究極の存在
刹那はしばらく放置すれば自重するだろうと踏んでいたが、ミカとノノはいつまで経ってもイチャついていた。
痺れを切らした刹那は、いい加減にしないと斬り捨てるぞ、と言わんばかりの威圧感を放ちながら強引に二人を引き剥がす。
刹那は全員を向かい合わせに座らせ、真剣な表情でノノに尋ねる。
「どうやってこの世界に来たのだ、ソレはどうなった、アレスティラは何を企てている」
「アハハ……いきなりたくさんの質問だね。アレスティラは空の空間を破壊してノノ達をどこかに連れて行こうとしたの。その途中でソレがノノだけ逃してくれて、ミッちゃんの気配を追ってなんとかここまで辿り着きました!」
刹那は少し考えてからオレに視線を移し、再度ノノを見据える。そして、かねてから考えていた問題に決着をつけるために口を開く。
「ノノと言ったな。今一度、オレの属性を調べてみてくれ」
ノノは黙って刹那に従う。オレの額に手をやると、ぼんやりと優しい光が体全体を包んでいく。
「……うーん? 属性は人間のままだけど、ノノ達と同じになってきてるみたいだね。アレスティラに何かされたのかなぁ……」
「どういうことだ、詳しく説明してくれ。どうしても知りたいんだ、オレはつまり人間じゃないのか? 教えてくれ……頼む」
ノノが額から手を離すと、すぐさまオレが食いついた。
その表情はあまりに必死で、哀願や懇願に近い態度で言われたノノは思わず同情してしまう。
「落ち着いて? 別に悪いことじゃないんだよ? ノノ達ってね、生きているけど死んでいて、存在しているけど存在していないの。ミッちゃんならノノの正体を知っているから分かりやすいと思うんだけど……説明が難しいなぁ」
ノノが救いを求めるようにミカを見つめると、数秒ほど間を開けてから重い口調で語り出す。
「……おい、セツ。即死系の魔法は使えるか。強制的に生命力を空にするものでも、存在するものに死を押し付けるタイプでもいい。勇者ならそれくらいできるだろ」
「いくつかそれに該当する魔法は使えるが、それがどうしたというのだ」
刹那が答えるとミカは胸元から扇子を取り出し、扇子の先をオレを指すようにして真っ直ぐに向ける。
「じゃあその中で一番強烈な死を、そこのボーヤに撃ってみな」
ミカの言葉が理解できずに、刹那はしばらく考える。
だがいくら考えたとしても答えは一つしかなかった。
「何を言っている。耐性のある神聖種なら別だが、人間に使えば蘇生も許されない完全な即死魔法だぞ。仲間に撃つ気はない」
「いいからやりな。やれば分かる」
刹那が頑として拒否するも、ミカは意に介さない。
オレは睨み合う二人の間に割って入り、刹那の腕を掴み、真っ直ぐに見つめる。
「刹那、オレも自分が今どうなっているのか知りたい。神様が言うからには何か理由があるはずだ、やってくれ」
オレに真剣な眼差しで言われ、刹那が折れる。
ゆっくりと立ち上がり、黒刀を鞘から抜き、オレの眼前に刀の切先を向けた。
「…………死んでも私を恨むなよ。──我、生き死にの代行者、生ある者に死を与えん、審判の日」
オレがしっかりと頷くのを確認してから、刹那は魔法を解き放った。
刀の先から怨嗟や怨念、瘴気の塊のような禍々しい魔力が溢れ出し、一気にオレの身体を包み込む。
生命を蝕み、対象者を一瞬で死に追い遣る魔法に包まれても、オレは平然としていた。その様子を刹那は信じられないような顔をしてみている。
「痛くも痒くもない。やっぱりオレ、化け物になってきてるみたいだ。笑えないよな、どうなってるんだよ……」
ミカが扇子をバッと広げて扇ぎ、瘴気を祓うと、扇子で口元を隠しながら刹那を見つめる。
「セツ、それが今アタシ達が倒そうとしている奴らだ。打撃に斬撃、魔法に武術、呪いや死すら受け付けない。今のボーヤは、陳腐な言葉だが無敵……と言ったところだね。頭が痛くなるだろ? 存在しているのに存在していない化け物。殺しても殺せない、だから不可能殺し……なんだよ」
「しかし私が見た限り不死性は……」
目の前で事実を突きつけられても、刹那は受け入れられなかった。死なない人間の存在など、認められるわけもない。
「それはステータスやスキルの話だろ? 大体、生きてもいないのに不死性もクソもあるかね。そんなものは軽く超越してるのさ。ノノ、問題なのは不可能殺しの方法はアタシ達にも実現できるのかだ、あるのかないのか、それが知りたい」
ノノが真剣な表情で答える。
「……あるよ。実際にオレ君の中にいた2番が死んだのをノノも確認したから。ノノ達を殺す方法は……ある」
「なんだい、その2番ってのは」
オレと刹那は白衣の男から聞いて知っていた。しかしミカは知らない情報に思わず質問してしまう。
「ノノ達はね、名前とか個性とかには興味がないの。皆それでいいと思っていたし、必要なかったから。最近になって名前を名乗ったり、個性を出したりを始めたけど、それまでは無だった。だから力のある順に番号を付けてお互いに番号で呼び合ってたの」
ノノの話を全員が真剣な顔で聞いている。特に刹那は少しでも敵の情報を取り入れようと一字一句、聞き逃さないよう言葉を胸に刻み込むようにしていた。
「2番が死んだ時、ものすごい騒ぎになったことを覚えてる。
ノノ達は地球が生まれるよりも前から存在していたけど、誰一人死んだことはなかったから」
オレも必死に思考を巡らせる。自身がアレやノノ達のような存在に近づいていっていると自覚した以上、他人事ではなかった。
「みんな生きることに退屈していたし、死を望んでいる人もいた。だから全員が躍起になって不可能殺しの方法を探した。
それでね、ある時、1番がこう言ったの。オレが不可能殺しを確立した……って」
「じゃあその1番ってのを探して聞き出せばいいんだな。そうすれば、不可能殺しを実現できる……のか」
オレが呟いたのを聞いてノノが静かに頷く。
「多分……そう、かな。1番は嘘を吐くタイプの人じゃないし、誰よりも強くて頭も良かったから。でもその発言からしばらくして1番は忽然と姿を消した。どこを探しても彼は見つからなかった」
刹那もオレも同じ引っかかりに頭を悩ませていた。
1番しか知らないはずの不可能殺しが1番のいない状況で起きていたことを二人は知っている。空の空間で起きた白衣の男の死、その小さな疑問を押し殺したまま、オレと刹那は思考を重ねる。
「アレスティラは全ての力を一つに集めると言っていたな。つまり、奴らも1番を探しているということだな」
刹那が言うとノノは辛い記憶でも蘇ったのか、少しだけ表情を曇らせる。
「そうだと思う。ノノが逃げる時も必死で捕まえようとしてきたし、本気で何かをするつもりみたいだったから」
「オレに一つ提案があるんだけど、聞いてくれるかな」
状況を改善するためにも、次の一手を打つためにも、オレは決意に満ちた表情で口を開いた。
全員の視線が一点に集まる。