神と少女と可能性。
最初に目覚めたのは蓮だった。
かつて出会った時は紅蓮と名乗っていたのを覚えている。
世界の法則を破り、再び現世へと舞い戻ってきた真紅の若騎士を観察する。
「え……私は貴方に貫かれて……。
カミラ……さんは? 水、翠……どこなの……」
少女は大地に膝をつき、茫然と世界を眺めている。
虚な眼で周囲を見渡し、無惨な姿で倒れている仲間と敬愛していたはずの師がいないことを確認すると、蓮の双眸から大粒の涙が溢れ出す。
「その認識で間違いはない。オレはお前の命を奪った。
大切な仲間も、導き手であるカミラが世界から消えたのも原因は全てオレにあると言えるな。
オレが憎いだろうが、戦えば同じ結果になる。
今のオレに迷いはない。牙を向ければ排除する。
どう生きるかはお前の自由だ。それで、どうする」
「あの日、皆んなで誓ったんだ……。
世界を平和にして、幸せの花を咲かせようって。
そのためなら神様だって怖くない。何度殺されても構わない。この世界に私の命が存在する限り、私は絶対に諦めない!
──私が神を倒してみせる!」
灼炎の輝きを全身から放ちながら蓮は嚇怒する。
一度敗北した相手を恐れることなく、短い人生の中で得てきた軌跡を力に変え、己が全てを賭けて、剣を構える。
これ以上の問答は不要。
何故なら少女は何があっても絶対に引くことはないからだ。流れる涙を拭いもせず、信念のために戦い続ける。
自分を信じ、胸に希望を抱いている限り人は恐れない。
折れない心はいつか神をも凌駕するのだろうか。
そんなことがあれば神が必要ない時代が来るのだろうか。
絶対に諦めない。かつてのオレもそう息巻いていた。
若さが眩しい、気炎が羨ましい、輝きが尊い。
「──く、まだ、まだぁァアアッ!!」
肉体を砕かれ、何度倒されようと握った剣を離さない。
カミラから受けた加護の影響か、蓮は格段に強くなっている。だが無論、それでも神には届かない。
疾風のように駆けようが、気を衒い琰を放とうが、全てを見切り、捌き、打撃を入れる。
「──フ、強くなったな、紅蓮」
意味もなく笑みが溢れる。
負けはないが絶対に倒せない。
そんな奇妙な状況が楽しかったのだろうか。
彼我の差は絶対的。だが戦闘になっている。
コチラの打ち込みに対する反応速度が徐々に上がってきている。明らかに異常な成長。それもまた面白い。
人が神と戦い拮抗している。その要因を思考する。
人の肉体、臓器、精神で出せる出力の限界は決まっている。だとしたら、人としての本質か動力源そのものが変わっているのだろう。
でなければ人として有り得ないような超スピードを脳が制御できる理由がない。四肢を正確に繰り、無限に感じるスタミナで長剣を振い続けている力の源は何であろうか。
考えてる間にも蓮は成長している。
未熟であった剣戟が今や熟練の領域だ。
真向斬りを左袈裟に変え、剣筋を自在に支配する様は伝説の勇者と謳われた刹那を彷彿とさせるほどに鮮やかで、見惚れてしまいそうになる。
「本当に……強いんだね。
そんなにも凄いのに、どうして世界を滅ぼすのかな」
不意に話しかけられ、目を細めたオレを蓮は芯が強い目で見据える。
「……世界を滅ぼすつもりなんてない。
ただ、オレは今まで人に散々利用されてきた。
だからもう我慢することを止めにしたんだよ。
オレは自分を自由にするついでに世界を変えたいだけだ」
「──そう、なの?
聞いていた話と随分と違う。よければ話を聞きたいな」
蓮は優しい目をしている。
勇気と信念と決意を秘めた眼差し。
貫禄が出てきた。余裕もある。
人としても成長しているのか。
「「──二重螺旋【翠水】」」
彼方から光の螺旋が空を引き裂き飛来する。
「だとしても罪もない人を殺めれば本末転倒ですわね?」
「ヘッ! 生まれ変わった気分だ! アンタを倒す!」
蓮との対話を断ち切るように、耳障りな不協和音が鳴り響く。鎮火しかけていた焔が再燃しようとしている。
水も翠もオレの仲間だった。
それが敵意を隠すことなく神という存在を殺そうとしているのが明確に分かる。
「──あぁ、そうだな。
だがな、お前達に他人を責める資格はないだろう?
本当にオレが悪だったとして、それを倒すために剣を取ったのなら同罪で、同じ穴の狢だろうに。
怨恨深い相手を憎んだ時点で負けなんだよ。
正義を語ろうが弁明しようが美談にはならない。
暴れたいならこいよ、今度は本当に終わらせてやる」
自分でも驚くほど饒舌に言葉を紡いでいた。
水と翠は分かりやすく歯軋りしている。
蓮との戦いで判明した人の可能性を再確認するために、新たなる火種は自分で撒くことにした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。