勇者の涙。不死者同士の殺し合い。
「クソ、何故、何故だ……どうして、届かない……ッ」
血反吐を吐いてオレが大地に跪く。
その様子をオレは冷めた目付きで眺めていた。
素よりこの戦いには意味がない。
頭蓋を砕き脳漿をぶちまけようが、心臓を抉り取り握りつぶそうがオレ達は決して死ぬことはないからだ。
よってこの勝負は相手の心を殺す戦い。
圧倒的な実力差を見せつけ、二度と反抗できぬように徹底的に恐怖心を植え付けるだけの作業を繰り返す。
──肉体は再生するが精神は治らない。
「どう……して、同じ人間なのに、なん、で……」
「さあな。ただオレの方が少しだけ強い。それだけだ」
再生した肉体に再度、拳を打ち込む。
「……グッ、負け、られない。お前、だけにはぁッ!
クソォォォォォ! ──雷撃弾……」
短い期間に十数度の死を体験した男が出した答えは下衆の極みだった。強者に虐げられた人間は矛先を弱者へと向ける。
「──勇者、狙われている、避けろ!」
この事態を計算出来なかったワケではない。
ただ、自分の生き写しがここまで堕ちるとは考えたくもなかった。もしそうだとしたら、死にたくなるから。
無情の雷が少女へと殺到する。
「勇者様、危ない!」
「え、嘘……」
我が身を挺して勇者を守ったのは他でもない、トッドであった。
黒焦げになる肉体。痙攣しながら崩れ落ちるドワーフ。
「おい、オッサン、何でだよ、私が憎くないのかよ!
あれだけ苛めて馬鹿にして、何で私を守るんだよぉ!」
「貴女は……かつて森を守ってくれた、でしょう?
やっと、恩返しが、できました。ありがとう……」
震える手で少女の頬を撫で、トッドは力尽きるように瞳を閉じた。
「おい、死ぬなよ、オッサン……まだ、謝って、ないのに……ごめん、ごめんな、私が全部悪かったよぉ……」
真の強さと優しさに触れて勇者は今よりもずっと強くなるだろう。慟哭を力に変えて必ず立ち上がる。そう信じている。
オレは自分が許せない。
弱さに怯え、暴虐に逃げた自分を許すわけにはいかない。
「お前に何があったんだよ、どうしてこんな事ができる」
「黙れ、貴様だけは……絶対に、許さない……絶対に」
言葉はもはや届かない。
ならば己の全てを賭して拳で語ろう。
防御も損傷も気にしない。
真っ向からの殴り合い。
頭部を貫き、肋骨を砕き、五感が消え、四肢の支配が効かなくなっても殺し合う。
長きを費やし磨き上げた自尊心さえ置き去りにして、相手を壊すだけの機械に成り果てようとも攻撃を止めない。
「お前がッ、お前さえいなければァアアアッ──」
「──だったらどうした、結局はお前もオレだろうが!」
血の海が広がる。
破損した肉体が蓄積していく。
形容するならば地獄。煉獄の連鎖。
不死者同士の戦いは終わらない。
永遠に、刻の果てを迎えようとも続くだろう。
「……もういい。一旦退くぞ。見ていられない」
「アンタもだ! ガキじゃあるまいし、いい加減にしな」
「……刹那。コイツはここで消さないと……終の螺旋……」
「ミカ……何故止める。まだヤレる。終の螺旋……零……」
「「いいから止めろ!!」」
あれだけ殴りあっていたのが嘘だったかのように、無限の攻勢は女性二人の一撃によって呆気なく終幕を迎えた。
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