守ると決めたら貫き通せ。女神も聖女もぶっ潰す。
「人類も頼りになるな。さて、次はオレの番だ」
地面に倒れている異世界剣士を見据えながら鉄仮面は呟いた。
鉄仮面が潰すと言った聖女ディナは、金色の瞳に流れるような美しい金髪、病的なまでに白い肌、ふりふりのドレスを着ている。見た目は絵に描いたようなお姫様タイプの女性なのだが、まさか本気で潰すつもりなのだろうか。
「鉄仮面、潰すってのは冗談だよな? 諭すとか説得の間違いだろ?」
「オレは大真面目だ。お前はいい加減に甘さを捨てろ。
ヤツは地球を滅ぼすと明言した、それを許すのか。
人類を守るんだろ? そう決めたのなら信念を貫き通せ。
改めて言う、オレは聖女を潰す」
「ヒッ……! あっ、あの、助けてください。私……」
鉄仮面とのやりとりを聞いていた聖女様が潤んだ瞳でオレを見つめ、その目で助けてくださいと懇願してくる。
「大丈夫、コイツ、見た目は怖いけど案外いいヤツ……」
「邪魔だ、退いてろ」
鉄仮面はオレの言葉を遮り、雷光のような速度で飛び出していった。そのまま聖女目掛けて一直線に突っ走る。
「──ッラァ!!」
──跳び膝蹴り一閃!?
「……がッ!? ハァァァ──ァ?!??!」
鉄仮面の野朗、本当にやりやがった。
聖女様の顔面に膝がメリ込む。
聖女ディナの口から歯が何本か飛び散り、地面をゴム鞠のようにバウンドしながら転がっていく。
仮にも名前に聖がつく女性を本気で蹴り飛ばすかよ、鬼だな。
「───?!? へっ? あの、蹴り? 本当に、え?」
ディナはゆっくりと起き上がり、美しい顔には到底似合わない鼻血を垂らしながら慌てふためいている。
「……まだ生きているか、しぶとい化け物だぜ」
鉄仮面は聖女の後頭部を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
「鉄仮面、やりすぎだ! 一応は聖女様だぞ!?」
「黙っていろ! 聖女とは自称するものではない。
真に清く心美しい者を他者が賞賛するための概念だ。
人類を殺傷し、星を滅ぼそうとする者の何が聖女か……。
戦場では敵に感化された時点で負けなんだよ。
コイツの化けの皮を剥いでやる。そのまま見ていろ」
ディナの顔面を地面に擦り付けながら鉄仮面は走り回る。
「オガ、アバ、顔、顔が……ガバらぁっ……?」
アスファルトで聖女の顔が削れ、潰れる。
「貴様の悪行もこれまでだ、次は本物の聖女になれよ」
唐突に走るのをやめた鉄仮面はディナの腹部を蹴り飛ばし、終の螺旋を構える。存在を完全に消し去るつもりなのだろう。
「やりすぎだよ……レオ、なんとかしてあげて……」
「イケー! やれ〜! ペル様ぁ! 頑張ってー!!」
同じ女性でも唯は完全に引いているのに美唯子はノリノリだ。
普通は恋人の美唯子が止めるべきだろ、異常者カップルめ。
やはりオレが止めるしかない。
「──さすがにやりすぎだ! 殺す必要はないだろう?」
鉄仮面の腕を掴んで制止するように促すと、荒々しく腕を振り払われた。
「兄弟、まだわからないのか!
