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人間としての普通の幸せ。唯と映画を見る。

  

 春も半ばを過ぎたというのに10番街には雪が降っていた。

 気温は氷点下、体の芯から冷えるような酷い冷え込みだ。


 気合いを入れてベッドから出てリビングに向かう。

 家事全般はオレの担当なので黙々と掃除やら朝食の支度を始める。

 もっとも、朝食は愛生が用意してくれているものを温めてテーブルに並べるだけなのだが。

 白米に味噌汁に焼き魚、ほうれん草のおひたし。

 愛生の料理は栄養のバランスもよく、味も申し分ない。

 

 しばらくすると寝室から唯も出てくる。

 目が合ったのでおはようと挨拶を交わす。


「なんか、久しぶりに普通だなって感じるよ」

「私もだよ。多分、今まで生きてきた中で一番幸せかも」


 口には出さないが唯も今まで苦労してきたはずだ。


 地球で普通に暮らしていたところを零の器候補として見出され、戦いを強いられる。まともな神経をしていたら耐えられない。


 オレ自身もアレスティラと出会ってからは心が休まる暇もなく、戦いの日々を過ごしていた。退屈な毎日に飽き飽きしていたとはいえ、日常がこうまで大きく変わってしまうとは考えもしていなかった。


 レオナルドや悪党に利用され、その上、信じていた美唯子に捨てられて、ズタボロになっていたオレの心を救ってくれたのは他でもない唯だ。彼女だけがオレに残った最後の希望。


 絶対に手放したくない心の拠り所。

 幸いにも彼女もオレを必要としてくれている。

 彼女なら心の底から信頼できる。唯と一緒だと安心できる。

 

 だからこそ今こうして二人で平和な時間を過ごせることが何よりも幸せだと感じられるのだと思う。


「今日は何する?」

「昨日はゲームで遊んだから、今日は映画でも見ようか」


 テーブルの上には愛生が地球から取り寄せたDVDが数本並んでいる。


 思えば最近はゆっくりと映画を見る時間すらなかった。

 今だけは神様であることや戦うことを忘れて、人間として唯と穏やかな時間を過ごしたい。


「ねぇ、レオ? 人間に戻りたいって思う?」


「正直に言っていいかな?」


「うん」


「オレは今この瞬間がずっと続くのなら、別に人間に戻らなくてもいい。唯と二人で、何も考えずにのんびりしたい」


「私も一緒。大会とか戦いとかはどうでもよくて、私はレオと一緒にいられるなら、それでいいから」


 唯は花のような笑顔を咲かせる。


 幸せに満ちているこの瞬間の中だけで生きていたい。

 疑うこともなく、オレのことだけを考えてくれる唯と二人で。

 

 そのためにオレはこの先どうするべきなのだろうか。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 食事が終わり、後片付けをして、二人でソファに座る。

 愛生オススメ! と付箋にデカデカと書いてある映画を鑑賞する。


「レオ、これは最後に先輩刑事さんが撃つべきだった?」


「いや、やはり何もしないのが正解じゃないのかな」


「でも、これってどうしようもなくない?」


「最初に犯人と遭遇した時に逮捕していたら、事実上はハッピーエンドだよな。バッドエンド決定な映画をオススメするなよ……」


 愛生が帰ってきたらお説教確定だ。


 映画の内容は若き刑事と老刑事が猟奇殺人の犯人を探すというもの。伏線や細かな心理描写の魅せ方が上手く、長時間みても飽きる事なく最後まで見ることができる。


 面白い映画なのは間違いない、色々と考えさせられるし、人間の業について思い知らさらせる。


 だが救いがなさすぎる。

 自分がこの状況になったらと考えると嫌な気分になる。

 少なくとも大切な人と二人で見たい作品ではない。


「私がもし()()なったらどうする?」


 やはり女性は女性目線で作品を見るのだろう。

 当然というべき質問が飛んでくる。


「何がなんでも助ける。約束を破ってでも時間を巻き戻して唯だけは絶対に助ける。犯人は八つ裂きにしてやる」


 映画をたった今見終わったこともあり、主人公と自分を重ねて熱く語ってしまった。

 やはり上手くできている。完全に感情移入してしまっている。


「それって私が大切ってこと?」


 唯がソファの上に四つん這いになり、ジッと目を見つめてくる。

 その仕草が愛らしく、思わず抱きしめてしまいそうになる。


「いや、守るって約束したし。唯に嫌な思いをさせたくないし」


「それってずっと守ってくれるの? 戦いが終わっても?」

 

 冗談なのかクスクスと笑いながら、顔を近づけてくる。


「え? 唯がそうしてほしいなら、オレはやる」


「私は……レオと──」


「たっだいまー!! 愛生さんが帰りましたよー!!」


 やたら大きな声で自己主張しながら愛生が帰ってきた。

 オレと唯が不自然に接近しているのを見てニヤついている。

 全て愛生の思惑通りに事が運んだような気がして腹が立つ。


「あ! その映画、どうでした? 

 大切な人を絶対に守り抜こうって気になりましたよね?!」


 やはり愛生の計画通りか。

 完全にやられた。映画で感情をコントロールされるとは。


「その顔は図星ですね? あちゃー! 後は帰るタイミングだけでしたかー! このまま放置していれば確実に既成事実ができるのは確定でしたね!」


 ドヤ顔で捲し立てられて余計に腹が立つ。

 だが今回は負けを認めよう。見事な作戦だった。


「レオ、楽しかったね? 今度は二人っきりで見ようね?」


「まぁ、愛生は鍵をかけても暗黒の運河を使って強行突入してくるんだけどな。でも楽しかった。また見よう」


 唯はオレの手を握り「うん」と力強く頷いた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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