神再起。役者は揃った。
「よっしゃ! まずはアタシからだ!」
「…………久しぶりだな。ミカ、元気だったか?」
「──へっ!? うわぁっ!?」
無言で近づき、指先で顎を持ち上げて瞳の奥を覗き込むと、ミカは少女らしい年相応の反応を見せる。
普段は男勝りな少女が瞳を揺らし、何が起きたのか理解できないと狼狽する様は生娘のそれで、自然と口元が緩んでしまう。
──萌葱翠は純粋だった。
翠の潜在能力と単純な戦闘能力、戦士としての素質は三人の中で一番と言えるだろう。友の窮地に機敏に反応し、人でありながら時空を捻じ曲げるまでに己を高めた。
だが、それだけだ。
翠の行動には想いが伴わない。
腹が立ったから怒るだけ、気に食わないから倒すだけのどこまでも純朴な存在でしかない。
蓮の強さは優しさに起因している。
人と神との絶対的な力量差をも覆す力の源が他者を想う気持ちにあるならば、強い心は神を超える可能性だ。
人は自らの意思で奇跡を起こせる。
だとしたらその可能性を捨てる必要はない。
「ミカ、確かにお前は強いよ。
でも今のままではダメだ。だからオレが鍛えてやる」
「必要ない! アタシはアタシのままでいい。
逆にアンタが色々と考えすぎなんだろ。
適当でいいんだよ。苦労して生きるのが楽しいか?
無理して自分を偽っても訪れるのは偽りの幸福だけだ」
「そう……か。そうだよな。
多種多様な意思こそ世界の本質かも知れない。
ミカ、お前はすごいな。キミこそが神の器かもな」
優しいから味方ではない。厳しいから敵でもない。
友との誓いを楔とし、友誼と正義を建前に勧善懲悪や品行方正を押し売りするのは愚の骨頂かも知れない。
自分の意思や都合で最善を推し量るのは無意味。
教えを説くつもりが逆に言いくるめられてしまった。
精神が摩耗し、疲弊して、心が腐りかけていた。
諦めないを知らない他人が眩しい? バカを言うな。
オレは絶対に諦めないんだろうが!
何度でも立ち上がり、何度でもやり直せばいい。
苦労も後悔も絶望も、積み重ねてきた全てが今のオレだ。自分を取り戻せ、オレ自身の心を……。
「……ミカ、ありがとう。それと、ごめんな」
「ごめん? 人が変わったのか?
憑き物が取れたような顔してるし、拍子抜けだな」
「蓮と水も、オレが悪かった! 話を聞いてくれ!」
翠との対峙を遠巻きに眺めていた蓮と水に声を掛けると、二人はヒソヒソと密談を始める。
「──あの男性、人間が変わりました?」
「うん。完全に別人みたいだね。話を聞いてみようよ」
「反・対です! あの男は我々を殺した神なのですよ?」
「でも今は生きてるよね? それに、水ちゃん、死んだって実感はある? 私は眠っていただけな気がする」
「貴女は本当に能天気ですわね! ……わかりました。聞くだけです。神を斃す決意は変わりませんから」
銀河支配の瞳の力で二人の会話は筒抜けになっている。
水が訝しむのは当然だろう。確かに先程までのオレは『らしく』なかったと自分でも思う。
一方的に力の差を見せつけ、少女達を痛めつけた。
ごめんの一言で済ませられる話ではない。
だからオレは責任を取る。彼女達を守り必ずや幸せな未来に導くと、ここに誓いを立てよう。
「ミカ、オレは敵ではない。
虫のいい話だと思うかも知れないけど、信じてくれ」
「わーったよ。とりあえず聞くだけは聞いてやるよ」
翠は面倒くさそうに嘆息をこぼした。そして。
「今のアンタは戦う気にすらならない。優男がすぎる。
さっきまでの冷酷な神なら倒しがいもあるんだけどな?」
気持ちがいいほど簡単に態度を切り替えて、不敵に微笑みながらオレの肩を叩いた。
「……ありがとう。ミカが昔のままでいてくれて良かった。
それと、もう一人。
おい、ギリナス、起きろよ、おい!」
足元に転がっていた獣人に声を掛ける。
「……ん? 朝か。──ッ? テメ、貴様ァッ!!!
なんの真似だ! なんのつもりだ! ぶっ殺す!!」
意識を取り戻した獣人は即座に起き上がり跳躍して距離を取り、ナイフのように鋭く尖った爪を向けてくる。
「なんだコイツは、狼男? 殺すだって?
いい度胸だね、面白い、やってみろよ、ア?」
「翠〜! 大丈夫!?」
「神の次は犬畜生ですか……。退屈しませんわね」
仲間の危険を察知したのか水と蓮が駆けてくる。
ギリナスは駆け付けた少女達を見据え、戦意を剥き出しにしながら天に向かって咆哮を上げた。
一触即発の空気。
殺意と緊張感が場を支配する。
「あ、見つけましたよ! コラー!!!
無許可であんな凄まじい力を使って何事ですか!
大会進行役の私の目が黒いうちは、好き勝手させませんからねっ! 神に変わってお仕置きしちゃいますよ!?」
全員の視線が空へと向けられる。
突然現れた小柄な女性は自信満々に胸を張り、腰に手を当てながらオレ達を見下ろしている。
オレは彼女の正体を知っているが、状況がわならないであろう三人娘は一変した空気に呆気を取られ、口を開けたまま空に浮かぶ女性を呆然と眺めていた。
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