戦場で相対したら性別も年齢も関係ない、情けは捨てろ。
この女を放っておいたら間違いなく人類を滅ぼすんだぞ」
鉄仮面の発言も一理ある。
だがやはり女性や子供を傷つけるのには抵抗がある。
戦い云々よりも人として間違っていると思ってしまう。
「わかるさ、わかるけどさ……」
「いや、お前は何もわかっていない。──あれを見ろ」
鉄仮面が指差す先に目を向ける。
ディナは唯の首を右手で掴み、強引に持ち上げていた。
美しい女性だったディナの姿は悍ましい化け物のように変貌し、左腕を刃物のように変形させて唯の首を掻っ切ろうとしている。
目の前にいるのは異形の怪物。
薄ら笑いを浮かべた、醜い、怪物。
聖女なんかじゃない、鉄仮面の言う通りオレが甘かった。
「いい勉強になっただろ? 考えの甘い脳内お花畑のクソガキが、一生友情ゴッコでもやってろよ。死ね、器候補!」
唯が殺される。
オレが守るべき大切な女性。
頭の中で何かが弾けた。
そう認識した時には体は既に動き出していた。
「──お前が死ね……」
唯を殺そうとしている怪物の顔面を殴り飛ばす。
「ウギィ? 何っ──」
殴られたことすら気づいていない怪物が屋上のフェンスを破って落下していく。
怪物を追って飛び降りる。
落下しながら拳を打ち込む。
「ガベッ? ハガ! 何がアッ?? ハヤスギ──ルベェ……」
怒りの感情を拳に託し、執拗に、何度も、何度も、殴り続ける。骨を砕き、関節を破壊し、精神までも蹂躙する。
「攻撃……されているの、か。それすら認識、出来ない……。
恐い、恐いよ……やっぱ、アンタは……ご主人様の推測通り、本気を出したら誰も止められない、完全に……規格外、光より速く動いた、すげェ。このデータが取れただけでも……」
「黙って死ね……。──終の螺旋【唯我】」
怪物が地面に落下するよりも先に存在ごと世界から消す。
敵に甘さを見せると大切な人が傷付く。
オレのせいで唯が死んでいたかも知れない。
甘さを捨てることで唯を守れるのならオレは──。
「お、おい! 待つのじゃ! わしは偉ーい女神様なのだぞ!
その気になれば地球なぞ粉微塵じゃ! バカな真似はよせ!
そ、そうじゃ! お主に特別な力をやろう!」
「いらねえよ。オレの大切なもんに手を出す奴は、女神だろうとぶっ潰す。大人しく消えとけ。──終の螺旋【零式】」
「や、やめ──ぎゃああ!」
屋上に戻ると鉄仮面が女神を名乗る白髪の幼女にトドメを刺していた。
迷いも、情も、哀れみもない、無慈悲な一撃。
だが正義を行なうための真実の一撃。
「鉄仮面、オレがバカだった。……全てお前が正しいんだ」
「……いいや、多分、世界的にはお前さんの方が正しいのかもな。その優しさが救いになる場面もきっとある。
オレ達は似ているようでまるで違う。その点にオレは気づいている。そこがオレとお前の決定的な違いだろうな、実際にさ」
「横から失礼。月丘レオくん、今のを見て私は確信しました。
貴方は神ではない、歴とした人間です。
科学とは論理検証の繰り返し、だがいくら突き詰めたところで条理を覆すことはできない。神はその行程すら否定できる。
だが貴方は自らの状況を憂い、嘆き、相対化し、自らを変える選択ができた。不完全を理解し、戒めようとするのは人間の本質です。胸を張りなさい。人間として、立派でしたよ」
要も鉄仮面もオレを励まそうとしてくれている。
その心遣いだけで胸がいっぱいになる。
二人に軽く頭を下げて、唯のそばまで歩み寄る。
「唯、大丈夫か?」
ディナに首を絞められた跡が青痣になっている。
苦しかっただろうに、唯は気丈に振る舞い、笑顔を作る。
「平気だよ。──カッコよかった。守ってくれてありがとう」
「……ごめんな。オレが不甲斐ないから、痣ができて……」
「だから平気! それとも、レオが癒してくれる?」
女の子に、しかも宇宙規模で人気のあるアイドルでもある唯の首に痣を残すような事をしてしまった。
癒せるものなら癒してやりたい。
「じゃあ、とりあえず、痛いの痛いの飛んでけ」
唯の首筋を撫でながら呪文を唱える。
それだけでは足りないと思い、抱きしめてから頭を撫でてやる。
「──ちょ、ちょっと……恥ずかしい。皆んな見てる……」
華奢な身体を振り乱しながら唯は頬を赤く染める。
その仕草が愛らしく感じ、さらに腕に力を込める。
「もう二度と傷つけさせない。唯はオレが絶対に守るから」
「──レオ? ……うん。ずっと私を守ってほしいな」
「おい兄弟、恋人と仲良くしたいのはわかるが、次の敵だ。
どうやら本気で地球を消すつもりらしい。
……完全なる化け物の登場だ」
離れていてもわかる。
肌が粟立つような殺気。
次の敵は生半可な覚悟では勝てない。
魂が震える。
最後まで読んでいただきありがとうございました。