彼女自慢からの大喧嘩。男同士の真剣勝負。オレの女が宇宙一可愛い。
神の居城、第二取調室。
簡素な部屋の中にテーブルと椅子が置いてあるのみ。
話をするためだけの部屋だし何も問題はない。
8番・神代永斗は以前見たときよりも大分窶れていた。
上半身は裸、下半身はジーパンを履いているのみ。
既に12番から尋問を受けたのだろう。
全身に見るに耐えないほどの傷跡が確認できる。
不死身でなければ何回死んでいてもおかしくないような傷だ。
「よう、久しぶりだな」
「あんだぁ……お前も俺様をイジメに来たのかよ……」
8番は首を下げ、がっくりと項垂れたまま言葉を紡ぐ。
かつてのような覇気がない、反抗の態度も見せない。
完全に心が折れているようだった。
「8番、すまなかった」
オレが謝罪をすると神代永斗はゆっくりと顔をあげる。
再生が追いついていないほどに顔面が破壊されている。
8番の顔を見た途端、隣にいる唯と愛生が目を背ける。
直視できないのだろう。それほどまでに酷い有様だ。
「今まで辛かったよな、来るのが遅くなってすまない。
話を聞く前に同胞を傷つけてしまった事を後悔している」
計算でもなんでもない、心からの謝罪の言葉。
全てを12番に任せていたとはいえ、オレの責任だ。
「まずはゆっくりと傷を癒して、それから……」
「おれ……俺が悪かった……ずっと誰かに認められたかった。
周りの連中、みんなすごいのに、俺だけいつも雑魚扱い。
お飾りの8番なんて思われたくなかった……。
レオナルドに言われたまま、悪いことをして……すまない。
アンタだけだ、俺に優しくしてくれたのは……。
誰よりも先に、お前がそばにいてくれたら、俺は……。
バカみたいな……間違い……を。ゆる……して」
傷だらけの唇から血を溢しながら8番は言葉を続ける。
これ以上は話を続けさせるべきではない。
「ごめんな……オレ達は仲間なのに、ほんとにごめんな……。
今はゆっくり休んでくれ。回復したらまた話そう、な?」
気がつけば神代永斗の体を抱きしめていた。
少しでも優しさと温もりを与えてやりたくて、オレにできる精一杯の気持ちを込めて謝罪を繰り返した。
「愛生、8番を今すぐに医務室に連れて行ってくれ」
「は、はい!」
8番の肩を抱いて愛生が部屋を出ていく。
「今の人、本当に悪者なの? なんだか……かわいそう」
ハンカチで目元を押さえながら唯が尋ねてくる。
8番のために泣いてくれた唯の優しさが胸に響いた。
「いや、オレの仲間だよ。悪いのは人の心を利用したレオナルドだ。12番にもキツく言わないとな。仲間に対して酷すぎる。
あぁ、心がしんどい……」
「レオは優しいね。多分、あの人も許してくれるよ。
──私が少しでも癒してあげるね?」
唯がオレの背中に腕を回して優しく抱きしめてくれる。
柔らかくて、心地がいい。本当に心が癒される。
「唯、これ以上は我慢できなくなるから……」
「我慢しなくてもいいよ?」
「いや、見られたら恥ずかしいし、ホントはもっと……」
「もっと?」
「唯と色々したいけど」
「……ふふ、えっちだなぁ……」
どんどん唯に対する愛情が強まっている。
心の枷も抑止力もなくなった反動か。
昂まる感情を抑え込み、唯の髪をそっと撫でる。
「──ん、ッ……レオに髪、触られるの……スキ」
唯は嬉しそうな気恥ずかしそうな声を出す。
これ以上は本当にマズイ。
「唯、次は14番のとこに行かなきゃならない」
「えー……続きは?」
「じゃあ、今日の夜……とか」
「うん、しようね。早く夜になればいいのに……」
彼女と触れ合うことがこんなにも幸せだなんて知らなかった。
ダメだ、気が緩んでいる。気を引き締めなくては。
次は隣室にいる14番、神風風雅と面会しなくては。
初対面だが氷駕からは信頼できる相手だと聞いている。
──第三取調室。
風雅は既に着席していた。
身なりも普通だし、目立った外傷も見られない。
「はじめましてだな。氷駕から話は聞いているよ」
外見は20代半ば程に見える緑髪の青年。
名前からして風使いだろう。
オレに対する反応も普通だし、なんなら善意を感じる。
「はじめまして。キミが新たな2番だな。
懐かしい、なぜかそう感じるよ。俺は神風風雅だ。
よければ仲良くしてほしい」
風雅はこちらに笑顔を向けて右手を差し出してくる。
話しているだけで気持ちがよくなるような男だ。
握手に応じると、手を握った瞬間、心地の良い風が辺りを吹き抜けていくように感じた。
「こちらこそ、よろしく頼む。
来るのが遅くなってすまない。
これからは同胞として神の居城で普通に生活してほしい」
「了解した。何か協力できることがあればいつでも力になるよ」
これで14番も仲間になった。
死後覚醒後の風雅の力はエニグマさえも切り裂いた。
戦力として頼りになるだろう。
次は地球に残っている3番の娘、心寧を仲間にしたいが、学生という身分故に難しいかも知れない。
8番が回復したら鉄仮面の行方も探りたいし、何よりもレオナルドをどうするかだ。
「よう兄弟、オレならここにいるぞ」
この馴れ馴れしい口調、間違いない、鉄仮面だ。
「鉄仮面、どこだ!」
声はしたのだが姿が見えない。
一頻り周囲を見渡した後、肩をちょいちょいと突かれる。
振り返ると鉄仮面が腕を組んで立っていた。
その両脇にいるのは美唯子にサラにアレスティラ。
全員が最初から鉄仮面の味方だったのか? 理解できない。
「レオ、大丈夫? 私がいるからね」
唯が優しい手付きで背中をさすってくれる。
異常な事態だが、好機と捉えよう。探す手間が省けた。
「鉄仮面、お前は敵なのか、味方なのか、ハッキリしろ!」
「まぁ落ち着けよ、その子が兄弟の彼女か。オレの美唯子の方が美人だな。頭もいいし、気立もいいし、全てが上だ」
「もぅ……ペル様ったら」
美唯子は間違いなく鉄仮面にペル様と言った。
そんなことはどうでもいい、唯が美唯子に負けているだと?
