヒラと手を振り笑顔を見せて闇の中へと消えていった。
「なんなのよ、アイツ。私のこと8頭身美人とかいうしさ。もしかして気でもあるの? 顔はイケメンだけど……。ハッ! ダメダメ! オッサンの仇!」
「美人とは言っていない。デカチチと言っていたんだ。
まあ今は小憎らしいガキだが、オレが嘘を吐く理由もないからそのうち成長するのだろう、デカチチに」
「〜〜ッ! 真面目な顔してデカチチを連呼するな!」
憤怒の形相をしたレアに頭部を一発殴られる。
「……それで、どうすんのよ」
「とりあえずオレは代行者を倒しに行く。
もしくは陽神美唯子、新人類の討伐かな」
「代行者!!? 代行者って、あの代行者?」
「どの代行者かは分からないが、レインストだな」
「無理よ、無理無理! だってこの星の神ですら代行者には近づくなってお触れを出したんだから!」
「そうなのか。オレには関係のない話だ」
「関係ないって……もういい、勝手にしろぉッ!!」
森の中にレアの絶叫がコダマした。
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