着ぐるみウサギの街。まさかの救世主。
自宅を離れてから30分。
都心へと辿り着くと、そこには目を見張るような光景が広がっていた。
人類の街は着ぐるみウサギに占拠されていたのだ。
あっちを見ても着ぐるみウサギ。
こっちを見ても着ぐるみウサギ。
どこを見ても着ぐるみウサギしかいない。
「コスプレ大会か? 着ぐるみウサギしかいない」
「多分、法律で私服が着ぐるみウサギになったんじゃない?」
そんなワケがないと強く否定もできない。
街にいる人全て着ぐるみを着ている。しかも全員ウサギだ。
一人の着ぐるみウサギに直接聞いてみることにした。
「あの、どうして着ぐるみウサギなんですか?」
声をかけたピンク色の着ぐるみウサギが振り返る。
「どうしてって……着ぐるみウサギは着ぐるみウサギですよ」
着ぐるみの中から女性の声でめんどくさそうに言われる。
これはオレが悪いのだろうか。どうにも腑に落ちない。
「ウサギの獣人じゃなくて着ぐるみなんだよな。人間なのか?」
「背中にチャックがあるから、開けてみる?」
唯に指摘されて気がついた。
確かに全員の背中にチャックがついている。
こうなると気になって仕方ない。
「よし、開けてみるか。怒られたら謝ればいいよな」
セクハラになるのも嫌だし、出来るだけガタイの良い、男性だと断定できるような着ぐるみウサギに目星をつける。
「──ん?」
背後からそっと近寄り、チャックに手を掛け、一気に引き下ろす。
「おっさんごめんな! 好奇心の勝ちだ。さぁ、正体を現せ!」
「グぎゃあアッ!? 体が溶ける! 体が溶けるぅぅぅ……」
着ぐるみウサギはドロドロの液体になって地面を流れ、排水溝に吸い込まれていった。
何ということだ。着ぐるみウサギを殺害してしまった。
「唯、どうしよう、殺すつもりはなかったんだよ」
「……逃げましょう」
排水溝を呆然と見つめていた唯が呟く。
オレ達は全力で走って、その場を去った。
◇ ◇ ◇ ◇
『たった今入ったニュースです。
先程、駆けっこ通りにてチャック解放事件が発生しました。
目撃者の証言によると犯人は着ぐるみを着ていない男女の二人組で……』
路地裏から街頭ビジョンを無気力に眺める。
着ぐるみのチャックを開けただけで指名手配されてしまった。
そんなことで死ぬくらいならチャックを溶接するか、接着剤でも塗っておけよ。命の素を剥き出しにしてて怖くないのかよ。
「レオ……買ってきたよ……」
百貨店から帰ってきた唯はゲンナリした顔で紙袋を差し出してくる。当然、中にはウサギの着ぐるみが入っている。
こんなもの絶対に着たくないが、逮捕されるので仕方ない。
「これさ、オレ達が着てもチャック下ろされたら死ぬのかな」
「そんな死に方だけは絶対に嫌……」
二人で顔を見合わせる。
唯はオレの肩に頭を乗せてから小さく嘆息する。
「どうした?」
「これが生身でレオとひっつける最後になるかもしれないから」
「確かに脱ぐにはチャックを下ろす必要があるからな……」
冷静になって考えれば着ぐるみを脱ぐ=死ではないか。
装備すると外せなくなる呪いのアイテムより恐ろしい。
こんなものは着ていられない。
「ようやく、見つけましたよぉ? お二人を逮捕いたします」
背後から声をかけられて背筋が凍る。
唯はオレの顔を見つめながら無言で唇だけを動かす。
け、い、さ、つ。
ここまで迅速に動けるとは考えていなかった。
せめて唯だけでも逃してやりたい。
覚悟を決めて拳を握り、ゆっくりと振り返る。
……犬だ。
今度は犬の着ぐるみが目の前に現れた。
唯の言う通り警察官のような格好をしている。
犬のお巡りさん? ふざけやがって!