それだけは絶対に認めるわけにはいかない。
「お前、仮面のせいで目がよく見えてないんだろ?
唯より可愛い女の子なんて他に存在しないんだが?
生配信したら宇宙一だし、スタイルもいい、何も負けてない」
「レオ、落ち着いて? 論点がズレてるよ」
鉄仮面は挑発に乗ったのかこちらに近づいてくる。
「いいや、美唯子こそが最高の女だね」
「違う、唯がこの世で一番可愛い」
顔面がぶつかるスレスレの位置まで近寄り、互いの意見を主張する。鉄仮面には負けていられない。心が熱く燃えている。
「美唯子は危険を顧みず敵地に侵入し、指令を忠実に遂行する」
「それはお前がドクズなだけだろ。オレは唯にそんなことさせない」
「守られるだけが女ではない、共に事を成し遂げてこそ、真のパートナーだと思うがね? つまり、オレ達の愛の方が上だ」
「見た目で勝てないからって話を変えたな? お前の負けだ」
「お前さん勘違いするなよ、見た目に関しても美唯子が上だ」
「どこにでもいる普通の女子高生だろうがよ、自惚れんな」
「まあ確かに? オレの女は髪をピンク色に染めないし?
胸だって必要以上に大きくないさ、背は並にあるけどな」
「お前、嫌味かよ。アニメの影響でピンクにしただけだ。
それに唯はまだ成長途中だから背も伸びるんだよ」
「いつまでもアニメを見てるなんて幼稚だな、恥を知れ」
「関係ないね。オレはそんな唯が大好きだ」
まるで子供のケンカだ。だが引くわけにはいかない。
鉄仮面としばらく無言で見つめ合う。雌雄を決する時がきた。
「「オレの女が宇宙一可愛いんだよ!!」」
先手必勝、拳を繰り出す。右、右、左。
巧みな体捌きで鉄仮面が躱すがダッキングしたところにアッパーを合わせる。拳が無機質な鉄の仮面に直撃する。
「──ぐ、はっ! やるな、兄弟!」
トントン、トーントーン。
鉄仮面が足を使いはじめた。
アウトボクシングに徹するか。
狭い室内でそれは完全な悪手だろ。
距離を詰めてリバーを叩き、続けざま左のフックでガードを上げて、ショートアッパーを強引に捩じ込む。
鉄仮面の顎が飛ぶ。
上半身が仰け反るも、その態勢を活かして無理矢理に拳を打とうとしている。
フックとボディの中間地点から打ち上げるようにして放たれる、変則ブロー【スマッシュ】だ。
反応が1秒遅れた、回避が間に合わない。
せめて相打ち、カウンター気味にボディを打ち込む──
「──月丘、レオォォォォッ!!!」
「鉄仮面、この野朗がぁァァッ!!!」
互いの拳がほぼ同時に突き刺さる。
鉄仮面の速く重い拳が頬にぶち当たる。
首をいなして衝撃を殺すがそれでも凄まじい威力。
だが鉄仮面の腹にもオレの拳が深々と刺さっている。
鉄仮面の身体が目の前で崩れ落ちる。
勝利を確信したとき、オレの膝もガクンと折れた。
気がつけばオレは天井を眺めていた。
蛍光灯の灯りってあんなに明るかったっけ。
そもそもどうしてガチで殴り合ってたんだっけ。
「レオ! 負けちゃダメだよ! 私のために立って!」
──唯?
そうだ唯!
オレは負けない!
「──しゃ、アアッ!!」
気合いと根性で立ち上がる。
視線を落とすと鉄仮面はまだ床に倒れていた。
「……9、10! そこまで! 試合終了! 勝者、月丘レオ!」
いつの間にか第三取調室には人が溢れていた。
レフェリーをしているのは仁義だ。
オレは鉄仮面に勝ったらしい。
つまり、オレの唯が宇宙で一番可愛いってコトで。
最後まで読んでいただきありがとうございました。