「唯! 逃げろ!」
犬の着ぐるみの頭部に右を打ち込む。
「おっと、危ない」
片手で軽く止められる。この犬はただの着ぐるみではない。
二撃目を打とうとしたところに右腕をまっすぐ突き出されて挙動が止まる。
犬の着ぐるみはそのまま左手で自身の頭部をまさぐり始める。
「残念、私です」
着ぐるみの頭部を外すと無情要が顔を出した。
見知った顔を見てホッとする。
「なんだよ、脅かすなよな……」
「ここではなんですから、とりあえずは移動しましょうか」
要は不敵な笑みを浮かべて目を細めた。
◇ ◇ ◇ ◇
要に連れて来られた街外れにある寂れたバーは、店の佇まいからして妖しげな雰囲気を醸し出していた。
黒を基調とした内装、ダークさを強調するブラックライト。
大人な空気感に唯がたじろいでいる。
オレの隣にピタリとついて離れようとしない。
「要もこの世界にいたんだな。ここはどこかわかるか?」
「さあ? 見当もつきませんねぇ。
個人的には、あの仮面の男が怪しいと睨んでいますがね」
恐らくは鉄仮面のことだろう。
「私も鉄仮面は信用できない。
レオは綺麗なお姉さんを初見で遠慮なしに蹴れる?」
「いや、絶対に無理だ」
「でしょう? それに今度は聖女になれるといいなって、脈絡もなしにおかしいよね? あと、レオに戦いを強要させてたように思うの。つまり、私を餌に、無理矢理聖女と争うようにした。
最初から全て知っていたか、仕組んでいたのかなって思う」
唯も鉄仮面のことを疑っているらしい。
今考えると女神に関しても不自然だ。
攻撃もせずに取り入ろうとしていただけで敵意は感じなかった。鉄仮面を恐れていた? 或いは正体を知っていたのか。
「そして何よりも重要な事実があります。
そう、地球を破壊したのは、あの仮面の男です」
要は懐から携帯端末を取り出し、オレ達に画面を見せてくる。
リイドラアと戦闘していた時の動画データだ。
鉄仮面の終の螺旋がリイドラアに喰われた直後に動画を止めて、ココです、と画像を拡大する。
「見てください、リイドラアが放った光の正体は仮面の男が放った終の螺旋を増幅反射させたものだったのです」
確かにリイドラアが終の螺旋を取り込み、増幅して撃ち返しているようにも見える。だが鉄仮面の意思かどうかはわからない。
敵の反射能力に気付かずに攻撃したのかも知れないし、映像だけでは何とも言えない。
「怪しいのは確かだけど、決定的な証拠はないよな?」
「あの男も来ているのでしょう? 今は何をしているのです」
「……着ぐるみに混ざって仕事してるらしいな。
確かに着ぐるみの中なら仮面をしていても違和感はない」
「ならば安心ですね。決定的な証拠をお見せしましょうか」
要が端末を操作しようとした瞬間の出来事だった。
「──楽しそうだな? その話オレにも聞かせてくれよ」
いつの間に転移してきたのか、カウンターの上に立ち、こちらを見下ろしている鉄仮面。
オレと鉄仮面の心が連動しているのを失念していた。
思わぬ展開に場の空気は一瞬にして凍りつく。
「それで? オレが地球を消したという証拠とは?」
誰も何も言葉を発せない。
鉄仮面は静かなる殺意を纏っている。
何もしていないのに冷や汗が流れ出し頬を伝っていく。
本能が警鐘を鳴らしている。
下手に動けばこの場にいる全員が死ぬ。
「そこにあるんだよな? 証拠、見せてくれよ」
鉄仮面が要の端末に手を伸ばした、その時だった。
「──零の螺旋【捌式】ッ!」
掛け声と同時に光の螺旋が宙を舞う。
「……しゃらくせえんだよっ!」
鉄仮面は閃光を掴み取り、そのまま掌の中で握りつぶした。
「オレに零の螺旋は効かないんだよ、神代永斗、いや、8番よ」
「8……番?」
負傷して治療中のはずの神代永斗がオレを見つめて微笑んでいる。8番がオレを助けに来てくれた事実が素直に嬉しかった。
「2番、助けに来たぜ。アンタは俺が絶対に守ってやる。
鉄仮面よ、貴様はこの俺様が倒す!」
「ほぅ? 雑魚中の雑魚がオレを倒すって? 笑わせる。
お前はヤラレ役担当だろ。……面白い、やってみろよ」
神代永斗が拳を構えると、鉄仮面がカウンターから飛び降りる。
「8番、本当に大丈夫か? 鉄仮面は強いぞ」
「言ったよな? 絶対だ。アンタは俺を信じればいい」
8番はニッと子供のように微笑む。
敵の時は小憎たらしかった笑顔も今は可愛らしく思える。
オレは神代永斗に全てを託すことにした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。